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しびろい日々(5)

 モグリは、ただのモグリであり、なんとかの郷のナンタラ、とか、どこそこ湖畔のカンタラ、といった来歴の名を持たず、周りが勝手に“壺頭の”だの“迷宮暮らしの”だのと茶化そうが気にも留めない。とはいえ決して孤独ではなく、しかし連れ立つこともせず、森の樵や川の漁師が日々の生業を営むように、独り、この仕事を続けている。
 ひとたび目にすれば忘れようもない仕事着の姿は文字通り奇々怪々といった態だが、ところがどうして死拾いとしての腕前は世間も驚く超一流……という訳でもなく。多少、勘が鋭い以外は、他の死拾いと大体同じような才覚の持ち主であり、つまりは単純に、変わり者なのだ。
 じじっ――と、灯火棒が小さく鳴くように爆ぜ、モグリは壺兜をかすかに震わせ、止めていた手を再び動かしはじめた。棒の長さは先ほど点火した時よりだいぶ短くなっており、それまでは時折手を止めては物思いにふける素振りを見せていたモグリも作業の拍子を上げていく。棺に施した滑り加工の具合を確かめ、遺体が腰に帯びた吊り具付きのベルトをほどき、放られっぱなしの剣を拾って鞘入れする。棺の箱の内側を、防腐と散臭に効能のある草木を乾かして砕いたものを敷いて整え、両の手で抱え、ゆっくりと持ち上げた遺体を、その上に横たえた。背負子から幾つか、カエルの肌に似た質感の丸い袋を取り出すと、息を吹き入れて膨らませ、遺体と棺の隙間に詰める。剣を遺体の胸の上に置き、棺の蓋を閉じると、傍らに備えておいた木箱を片手でひっ掴む。封蝋のような質感の粘土質の欠片を逆の手に取って、都度、指で練り潰しながら、棺の蓋を、丁寧に封印した。
 運搬にここまで手間をかける死拾いは少数派である。特に迷宮の奥深くで事切れた遺体などは損傷も激しく、その場で焼いて、骨壺に詰めて戻るのが一般的である。モグリの背負子にも、棺に入れるような形状を留めていなかった遺骸が三つ、骨壺に入って仲良く並んでいる。危険と隣合わせなのは試練の挑戦者に限らず、時間を掛けるほどその確率は高まる。死拾いが死拾われる、などという話は有り体に言って日常茶飯事であり、冗談にすらならない。
 だがモグリは手間も掛けるし時間も使う。持ち込む道具は増え、行軍の速度は落ち、たまに命を落としても、そうする。
 そういう類の、変わり者なのだ。


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