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しびろい日々(4)

 少しだけ、歴史の話をしておこう。
 はるか昔、偉大な国が滅んだ。
 一度ではなく、何度も滅んだ。
 人知の及ばぬ魔法や、奇々怪々な工学、あるいは異能を操る人々が、各々の栄華を誇り、時と共に散っていった。
 残されたのは、彼らの繁栄の残り香である、膨大な量の超常の逸品。それが世界中に散逸し、再発見される過程で、新たなる偉大な国を創生した。この地下回廊が建造されたのは、その時代の末期、滅びの直前の頃だという。
 この場所だけではない。神秘の品々は、地の底、森の奥、山の頂上、あるいは世界の狭間の向こう側に封じられ、いずれまた手に取られるのを待っている。ただし、その道中は楽ではない。想像を越える脅威や、知識技巧の限りを尽くして尚解けぬ謎が横たわる。
 それが、今は亡き彼らからの挑戦状なのだ。
 試練を越えた者を称えるという道徳的な文化が、時を経る内に、容易に越えられぬ試練の彼方に超絶の褒章を安置するという競技、あるいは娯楽へと変転された経緯を知るものは、今の世には存在しない。確かに言えるのは、世に数多の挑戦があり、それに挑む者が居り、彼らの需要に応えるべくして、いくつもの職業が生まれた、という世の習わしが、地下回廊で棺を組み立てるという奇妙な行いを生業として成立させているという事である。
 運搬師。迷宮歩き。回収屋。その職業を現す言葉は各々の文化によって様々だ。
 しかし、最も通りが良い名は何かと問われたならば。
 死拾い。
 という事になるだろう。
 それは蔑称であり尊称でもあるが、試練に挑むものどもと、切り離すことの叶わない仕事である。
「ふうむ」
 壺兜の奥で、小さく唸る声がした。組み上げた棺を裏返し、背負子から抜き出した小瓶から垂らした粘性の液体を、逆手に持った刷毛で裏面に塗り広げる。これが乾いてしまえば、回廊の凹凸のある床面も苦労せず引いていくことができる。背負子の中には、今はまだ取り出してはいない有象無象の品々があったが、そのすべてが、試練の途中で力尽きた屍を、安全地帯まで届けるための装備である。
 死拾いの名を、モグリという。
 その界隈では名の知れた――変わり者であった。


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