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しびろい日々(10)

 四名ぶんの書類を重ね、角を揃えて記帳台の紙束の上に差し戻す。
 ふとカウンターに散った書類に記された乱雑な字に目が行った。
 走り書きを多少丁寧にしたような癖字はモグリも知った顔の同業者のものに違いない。書類の量を見るに、のらりくらり正式な報告を伸ばしたものを纏めて提出したのだろう。
 つまりは、これこそが管理人が夜なべ仕事せざるを得なかった原因であり、なお現在進行形の問題なのだ。その一枚を覗き込めば、明らかに書き手の違う流麗な筆文字で『ゆるさんぞ』と端書きがある。清書の途中に我慢の限界が来たのだろう。下手な殴り書きよりよっぽど恐ろしい筆跡に、壺兜の奥から、ひゃー、と、間の抜けた悲鳴が小さく漏れた。
 ……触らぬ神になんとやら、である。なにも見なかったことにして、モグリは己の仕事の締めを優先する。
 棺を繋いだ綱を背負子から外す。腰を低く構えた姿勢で棺を両手で掴み、安置場所まで引っ張っていく。その傍ら、目線の高さに設えられた棚台に、骨壺を三つ、倒れないように、台に用意された支え器具を使って固定していった。
 静謐な空気を乱す作業音は、亡者のように眠っていた施設管理者を揺り起こしたらしく、ぐえ、だの、ぐあ、だのといった呻き声が微かに聞こえる。
「これはこれは、お早いお目覚めで」
 慇懃なのは台詞の内容のみで、口調は笑みに震えているし、語尾は小さく噴き出してさえもいる。そういう、気安い間柄なのだ。
 一息つく声がして、空気が締まった。モグリは骨壺の固定台の隣に設えられた、人の背丈ほどもある鏡台の前に立つ。大きな姿見の脇には窪みのある石柱がある。ちょうど片手が嵌まるくらいのそこへ、モグリは手甲鎧の鋲を外して晒した素手を乗せた。陽に当たらぬせいか生白い肌は肉体労働者らしくはないが、太く節のある、働く者の手指であった。
 逆の手が壺兜と鎧の接合部に触る、密閉が解けるシュッという音がした。
 壺兜の側面に手を掛け、引き剥がすようにそれを脱いだ。

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