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しびろい日々(3)

 帳面に描かれた人相書きと骸の顔とを並べるうに視界に収め、壺兜の怪人物は、突如、停止した。
 音を発するものが消え、回廊に静寂が満ちる。かすかに、人の耳ならば自らの心音が勝るような繊細さで、金属質の擦過音が届き、それもまた消えた。
「やるかい」
 壺兜の内側より、乾き掠れた青年の声音が呟いた。おもむろに帳面が畳まれ、空気の弾ける小気味良い音が回廊を渡る。反響音を背に、てきぱきと手際の良い動きで背中から背負子を外し、がきん、と床に置き据えた。
 背負子の中には、整然とした混沌があった。折りたたまれた黒布、木片や金属棒、粘性のある液体を詰めた瓶、等々の得体の知らぬ品々と、やけに丁寧に梱包された骨壺のような形状の陶器壺が四つ。そのうちの三つには厳重に封がされており、封印に用いた紙片には、名前らしき書き付けが記されていた。
 金属棒が一本、まず最初に背負子から抜き出される。その端を回廊の床に当て、ぐっ、とたわむまで力を籠めて擦る。床を擦りながら火花を散らした棒の先端は、それでは足りぬとばかりに眩く輝き、回廊の一角を昼間の明度で照らし始めた。
 簡易照明となった金属棒を背負子の側面の隙間に差し入れ、今度は、幾重にも折りたたまれた大きな黒布を引き出す。
 遺体の傍ら、一枚布に広げると、いったん遺体と布の両方が視界に収まる場所まで後ずさり、目星をつけるように布の四隅を指差してみせる。再び遺体の傍に戻ると、片手を握ったまま親指と小指を伸ばし、遺体の頭の上あたりに当てて目測を計り始めた。しばし作業を続け、やがて算段が整ったのか、今度は布の上に屈みこみ、指先をピンと伸ばし、布の表面に、溝をこそぐように型を付ける。一筆書きに、ちょうど遺体が収まる程度の溝型を付け終わり、布の端を、ぐい、と引っ張った。ぱき、と硬質な破裂音と共に、布が立ち上がる。手で押しても、まるで硬木の板材のようにびくともしない。そして再び溝を付け、側面を立ち上げては強度を確認、という工程を何度か繰り返しながら、一面を蓋のように広げた長方形の箱になるよう成形していく。
 布の黒色と相まって、それはまるで棺のようであり、実際、これから眼前の遺体が収められる、紛れもない棺桶であった。


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