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パブロンゴールドを120錠飲んで、後追いしようとした話。


わたしの唯一無二の大親友が亡くなった。

市販薬を80錠飲んで意識を失い
そのまま亡くなった。

亡くなる2日前に会ったばかりだった。
いつもと同じようにたわいもない話をして
だけどあの日は何だか帰りたくなくて
訪看さんに外来が混んでるって嘘をついて
訪看の時間が過ぎても病院に居た。

でもまさか、
あの日が最後になるとは思っていなかった。

出会ってまだ1年もたっていないけれど
わたしたちは
まわりからも大親友って認められるほどの
大親友だった。

無言の時間も気にならないほど
一緒に居て居心地がよかった。

病院にはいつも2人で1番乗りで行った。
何度もお泊まりをした。
悩みごとはお互い真っ先に話した。
お揃いをたくさん持っていた。
双子コーデでお出かけもした。
夜中の長電話も何度もした。
生い立ちや抱えている疾患がよく似ていた。
出会った時から運命だね、唯一無二だね
ってよく話していた。
わたしたちは、お互いが居ないと生きていけない存在だった。

でももう二度とお泊まりも双子コーデもできないね。
夜中のたわいもない長電話もできないね。
会うことも声を聴くこともできないね。

唯一無二なら
わたしが居ないと生きていけないと言うのなら
どうしてわたしを置いていったの?

わたしもあなたが居ないと生きていけないよ。

主治医に言われた。
長島さんと出会ってから彼女は治療に前向きになった。
よく、長島さんの真似をしてるなあって思ってた。
友達は多かったけど
長島さんにしか打ち明けてないことはたくさんあると思うよ。
あなたが彼女の寿命を延ばしたんだよ
と。

だったら
なぜまだ生きるという選択をしてくれなかったの。

大親友を失ってから
わたしはまた金パブを飲むようになった。
1日60〜90錠。
中毒量を超えていると知っていても
飲まずにはいられなかった。
タバコも1日90〜100本吸うようになり
事情を知らない両親には怒られた。

ただただ無気力で
金パブとタバコを摂取するだけの日々だった。

友人に言われた。
今のかずみちゃんは誰かがお節介をやいてないと、消えちゃいそうだ、と。

実際、そうだった。
ただひたすらにあの子のところへ行くことばかり
考えていた。

そして、20日〜21日にかけて
わたしは24時間トータル120錠の金パブを飲んだ。
後を追うことしか、考えていなかった。
大親友の居ない未来がどうしても思い描けなかった。

その日の夕方、訪看さんに
過去イチ顔色が酷い
と言われた。
そして翌日、吐き気で動けなくなったわたしに
救急車呼ぼう、と言ってくれた。

救急車を呼ぶときまで死にたかったわたしは
拮抗薬(解毒剤)を飲みたくなくて
120錠を60錠と誤魔化して搬送してもらった。

前回と同じ病院の前回と同じ救命病棟。
採血結果は奇跡的に
アセトアミノフェンの血中濃度が低く
60錠というわたしの嘘は
疑われることもなく点滴だけの治療になった。

そして
24日の夕方には退院になった。

120錠飲んでも耐えられる自分の肝臓が憎かった。
どうしてあの子のところへ行かせてくれないの
とひたすら思った。

病院で何度も聞かれた。
「まだ後追いしたい気持ちはありますか?」
「帰ったらもう飲まないですか?」
わたしはそのどちらにも明確に答えられなかった。

薬を飲む前日、主治医に言われた。
彼女の治療への前向きな姿勢をあなたが引き継いでほしい、と。

でも今はそんな風には思えない。

退院して吐き気が残るいまも
また、金パブを飲みたい、と思っている。
今度は230錠。次こそは失敗したくない、と。

前向きな思いもゼロではない。
大好きなあの子をこれから先、一緒にいろんなところに連れて行ってあげたい、と思う。
生きていたことを覚えていてあげたい、と。

でも
それよりも
あの子の居ない未来を生きることのほうが
いまのわたしには難しい。

ねえ
唯一無二って、死ぬときも一緒じゃなかったの?
わたしを迎えに来てよ。


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