連続対談シリーズ「私的占領、絵画の論理」 第四回「環境と意識と絵画」─戸塚伸也─ レポート

大変遅くなり申し訳ありません。戸塚伸也さんをお迎えして10月31日に行われた連続対談シリーズ「私的占領、絵画の論理」第四回、「環境と意識と絵画」のレポートになります。
当日は、事前に永瀬からリクエストしたものと戸塚さんが選ばれたもの、10点ほどの作品画像を準備していただき、それを年代順にプロジェクターで映写しながら対話をしていきました。また、会場をお貸し下さっているART TRACE GALLERYの皆様のご協力もあり、壁面には戸塚さんが持参して下さった作品が4点、仮設的に展示されました。

まず1枚目。2004年~2005年頃、武蔵野美術大学在学中に戸塚さんが「これで最後にする」という意気込みで描き込んでみたという大作が映し出されました。

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僕は事前のブログ記事で「戸塚さんは近代的な美術を踏まえている」と強調したのですが、いきなりここで、この前提が覆ります。このとき戸塚さんがモチーフ(動機)としたのがバグワン・ラジニーシという宗教的活動家・ヨガ指導者の著作であることが語られました。室内と思われる空間に植物が繁茂し、窓の外から日光が射してしますが、ここでは事物が言葉によって分節される以前の状態、また非人間的なスケールの時間(数万年とか)がイメージされていたということです。ものごとに序列や意味付けがされる前の状態という視点に戸塚さんは助けられた、と。ただし、この作品は大学の講評ではあまり評判がよくなかったとのことです。

ここには当時の時代背景もあるように思います。2000年代前半はオウム真理教のテロの記憶が生々しく、スピリチュアルなイメージに対して抵抗感が強かった「時代の空気」が、講評にも影響していた可能性はあります。

2枚目。一枚目の後、2005年の作品だそうです。こちらの作品は記号的キャラクターが出てきます。キャンバスに油絵の具で描かれています。

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特徴的だったのは、その描きに戸塚さんが課した「縛り」です。1作目は一日中、大学のアトリエで長時間描き続けていたが、この作品については1日1タッチだけしか入れない、というルールで描きすすめられたとのこと。また、前作がはっきりしたビジョンに基づきそこに近づけるように描いていたのと異なり、この作品は漠然とした「こんな感じ」という抽象的なところから描かれ、キャラクターや空間のイメージは最初はなく、徐々に出てきた、ということです。
この作品の発想元として、メモのように落書きされたドローイングと、やはりスピリチュアルなシンボル的イメージの描かれた作品も紹介されました。ドローイングには、極めて戸塚さん的なキャラやセリフが描かれています。このような、作品意識を外した落書き的イメージのほうが積極的に見えたこと、筆を入れたあとの興奮状態を覚ましてタブローを描くために1日1タッチという縛りを設けた、ということのようです。
さらに、当時パソコンとペンタブレット、Photoshopを使って描かれたドローイングも紹介されました。前作のヨガからもたらされるスピリチュアルなイメージから、そのようなイメージが生まれるマインドマップ、脳の回路構造に焦点が移行したこと、そのとき「ディアブロ」のようなRPGゲームのマップ的インスピレーションが働いていたことが話されました。また、絵に焦点を作るために記号的キャラクターが召喚された、という事が話されました。

以後、戸塚さんの作品は明らかに「描くときの意識状態」と、それを「絵にするための方法」の展開として見えてきます。たとえば3枚目に映された卒業制作では1日のタッチを2、3タッチ程度とし、作品意識を外したドローイングのイメージから(卒業制作にも関わらず)、「絵なんかどうでもいい」という力の抜けた状態であえて作品を進める、という方法がとられたようです。ヨガの本から得た「悟り」、物事に序列がなりたたずすべてが並列に見える状態への関心から、描いている作品に対して「良し悪し」をあえて考えずに進めて描かれた、と。毎日、前日の自分の仕事を客観視して、これをどうすればいいか考え、また2、3タッチ入れながら、自分の意識を毎日リレーするように描いた、と。いわば戸塚さんは絵を描くために意識状態をコントロールし、また意識状態をコントロールするために絵を描く、その双方向のやりとりが作品を立ち上げているようです。

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4枚目に映された2013年頃の風景画は中乃条ビエンナーレのために描かれた中乃条の風景とのことですが、このようにあらかじめ与えられたモチーフの場合、形は既にあるので、そこに乗せる色彩について自分の概念──例えば、1枚目に取り上げられた作品でイメージされていた、非人間的スケールの長い時間──を、隣接する関係を見ながら描いていく、それを繰り返すことで絵を作り上げていく、と。また、色彩についてはゴーキーの影響があったとのことで、これは重要なポイントであったと思います(ゴーキーについては模写などもされたとのことで、大きな影響があったように思います)。

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5枚目に映された、文字がモチーフとなった作品も、戸塚さんの独自性を示すものでした。日頃、会話や音声が、音としては聞こえてもその意味がつかみ取れない経験があるとき、その言葉を文字として絵に描いてみて、その文字から浮かぶイメージを絵に組み立て直すことで、「音を意味としてつかみ取れなかった」意識の状態、言葉と事物が結びついていない、言葉を聞いたときの印象を描いている、と。それが風景のような視覚情報だろうと音声のような聴覚情報だろうと、自分に到来した情報を全て描きたい、描くことで納得したい、というのが戸塚さんのモチベーションのようです。

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動機として、自分に到来した情報を描くことで安心したいとして、しかしそれを絵にしていく過程で関心が「絵作り」に移行していく、ここに戸塚さんの「論理」の構築性が生まれるようです。戸塚さんの絵画の言語性、個々の事物がしかし隣接し、つなぎ合わさって文章のように広がっていく(毎日の出来事をもとにドローイングを描きそれを繋げていく)ことで、自分の毎日にやってくる無数の出来事や情報、そこに生まれた自分との摩擦や違和感が、まるでレゴブロックを組み合わせていくように面白い絵になっていく。いわば自分自身を世界のフィルター、あるいは変圧器のように見立てて、絵が出来上がっていく。

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興味深いのは、戸塚さんと環境の齟齬から生まれる「つまづき」は、ここではまったくネガティブなものではなく、いわば作品制作のためのきっかけのように捕らえられている、ということです。こういった、自己への事物の到来をモチーフ(動機)として組み合わせ絵を作ることは、経験から言葉を組み合わせ、文章を書くことへの類似性にも繋がっているのではないでしょうか。この結果、作品の展示自体が「物語る」ような、個々の作品を文字のように壁面に配置していくような展示になったりもするようです。

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こういった、環境と自己のズレ、あるいは「つまづき」が絵になっていくとき、戸塚さんにとっての「社会」「政治」みたいなものも、ひとつのモチーフ(動機)になっていきます。公募展での審査員と審査される作家の関係も、額や窓から見下ろされる風景、事物の配置や設計として絵作りに動員されていく。

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こういった重層性は、作品の構造にも反映されていきます。いわば隣接性、平面性の綴り方で描かれてきた戸塚さんの作品にレイヤー構造が導入されていきます。

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一度描かれたタッチがパソコンに取り込まれ、さまざまな検討を経たあと、型を作ってそのタッチやストロークが画面に転写されていく。過去に1日1タッチと制限をかけていて描いていた描きが、そのような「検討」の方法としてPCを導入することで画面上で明確に分節され、また実際に直接的に描くことも武器として持ちながら、もともとあったスピリチュアルなイメージ、あるいは自分の知覚や身体も全て「絵作り」に組み込まれていく。この組み込みが、戸塚さんの作品の論理性に繋がっていることが見えてきました。

質疑応答では、ヨガのようなスピリチュアルなイメージもやはり重要であり、戸塚さんの物質性への感受性や視点を準備していたこと、またイメージと物質性の挟間での戸塚さんの葛藤自体が、戸塚作品の魅力になっている点も確認されました。また戸塚さんの作品における情報量の多さ、一枚の画面につめこまれる読み込み多様性の複雑さを実現していることへの驚きと、技法への興味が話し合われました。画面ひとつの器として見ていったとき、そこにどのくらい、自らに到来した出来事をエンベット(埋め込み)できるか、というチャレンジが、戸塚さんの制作ではとわれているようでした。

※なお、当日参加された方が、戸塚さんの作品、とくに言葉との関係について、考察を書かれています。非常に興味深いテキストですので、ぜひお読みください。

慢性猫が駈け巡る 戸塚伸也作品の可能性~絵画と題名の関係に着目して~

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さて、ここまで1年弱をかけて4回行われてきた「私的占領、絵画の論理」ですが、次回までしばらく間があきます。5回目は年が改まった春先に予定しています。それまで、しばらくの間、お待ちください。次回ゲストの発表なども来年になってからに行いたいと思っています。それではみなさん、良いお年を。

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