脱毛記⑩

 さて、そんな思いをしながら処理した下半身を、私は、いま、銀座のクリニックの硬いベッドの上で、初対面の看護師(女性)に開陳している。医療行為なのだから、特段恥ずかしさは無いはずなのだが、なぜかどこかに割り切れない物が残る。言うなれば、盲腸の手術前の措置と同じことなのだが、「どこも悪くないのに全裸」という状況がうまく大脳新皮質で処理できていないのかもしれない。

 そんな私の葛藤も知らず、あるいは知らないふりをして、彼女は手際よく鼠径部の処理を済ませると、私の腰回りを申し訳程度に覆うショーツにハサミを入れ、そのままスッと引きはがした。流れるような作業である。

 なるほど、そのための紙製なのだな、と妙な所で感心したが、本来裸でいるべき所で無い所で裸でいるのは、どうにも落ち着かない。人類がこれでもかと衣服を発展させてきたのは、案外、この心細さからかもしれない。あるいは、単に寒かったからかもしれない。イチジクの葉っぱからずいぶんと進歩したものである。その意味では、オシャレな人というのは、本来の自分の弱さを隠すために、オシャレをしているのかもしれない。リンゴかもしれない。

「では、当てていきますね」
 そういうと彼女は、何度か試し打ちをした後に、私の下半身(V)に向けて、最初の一撃を放った。ドシュッ!という重い音と共に、ゴムで皮膚をはじかれたような痛みが走る。同時に浴びせられる冷気で痛みなのか冷たさなのか判然としないようになってはいるが、結局の所、どっちも痛みであることに変わりはない。ただひたすら心を無にしながら、ドシュドシュと浴びせられる電撃に耐える。

 脱毛の順番としては、まず、面積の広いVを退治した後に、I周辺、そして、最後に関門のOを攻略するという流れになる。看護師は真剣な表情で(注:見えないので、想像でしかないが)密集するVをたたきのめそうと、容赦無い空爆を加えていく。Vの皆さんにすれば良い迷惑である。

 これまでVといえば、大人性の象徴として、あるいは、雑菌から局部を守砦として、そしてまた、フェロモンの放出源として、人体の中でも特別な地位を占めていた。中学生になった頃は、自らの股間に謎の毛を見つけて、何となく成長への不可逆性を感じたものである。

 しかし、今や「逆賊」として、石をもて追われる身となってしまった。これまでも、カミソリ軍やシェーバー部隊による一時的な掃討作戦が展開されてきた。しかし、一端は領土を追われるものの、彼らは捲土重来を期して地下に潜り、頃合いを見計らっては、再び大地を我がものとすることができた。カミソリ軍にしても、あまり頻繁に掃討作戦を実施すると、肝心の大地が荒れてしまうため、V字軍によって再び領土を奪い返されるのを指をくわえてみているしかなかった。

 今回は、カミソリ軍と医療脱毛チームの2段構えである。カミソリ軍の攻撃で地に潜ったV字軍残党を、医療脱毛チームのレーザー兵器で焼き尽くそうという作戦である。この血も涙もない、悪逆非道の攻撃の前にV字軍は文字通り、手も足も出ずに殲滅される運命なのだ。かろうじて残った残党は、2か月後に再び顔を出して反転攻勢の機会をうかがうが、それもまたカミソリレーザー連合軍の攻撃を受けて沈黙。作戦はすでに第6次攻撃まで予定されており、V字軍の運命はすでに決しているのである。

 私は、ここで新選組を思い出した。尊皇攘夷を旗印に掲げ、京都守護職配下として風雲急を告げる京都で必殺の剣を振るった、あの殺人集団である。当初は、幕府を守る先兵としてもてはやされたが、薩長同盟の成立を機に時運が急転すると、一転、賊軍として追われる身となった。我らがV字軍にすれば、カミソリが長州、レーザーが薩摩であろうか。長州だけであれば対抗できたが、薩摩との秘密協定が成立すると、もはやなすすべが無かった。長い撤退戦を戦うしかない。ああ、あわれV字軍の運命やいかに。

 ドシュ!ドシュ! 

 容赦の無い砲撃の音が響く。私には、この一つ一つの発射音が、鳥羽伏見の戦いで放たれた、幾百の砲弾の音に聞こえるのである。目隠しをされているために想像することしかできないが、この音の下で、幾人(幾本)ものV字軍兵士が屍となって、その身を野辺にさらしているのであろう。

ドシュ!ドシュ! 

 再び、レーザーの音が響く。微かに、人体(毛根)が焼ける焦げ臭いにおいが漂う。嗚呼、ここはまさに、彼らにとっての戦場なのだ。齢14の頃から苦楽を共にし、我が忠臣として王城の警護に当たってきた汝らV字軍よ、安らかに眠れ。徳川慶喜に見捨てられた幕府軍のように。

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