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活動報告vol.60

焚き火会 2023

幸せってこういうことだよね
みんなで焚き火を囲んで
同じものを食べて
ギターを弾いてる人がいたり
唄ってる人がいたり
おしゃべりしてる人がいたり

12月10日、日曜日。
参加者19名。
いつもの川原にて。

例年より少し遅めの開催となったこの日。
日暮れからの冷え込みを心配していたが、ものの見事に杞憂に終わる。日中の最高気温は、なんと21℃。12月にはあるまじき高温となった。

快適に焚き火をするなら、日中の気温は15℃以下が望ましい。日が暮れてからなら、7〜8℃くらいまでが下限かな。暑すぎるのも辛いし、5℃を切ると火の側から離れられなくなる。近年の気温なら、11月の中〜下旬がベストシーズンと言ったところか。

集合は、合宿所という名の我が家に朝の9:30。
だというのに、1時間も前に来る"ヤツら"がいる。ヤツらと言うには訳がある。いつもは遅刻の常連のくせして、こっちがそれを見越し、集合時間を30分早く設定した時に限って早く来る。早すぎるわw。挙げ句、コタツでのんびりしやがって。マジ腹立つわ w。朝は準備でてんやわんやなんじゃ。

僕は歳をとった。
最近つくづくそう思う。
それは、ただ単に体力的なことだけではなく。
自己完結ならまだしも。
"背負いきれなくなってきてる"と。

この時期の長良川は静かでいい。
いつもの川原は、僕ら以外に誰もいなかった。
夏なら、水遊びやSUPなどで賑やかな水面も、今日はカヤック4艇のみ。てか、おるんかいっ。ドライスーツ着込んで。先頭のパドラーと他の3艇とでは、明らかにパドル捌きが違うので、レッスンなのだろう。

設営班と買い出し班に分かれて進行。
本日のメインディッシュは、芋煮。って、毎年芋煮なんですけどねw。この芋煮には、2種類あるのをご存知だろうか。「山形芋煮」と「宮城芋煮」。ラーメンなんかでよくある「元祖はウチだ!」的な争いではなく、単純に味付けが違う。前者が醤油ベースに具材である牛肉の出汁が効いてて、後者は味噌ベースに豚肉を使用する。ウチは何故だか毎回「山形芋煮」で、万が一宮城県から「我が県の芋煮のどこが不満なんだ?」とクレームが来ても、誰も理由を答えられない。余談ですが、争いは無いとか書きましたが、東北地方では結構バチバチにやり合ってるみたいですw。風の噂によると。

冬至まで後10日あまり。
日の暮れは早く、夕方5時も回れば辺りは鬱蒼としてくる。川を挟んだ対岸の森はすでに漆黒で、背後のススキは街灯を受け大きく影を落としこんでいた。このススキ林が、最後にちょっとした事件の舞台になるのだが、この時点では誰も気づいてなかった。
さすがに冷んやりして来てるのに、焚き火の周りにいる誰もがニヤけていた。
「いよいよですなー」
「ここからですよねー」
「やっと、お楽しみの時間が」
そう。焚き火は暗くなってからが真骨頂なのです。

本格的に火を作り直した。
暖をとりつつ、調理アイテムでもある、焚き火。
ジャガイモをアルミで二重に包み、火にくべた。頃合いを見計らい、竹串を通す。スッと通ればOKで、アルミを剥がし、皿に盛り、四つ割りにしてバターをたっぷりと。今回はガーリックバターのじゃがバタ。
同時進行で、残った芋煮の鍋を火に掛け、クツクツしてきたら冷凍うどんを投入する。蓋をしてひと煮立ちさせ、うどんが黄金色なったら完成。悶絶必至絶品昇天芋煮饂飩。(漢字の羅列って何かエロいw)
別で炭を起こし、鮎の塩焼き、みんな大好きウインナーの赤白、ネギ間、お餅。あれ?燻製は明るいうちに食べたよな。定番のウズラの卵にチーズ、竹輪、初トライのピーナッツや沢庵のいぶりがっこ風。
うーん、暖衣飽食w。
  
お腹が満たされると、三々五々楽しみを見出す。
焚き火の分家をつくる者。
ギターをひく者。
それに合わせて唄う者。
早々に帰途につく者。
えっ?w
スウェーデントーチを試す者。
歴史の話をし続ける者。
ゾンビトークで盛り上がる者。
更にギターを弾く者。
何本あるんだギターw。
まだまだ食べようとする者w。
「鹿肉ウインナーとクマ肉と猪はいつ食べるですか?」
3度目に聞かれた時、僕は思わず怒鳴った。
「しつこいわ!w」
結果、食べるんですけどねw。

シアワセノカタチなんて人の数ほどあるのだろう。
その定義なんか誰も解っちゃいないのに。
こうあるべきだとか、こうするべきだとか。
上を見たり下を見たりしては、一喜一憂し。
左右を見ては、安堵して。
人生の勝者だとか敗者だとか。
煙草をやめろとかw。
そんな煩わしい一切合切全部。
焚き火にくべて燃やしてしまえばいい。
炎の煌めきは、この瞬間が全てで。
絶え間なくカタチを変え、揺らめき続ける。
そして、ついか灰になり。
やがて、その形跡すら残さない。
生きるとは、そういった性質のものなのだ。

「ママの里芋料理はあんまりだけど、これは好き!」
www。ドンマイ、ママ。
冒頭の詩は、彼女がくれた言葉を僕が編集したもの。
美味しそうに芋煮を食べる彼女に、僕は尋ねた。
「今、シアワセ?」
「もー、シアワセ〜!」 
言わせたかった感は否めませんがw。
同じ価値観、幸福感を共有し合える人がいる。
そんな仲間と出会えたこと。
これも一つの、シアワセノカタチ。

荷物を片付け、その殆どを運び出し、熾火の確認をしている時に事件は起こった。
午後から薄暮れまで、子供たちはリース作りに熱中していた。ススキ林でイモヅルや飾り付けのものを切るために、大人から手ノコ(小さなノコギリ)を借りていった。何人もの手に渡った挙げ句、その手ノコを失くしてしまったらしい。結果、全員で探して見つかったのだが、本当の問題はここからであった。その手ノコを使った全員が、責任を回避しようと、言い争いを始めてしまったのだ。誰それに渡した。どこそこに置いたはず。最後に使ってない。云々かんぬん。これは子供の世界に限った話ではなくて、人が生きている間ずっと付きまとう。

「終わった事はもういい」
ルールを決めようと、僕は提案した。
「最初に借りた人が、貸してくれた人に必ず返す事」
みんな、分かるよね。最初に借りた人に、全部を背負わせるためのルールじゃないよ。ルールという公の約束ごとは、みんなに関わることだから。
「ルールが守れないようであれば、」ここで僕は、何故か語気を強めた。「以降、焚き火会を開催する事はない」と。

何だかんだで、解散予定時刻を大きく過ぎてしまった。だが、帰る素振りをする人は誰もいなかった。寄り添うように熾火を囲み、ずいぶん小さくなった赤銅色を眺めては、取り留めのない立ち話を続けていた。まるで、会話が途切れることを恐れるみたいに。人と熾火とが同化してしまったかのように。背中が冷えてきたので、僕は向きを変えた。ふと目線を上げると、透き通った冬の夜空には、オリオン座がくっきりとその姿を見せていた。星がこんなに綺麗なのに・・・。そう思った。
おしまい


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