すうせの家出
秋もいよいよ本番で肌寒くなってきた。
夕方6時頃、外は真っ暗だった。
私は自転車で地下道を通り、自転車を車道に乗せて地下道を昇った。
出口付近まできたとき、そこに保育園の帰りらしい小さな男の子がいた。
「家まで連れて行ってよ」
突然、話しかけられたことにビックリし、また、この子供のお願いの図々しさに呆れた。
戸惑いながら、ぎこちなくどこまでか聞くと、反対側の川沿いの方向を指差した。
私は大学図書館へ行って、返却日ぎりぎりの本を返しに行こうと思ってのだが、小さい子を無視することもできず、自転車を引きずりながら、不思議なお願いをする子供と一緒に歩いた。
私は子供と話をするのは久しぶりなので、どう話せばいいのかわからなかった。
「バチらーめん食べたことある?」
「テルメ金沢、知っとる?」
子供に質問されたが、曖昧にしか答えられなかった。
通りすがりの人たちにじろじろ見られ、なんだか子供をもったみたいで内心うれしかった。
私は自然とニヤついていた。
「コンビニでおもちゃ買って。何か、買って」
その言葉で私の笑顔は消えた。
私も子供の頃、よくそう言って母親を困らせたものだった。
母親はいくら駄々をこねても、クリスマスや誕生日以外に何も買ってくれなかった。
しかし、祖母は一緒に買い物へ行くと、いつもガラクタのようなものを買ってくれた。
母親が教える我慢は、祖母が甘やかすことで台無しにされていた。
だから、私は兄弟の中で一番の甘えん坊になった。
それは今でも変わらないかもしれない。
「何も買わないよ」
私は強くないが、はっきりした声で言った。
子供はそれを聞かず、コンビニへ入っていった。
私も仕方なくコンビニへ入り、この子供のペースにはまっていると感じていた。
少年マガジンの最新号を読むふりをして、子供が離れた隙にこっそり店を出た。
大学図書館は8時までだからまだ間に合う。
でも、子供の小さな心に取り返しのつかない傷がついてしまうかもしれない。
それが、初めての裏切りになるかもしれない。
そう考えて、私はその子から逃げることをやめた。
店の入り口付近で待っていると、子供は私を見つけて外へ出てきた。
私はしゃがんで、子供の顔を同じ目線で見た。
その顔を少しつねった。
多くの水分を含んだ肌はやわらかく、美しかった。
母親のことを聞くと、イオンで買い物をしているとか、先に帰ったなどと言う。
「悪いお母さんだな」
先ほどから、母親のことを聞くと、何か胸を針で刺されたかのような反応をする。
よく聞いてみると、母親が、その子がご飯を食べないことで怒り出し、もう家に帰ってこなくていいと言われて飛び出してきたと言う。
家に帰らないか、と聞いても「いやだ」と言い、親が心配していると言っても、耳を貸さない。
私も小さいとき家出したことがあるな〜と話した。
家出といっても、車庫に隠れただけだったけど……と話していると、その話に興味をもったようでいろいろ聞いてくる。
その反応が意外だった。
いろいろな世間の汚れを知っている大人と子供の心は違う。
その真っ白で無防備な心は、大人の何気ない一言を必死で受け止め、その言葉は大人の何倍もの大きさで受け入れられる。
そして、子供は観察力や直感が鋭い。
私の目にかすかに浮かんだ迷いや不快感を素早く読み取っているようだ。
また、発せられる声の響きから、それが本心から出ているかどうかわかっているような気がする。
名前を聞くと、その子は「田澤すうせ」と言った。
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