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レゴは遊びだ、という話。

レゴといえば四角いアレですよね。
レゴを趣味としている人はともかくとしてほとんどの人があの形を想像すると思います。

しかし俺を含めて四角いアレ(基礎ブロックと呼ばれています)を大量に使うという人はほとんどいません。せいぜい見えないところの穴埋めに使うか1つも使わないというのが大体のケースだと思います。もしくは超大型ビルドか基礎ブロックの形を活かした作品か。とにかく使う人は少ないし製品にも意外と入っていません。

一転、生命線とも呼ばれるようなはちゃめちゃに使われるパーツもあります。しかしそれは得意ジャンルや各ビルダーによって全く違うものです。そしてそれはレゴを知らない人からすると大抵、『レゴっぽくない』パーツなのです。

例えばボールジョイント。いきなりブロック要素どこいったって感じですよね。
でもボールジョイント自体は20年くらい前には既に登場しているパーツです。それなりに歴史があり、また受け入れられてきたパーツということです。
このボールジョイントと受けとなるソケットはロボットとか生き物とか可動フィギュアに属するジャンルには欠かせないパーツですが他のジャンルではほとんどお呼びがかかりません。
一例としてトレイン。どう考えてもボールジョイントが入る余地はないです。
では逆に。トレインの生命線となるパーツといえば車輪や連結パーツになるでしょう(専門外なので断言できませんが……)。
これもさっきの例と同じでフィギュア系のジャンルでは使われることはほぼないでしょう。

まぁ、何が言いたいのかというと、○○らしいっていうのを外野から言ってもしょうがない、ということです。

こういう話が度々趣味を介する仲間内で発生します。だいたいは外側の人が外側から見たイメージだけで語り、それが拡散していく、というものです。

かく言う自分もそういうことを言われるとつい反応してしまいます。現に今これを書いてますし。
分かり合えないし放っておくのが一番だなと思いつつ、お気持ち分一言や二言くらい返したくなる。これも何回もやったやつです。

らしさってなんや。

先述の通り基礎ブロックと接点のない(例外はあります)ボールジョイントですら20年くらい前にはもうありました。テクニックという基本的にブロックなどのポッチ接続を使わない(例外はry)シリーズも40年以上前からあります。
そういうことを知らない人たちの語る『らしさ』ってなんなんでしょうね。

こういう話の結論は大抵相場が決まっています。
『レゴらしさとは何でも作れることで他人にとやかく言われることではない』
めちゃくちゃ当たり前のことに行き着くんですよね。
俺はもっと広く、ざっくりとレゴを捉えています。

『レゴは遊び』

これこそわざわざ言うとこかという話ですが俺の中ではこれが真理でどんな詭弁を振るおうともこれに勝る答えはないと思っています。
ズルいですが事実なのでこれ以上ないというのは間違いないでしょう。

じゃあ遊びって何だって話。

集団で遊ぶ時はルールがあります。ではレゴは集団で遊ぶのか?基本的にはノーです。
子ども同士でも何か作って何らかのルールで競う、という遊びはします。車を作ってどちらが遠くまで進むか、とかそんなんです。
これが大人のレゴファンだとお互いの作品やコレクションを評価したり、ラジコン化して(正規でパーツが存在します)コースを走らせたり、そういう遊びになります。

しかし、これはレゴで遊ぶ過程では1割にも満たないような比率です。作りたいものを考え、パーツを集め、やっぱり違うと選び直して、スクラップ&ビルドを繰り返して作品を作り上げます。
もしくは自分で作品を作るということはせず、ミニフィグをコレクションしたり製品を組み立てて飾ったり、これもレゴの遊びです。
どちらにせよレゴによる遊びはほぼ一人で完結します。

一人で遊んでいるのにルールがいるのか?

もちろん一人で遊んでいても"こだわり"という形でルールは勝手に生えてきます。
例えば俺は人型の作品を作る場合、全身がちゃんと可動するとか、剛性とかを気にします。
でもこれは俺だけのこだわりでありルールです。
他の人が石像のごとくまったく可動しないフィギュアを作ろうがパーツを削ったり塗装しようがなんとも思いません。それがその人のこだわりでルールですから。すごく当たり前の話です。それぞれがそれぞれ、人に迷惑を掛けるでもなく玩具で好きに遊んでいるのです。

そこに知らない人がぽっと入ってきて最近のレゴは……なんて言えばそりゃ怒るだろ、という話です。

レゴは遊びです。そこに明確なルールもゴールもなく、自分が何をモチベーションにして何が楽しいのかを考えればいいのです。

この言葉は自戒でもあります。
とても強いこだわりがあり、自分は遊びでやってない。みたいに考える人もいます。何かにイライラしたり、自身の見解を人に押し付ける人がいます。
でもそこで考えて欲しい。『遊び』だぞと。

あなたのやっていることは高潔かもしれない、高い理想を求めることは決して悪いことではない。でもそれは良くも悪くもあなただけの問題で、それぞれで持っているモチベーションやスタンスが違う。遊びということを忘れてはいけない。
仮に遊びじゃない、苦しくてもやるんだと思っていても他の人は遊びでやっていることを理解しないといけない。

これはプロでもアマでも弁えておくことだと思います。遊びでも、遊びじゃなくても、仕事でも、他の人にとっては遊びだと。

俺は遊びだと自覚しながらやる時は一生懸命やっています。限界まで考えて、妥協はできるだけ排除していく。それで誰かが面白いと言ってくれたりレゴの世界に興味を持ってもらえれば儲けもんです。それも含めて俺にとってモチベーションです。

レゴは遊び。でも真剣にやるし辛いこともあるし作るのは面白い、という話でした。

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