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スティーヴ・ヴァイの泣き言(笑)/フランク・ザッパは星一徹

(敬称略)

どこかの誰か
「それってあなたの感想ですよね?」

わたし
「はい、そうです(きっぱり)。」

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フランク・ザッパが存命のころ
ザッパのファンでいるということは
一種の修行(笑)だと感じたことが
正直ありました。

なにせ作品が多いし
おしなべて
曲が長い。

いわゆる「歌」というものを
主体に据えた楽曲も
あるにはあるのですが
歌詞カードを読んでも
本気なのかふざけてるのか
判然としないし。

聴きやすいインストも
あるにはあるのですが
やはり
アレンジに
ひと捻りもふた捻りも
施してあったり。

アルバムのなかには
「どういうつもり」で造ったのか
本人に聞いてみたいと思ったものも
ありました。

(聞いてもまともに答えるはずないけど。)

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しかしですね。

「しおから」とか
「くさや」とか
癖のある食べ物ほど
馴れると「はまって」しまうのと
同じように
聴きこむほどに
ザッパの虜になっていきました。

特に好きなのは
高僧の読経のように
「うねうね」と続く
ギター・ソロ。

(きっと)その気になれば
感傷的なメロディを紡ぐことだって
易々とできるに違いないのに
(あえて)
そんなことはせず
わざと
「はぐらかす」ような
フレーズを弾きます。

わたしと同じように
ザッパのギター・ソロが好きなヒトが
多かったからでしょうか
「そればっか」集めた
夢のような音源も
リリースされました。

海辺の道の駅で
売店の棚にならぶ
美味しそうな「しおから」の
瓶詰の数々を
次から次へと開封して
炊き立ての飯をよそった
ご飯茶碗の上に
乗っけてかきこんでる気分になる
最高の音源です。

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スティーヴ・ヴァイが
フランク・ザッパのバンドで
プレイしている映像を
YouTubeで観たことがあります。

曲は
たしか
「Black Napkins」。

(ひでぇタイトルだなぁ。)

ザッパのバンドのメンバーは
どんなに奇々怪々な造りの曲でも
「ニヤニヤ(ニタニタ)」と
薄ら笑いを浮かべて
演奏している印象があります。

(ジョージ・デュークなんか
特にそんな感じ。)

この映像でのヴァイも
「余裕しゃくしゃく」に見えた記憶がしますが
ネットの記事(一番↓)を読むと
そんな「お気楽」なものじゃ
全然なかったようです。

ザッパは
星一徹(例えが古すぎる)みたいに
鬼の形相で
バンドを鍛えたんでしょうかねぇ。

そういえば
むかしTOTOの公式HPに
載ってたハナシですが
スティーブ・ルカサーが
ザッパのオーディションを受けに行ったら
「お前の読譜はジョークだ。」と
相手にされず落とされたことが
あったそうです。

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ザッパは「普通じゃない」とこが
ありますけど
ヴァイも負けず劣らず
「エキセントリック」なところが
あると思います。

ヴァイは
デビッド・リー・ロスのバンドについて
「クレイジーに
シンプルなロックンロールをプレイする」と言っています。

曲自体は
まぁシンプルと言えばシンプルですかね。

「クレイジー」は
たしかにそのとおりだと思います。

世の中なめてるようなところは
ヴァン・ヘイレンから
継続してますから。

だけど
あのバンドでのプレイが
「シンプル」ですか。。。

ヴァイ在籍時の
デビッド・リー・ロス・バンドの映像を
YouTubeで観ることができます。

あの演奏がシンプルとは
なかなか言い難いんじゃないでしょうか。

「シャイ・ボーイ」って
ビリー・シーンの「おはこ」なんで
あちこちで演ってますけど
デビッド・リー・ロス・バンドのヤツが
一番すごいと思います。




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スティーヴ・ヴァイは1980年代、フランク・ザッパのバンドに
ギタリストとして加入し行われたツアーで、ツアー恐怖症になったそうだ。そして、ツアーの喜びを教えてくれたのは、
デイヴィッド・リー・ロスだったという。

ヴァイは1980年秋、20歳のときにフランク・ザッパのバンドに加入し、
1983年まで在籍した。
彼は、先月終わり、YouTubeで配信された『PALTROCAST』の
インタビューで「あれらのツアーは過酷だった」と話している。

「なぜなら、毎日、空の旅だったんだ。
ツアー・バスはなかった。
だから、朝9時に起き、すぐに空港へ向かう。
着いたらすぐに、フランクはサウンドチェックを始める。
開場までね。
2~4時間、フランクは曲を作り、教え、録音してた。
彼は何もかも録音してたんだ。
その上、レパートリーは80曲だ。
そのうちの60%は命がけのギターだよ。
あれらの曲はギターで演奏すべきではない! 
で、45分休憩があって、本番だ。
そしてまた45分休憩で、大抵、2つめの公演をやる」
「フランクは、大げさでなく、ステージに上がる5分前に
セットリストを決める。
3年間、彼とツアーして、同じだったことはない」

「観光なんてないよ。
空港からの車の中で目にする景色だけだ。
僕は(公演が終わったら)すぐにホテルに戻り練習だ。
次の日、彼が何をプレイするって言い出すかわからなかったからね」

「あれらのツアーの後、
僕は「もういい、僕はツアーは好きじゃない。
やらない“って思った。
最初のツアーで僕には黄疸がでた! 
食べ方も寝方もわからなくなっていた。
ツアーには完全に失望してた。
怖かったよ」

それが、1985年、デイヴィッド・リー・ロスから誘われたことで
一転したそうだ。
「ツアー・バスがある。
サウンドチェックはない。
1公演だけだ。
そして、クレイジーにシンプルなロックンロールをプレイする。
そのとき、僕はツアーの良さがわかり始めた」

いまは、公演の合間に訪れた街を散策したり、
文化や食事を楽しむことができ、世界各地を周るのを満喫しているそうだ。

スティーヴ・ヴァイは、今週初めまで、
気の置けない仲であるジョー・サトリアーニと
北米でツアーを開催していた。

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