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パティ・ボイド/ロックってすでに歴史なんですね

(敬称略)

「貧すれば鈍する」とまでは
言いませんが。

ジョージ・ハリスンはともかく
エリック・クラプトンは存命で
現役ですからねぇ。

あの名曲に関する有名な逸話を
証明する資料として
これ以上のものはない
第一級のものであることは
認めざるを得ないですが。

みなさんは
どうお考えでしょうか。

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ジョージ・ハリスンの最初の妻で、その後、エリック・クラプトンと
結婚したモデル/フォトグラファーのパティ・ボイドが、
ふたりから送られた手紙をオークションに出品する。

ボイドは、ザ・ビートルズ主演の映画
『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』(1964年)に
出演したのを機にジョージ・ハリスンと出会い、1966年に結婚。
ふたりの家によく遊びに来ていたエリック・クラプトンが彼女に魅かれ、
当時制作された楽曲「いとしのレイラ」(1971年リリース)は
彼女への想いにインスピレーションを得て誕生したと言われている。
ボイドはハリスンと破局後、1979年にクラプトンと結婚した。

来月、Christie‘sが開催するオークション<The Patty Boyd Collection>には、ふたりがボイドへ送った手紙、パティとハリスンの写真、
パティにより撮影されたクラプトンのポートレート、
デレク・アンド・ザ・ドミノのアルバム
『Layla And Other Assorted Love Songs』(1970年)のジャケ写となった
エミール・セオドア・フランセン・ド・ショーンバーグによる絵画、
パティの私物など111アイテムが出品される。

競売会社Christie‘sは、月曜日(2月26日)、
パティがハリスンとクラプトンとの思い出を語る映像を公開。
パティは、1970年に「君はまだ君の夫を愛しているのか?」と
問われる手紙を受け取ったとき、クラプトンからだとは思いもよらず、
ファン・レターだと考えていたと話している。
数ヶ月後、クラプトンが送った2通目は「親愛なるレイラ」と始まり、
パティへの切ない想いが綴られている。

パティ・ボイドは2007年に自叙伝『Wonderful Today』を出版し、
ハリスンと離婚した理由やクラプトンとの関係等を明かしていた。

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2024.3.25追記

エリック・クラプトン(Eric Clapton)が、友人ジョージ・ハリスン(George Harrison)と結婚していたパティ・ボイド(Pattie Boyd)を
誘惑するために書いたラヴレターがオークションに出品され、
119,700ポンド(約2300万円)で落札されています。
また同じオークションで、クラプトンがデレク・アンド・ザ・ドミノスの
アルバム『Layla and Other Assorted Love Songs』の
アートワークに選んだ、
エミール・セオドア・フランセン・ド・ショーンバーグによる
原画「La Fille au Bouquet(花束を持つ少女)」が
1,976,000ポンド(約3億7700万円)で落札されています。
こちらは落札予想価格の33倍という驚きの高値での落札でした。

ハリスンの「Something」や、クラプトンの「Layla」
「Wonderful Tonight」にインスピレーションを与えたことでも知られているパティ・ボイドは、このラヴレターや原画を含む手紙、写真、
宝石、絵画など、彼女の私物の一部をオークションに出品しました。
これらコレクションは総額2,818,184ポンド(約5億4000万円)で
落札されています。

ボイドはモデルであり、1960年代のスウィンギング・ロンドンの
象徴でした。
ビートルズの映画『A Hard Day's Night』の撮影現場で
ハリスンと出会い、1966年にハリソンと結婚しました。
1960年代の終盤、クラプトンとハリスンは親しい友人となり、
作曲やレコーディングを共に行うようになりましたが、
この頃、クラプトンはボイドに夢中になりました。

クラプトンからボイドへと送ったラヴレターは1970年10月に
書かれたもので、速達で送られたという。
クラプトンはボイドにこう懇願しています。

「親愛なるLへ......(※クラプトンはボイドを“レイラ”と呼んでいた)

お聞きしたいのは、まだご主人を愛しているのか、
それとも他に恋人がいるのか、ということです。これらの質問はすべて、
とても不謹慎なものだとわかっていますが、
もしあなたの心にまだ私への気持ちがあるのなら......私に知らせてください!実際のあなたの気持ちが何であれ、私に知らせてください...」

友人の妻を誘惑しようとすることが
一般的にマナー違反とされていることを明らかに承知している
クラプトンは、ボイドに手紙で返信するようアドバイスしており、
「電話をしないで!」と促しています。

ボイドは当初、この手紙を熱狂的なファンが書いたものだと
信じていたようです。
オークション会社のクリスティーズの取材に対し、
「エリックからの手紙だとは思いもしませんでした。
変なファンからの手紙だと思ったの。ジョージにも見せたのよ!」と
語っています。
ボイドが手紙を書いた人物の正体に気づいたのは、
その日の夜、クラプトンから電話がかかってきて、
彼から何か手紙が届いていないかと尋ねたときだったという。
「なんてこと、あなたからの手紙だなんて気がつかなかったわ!」と
彼女は振り返っています。

クラプトンは数カ月後の1971年1月に『二十日鼠と人間』から
破いたタイトルページに別の手紙を書きました。

「過去の快楽のためなら、僕は家族も、神も、
そして自分自身の存在も犠牲にするだろう......僕は心の果てにいる......
僕は風に耳を傾け、暗く沈む雲を眺め、気配や仕草を求めて
足元の大地を感じたが、あるのは沈黙だけだった。なぜためらうのか、
僕が貧しい恋人なのか、醜いのか、弱すぎるのか、強すぎるのか、
なぜだかわかるかい? 
あなたが僕を欲しければ、奪ってください。
僕を必要としないなら、僕を縛る呪縛を解いてください。
野生の動物を檻に入れることは罪であり、手なずけることは神である。
僕の愛はあなたのものです」

この2つの手紙の落札予想価格はそれぞれ10,000~15,000ポンド
(約190万円~約290万円)でした。
英ガーディアン紙によると、119,700ポンド(約2300万円)で
落札されたのは、1971年1月に書いたラヴレターのようです。

クラプトンはボイドを“レイラ(Layla)”と呼び、
その年に同名のロックの名曲を書きました。
「Layla」も収録されたデレク・アンド・ザ・ドミノス
『Layla and Other Assorted Love Songs』のアルバム・カヴァーに使われた、エミール・セオドア・フランセン・ド・ショーンバーグによる
原画「La Fille au Bouquet(花束を持つ少女)」の落札予想価格は
60,000ポンド(約1150万円)でしたが、
予想額の33倍にあたる約200万ポンドで落札されました。



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