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とりあえず坂バス

坂バスが運行を始めて7年経った。もとはと言えば、まやビューラインの存続危機のときに、麓のケーブル駅までのアクセスが悪さが指摘され、地域団体が集まって「まやビューラインアクセス向上委員会」が発足、南北のアクセスバスを運行する社会実験が決まる。さて名前をどうしようかという話になって「まやバス」とか「灘バス」とかいろんな案が出たけど、どうもしっくりこない。「坂を登るからとりあえず坂バスでいいんじゃないすか?」という、安易な理由でコードネーム的に「坂バス(仮)」と呼ぶことにした。僕としては「とりあえず坂バス」という「なんとなくクリスタル」的な、バス路線名らしくない名前にしたかったけど、自治会、婦人会のお歴々が鎮座まします場でそんなこと言えるわけはなく、バス〜ケーブルカー〜ロープウェーを乗り継いで摩耶山へ行くことを意識して「まやビューライン坂バス」という名前に決まった。

2012年10月26日から一ヶ月の「まやビューライン坂バス」社会実験が始まる。しかし出だしは散々たるもので誰も乗ってくれない。200円は高すぎる、危ないなど沿線住民からの否定的な声も上がる。ここで「まやビューラインアクセス向上委員会」が本気(マジ)になった。婦人会が回数券を購入し沿線住民に無料で配布、サポートステッカーの販売、坂バスをアピールするマヤレンジャーの乗車、バス内での「坂バス兄弟ライブ!」、JR灘駅発20:40のバスを満員にするための「酒バス2040」、ただ坂バスと並走するだけの「坂バスのラン会!」、坂バスで沿線グルメをはしごする「帰ってきた坂バス!」「帰ってきた坂バス2!」などのイベントを打つなど、あの手この手で少しずつ認知度を上げ、2013年4月27日からなんとか正式な本運行にこぎつけた。正式名称はコードネームのままの「坂バス」に決まった。

市バスでもない小さなバスが細い住宅街をぐるぐる走る坂バスは「特別」だった。ほとんどの坂バスイベントに「!」がついているのがその証拠だ。坂バスに乗っていると歩行者からジロジロ見られる。子どもたちは手を振ってくれる。坂バスは街のスペシャルな風景だった。

本運行から数年して異変が訪れる。それまで土日の乗客(まやビューラインに乗り継ぐ乗客)が平日の乗客数を凌駕していたのが逆転する。朝7時台は神戸高校の学生で満員になり、水道筋口バス停からはマルハチの袋を下げた買い物客が乗り込み、終バスにはほろよいのサラリーマン、あれだけ「高いから乗らない」といっていた老人が「カートを押して阪急の踏切を越えるのは怖い」からとバス停ひとつだけ乗るようになり、日常の足として定着しはじめた。もう坂バスに乗っていても誰もジロジロと見なくなった。いつの間にか坂バスは街の「ふつう」になっていた。

しかし、今年4月以降、坂バスの乗車人数は減り始める。ふつうがふつうでなくなる異常事態である。コロナ禍が街のふつうを食いつぶしていく。こんなときこそ、とりあえず坂バスに乗って街を一周するとふつうの良さがわかる。とりあえず乗ろう。街のふつうをこれ以上なくさないために。

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