反面教師

「自分はこうありた」
「自分はこうなりたくない」
誰しも考えたことがあるのでは?

わたしは、反面教師の存在があれば、
理想の自分への道は案外近いのではと思ってる。

わたしが大きく影響を受けている反面教師は2人いる。
一人は、母親。
母親の事はまた別の記事で投稿する事にして、
今日はもう一人の反面教師について記事にしてみようと思う。

近々まで勤めていた先の上司が、それだ。
上司の尊敬できるところなど一つもなかった。
中途採用で雇ってもらった会社だったが、
こんな人が役職についていいのかと驚いた事を今でも忘れられない。

周囲に嫌われる事をとても恐れている上司だった。
その割にすぐ感情的になるので、理不尽なことでよく部下に当たり散らすような人だった。
上司の役目としては当然の仕事のはずなのに、自分が苦手だから、したくないからという理由で積極的に部下にそれをゆだねるような人だった。

とても弱い人。そして、プライドもとても高い人。
さらに、言葉選びがものすごく下手で、誤解を招きやすい人。
落ち着いていれば、冷静でいられれば上司らしい考えや思いをを発信できるのに、すぐ感情的になってしまうが故に周りにはそういう上司の思いが伝わりづらい。言葉選びが下手だと尚更そう。
なんて手間のかかる人なんだ、なんて世話の焼ける人なんだ…。
上司の考えや思いを汲み取り、先回りして提案して、上司との時間をたっぷりとって上司と会話を交わす事をいつもしていた。
まず上司と同僚の関係が円滑にならねば何も始まらないと感じて、上司と同僚のクッション役になろうと思った。
気に入られたかったわけじゃない。
仕事がしたかったからだ。
上司の傾向を把握して、対策を練らなければ、まともに仕事ができないと思った。仕事がバリバリできるようになりたかった。早く出世したいとも思っていた。そのために、自分も周囲も理不尽なことで怒られずに済むように、まともに仕事ができるように、徹底して対策をとっていた。

けど、おかげですっかりYESマンと化してしまった。サービス残業、休日出勤が当たり前になった。
深夜の救急外来にお世話になった事があった。倒れた事もある。
数年前に昇格した。けど、その頃には「バリバリ仕事したい」と思っていた自分の姿とかけ離れていると感じていた。毎日、通勤中の車で涙が出るようになっていたし、夜も眠れなくなった。

誰のために、何のためにこんな気持ちの悪い自分でいるんだろう。
そう思うようになった。
両肩にずっしり上司がのっかっているような気持ちになっていた。
クッション役のわたしが居れば、都合がいいのだろうと感じるようになっていた。確かに、自分に代わって都合よく動いてくれる人がいるのは楽ちんだ。そうだ、上司はそういう人だったと気づいた時には遅かった。

仕事ができるようになりたかっただけなのに。
どんどん出世したかったのに。

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YESマンで居る事は、誰のためにも何の役にも立たない。
仕事の事で感情的になることは恥ずかしい。情けない。
常に冷静で居られるようになりたい。
俯瞰して物事を見つめられるようになりたい。
言葉選びは大切に。やわらかい言葉を使えるようになりたい。
自分の時間を大切にしたい。
家族の時間も大切にできるようになりたい。
プライベートと、仕事のバランスを大切にしたい。
いろいろな人がいる事を受け入れなければ、よりよい関係は築けない。
「自分はこう」「普通はこう」という考えは捨てた方が良い。


わたしの、元上司(反面教師)からの学び。



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