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子どもの頃の私が降りてきた夜

 先月のある日曜日、我が家はデイキャンプに出掛けた。

 娘の進学に伴い、なかなか家族でキャンプの時間が取れなくなっていたけれど(もちろんコロナの事もある)、車で一時間のところにあるキャンプ場のデイキャンプの枠があいたというので、久しぶりにテントを張りに行ってきた。

 大きな湖があるこのキャンプ場はずっと行きたかった場所。

 今日はデイキャンプなので、タープを張るだけの簡単準備。

 準備が終わったら、早速レンタルサイクルを借りて、湖を一周した。

 魚が跳ねるのが見えたり、いろんなかわいいテントを眺めながら、少し冷たい空気を吸い込んで。

 日頃の窮屈さを外に出していく様に、私はペダルを漕いだ。

 我が家の普段のキャンプにしては、さっと設営、キャンプ場で遊びつくす、サクッと撤収と割とアクティブな一日だった。

家族はみんな満足そうだった。

 次の日は月曜日だったので、日が暮れる前に帰宅して、近所で簡単なお惣菜でも買って帰りましょうとなったのだが、車に乗って高速を走り始めてから、私の調子が悪くなってしまったのだ。

 普段から、胃腸の調子はとてもいい私なのだが、その日は冷えていた事、久しぶりのキャンプでテンションも上がってしまったこと。

 コーヒーを飲みすぎてしまったのも良くなかった。

 しまいにはパーキングがしばらくない場所でおなかが痛くなってしまった。

 主人に不調を伝えると、行楽地からの車で混んでいる中を頑張って車を走らせてくれた(法廷スピードは守っていますよ)。

 子どもたちも後ろの席で、お母さん大丈夫?平気?と心配してくれている。

 おなかの痛みがピークに差し掛かったと同時に、私は子どもの頃、車に乗っていた時の事をなぜか思い出した。


 こんな冬の夕暮れ、父方の親戚の挨拶回りに連れていかれ、子どもにとっては退屈な休日。

 早く家に帰って、自分の部屋で漫画を読みたい。

 一緒に住んでいるおばあちゃんとテレビを見たいな。

 ああ、でも今日は家に帰っても今度は母方の親戚一同がいるんだっけ。

 私の母は四姉妹の長女だったから、同居の祖父母の所に毎週のように入れ替わり立ち代わり親戚が集う。

 玄関に入れば靴がぎゅうぎゅう、居間に入れば酔っぱらった大人たちの大きな声、小さな従妹の叫び声。

 私の部屋にももう布団が敷き詰められていて、日中の疲れた気持ちや、おばあちゃんに甘えたい気持ちを隠さなくてはならなかった。

 ちょうど今回のキャンプの前ぐらいに、私は自身の気持ちを深掘るワークブックのようなものをやっていた。

 子どもの時の記憶。楽しかった記憶が余りない。

 でも、母が撮影した写真には、今思えば頑張って笑顔を作っていた私の記憶。

 気持ちをたどる作業で見つけた私の記憶は、自分の気持ちとは裏腹に頑張らなきゃならない小さな私がいた。

 そこまでやってみて、なんだか疲れてしまったので、ワークブックはやめてしまったのだ。

 また元気な時にやろう。無理やり記憶をこじ開ける必要はない。そう思ったのだった。

 そういった記憶を少し覗いたからからなのかな。

 フラッシュバックを体験したことはないのだけれど、耳のすぐ横で心臓の音が鳴っているような気がして、お腹はすごく痛いし、家族の心配する声も余り聞こえなくなってしまった。

 車はあっという間に次のパーキングに到着し、「お母さん、あっちトイレだよ」という娘の頼りがいのある声に助けられながら、何とか無事事なきを得た。

 出口に行くと、あったかい飲み物を素早く買ってくれていた主人と息子。

 娘も心配そうに隣にいてくれた。

 家に帰り、食事をしてお風呂に入る。

 ゆっくり湯船に浸かっていると、涙が止まらなくなってしまった。

 私は私の昔の記憶で涙を流したことはあまりなかったけれど、子どもの頃の辛かった気持ちが、その涙で、少しだけ溶けていくような感じがしました。

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