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「一生懸命営業中」という看板が好きじゃない理由

「一生懸命営業中」という看板が好きじゃない。

ということをふと思い出したのは、昨日、京都の赤垣屋という店に行ったからだ。

この店がその看板を掲げているわけではない。「赤垣屋」という赤ネオンの下に縄のれん。それだけの小さな店構え。

おでんの鍋を中央に据えた厨房を取り囲むL字カウンター。冷や酒を頼むと、大きな樽酒からコップになみなみと注いでくれる。樽の香り。

突き出しは、ほうれん草の胡麻和え。経木に書かれたメニューは、ひらめやシマアジなどの刺身。納豆。焼き物。湯豆腐、揚げ出し豆腐など。

胡麻豆腐は、胡麻の味がねっとりと濃く、わさび醤油と絡めながら、永遠に飲めそう。おでんの蛸を頼む。蛸をおでん鍋に入れてあたためてくれる。食べやすく切られた蛸の足、関西の青ネギをちらして、辛子を添えて。蛸やら魚介の練り物から出た味の凝縮した出汁は、透明に澄んで、飲み干したくなるほど旨い(というか飲み干した)。

おでんを頼むたび、店のお兄さんは、おでんの鍋から出汁を何度もすくって取り皿にかける。大皿で10数回、小皿で7〜8回。おでん鍋の上でかけられた出汁は、鍋にこぼれて戻り、皿はあたたかく、冷めにくいまま、提供される。

燗酒のオーダーが入ると、そのたび酒樽からちろりに酒を注ぎ、燗につける。おでん鍋の上で、ちろりから徳利に注ぐ。そのたび、酒が少し溢れて、おでん鍋に注がれる。

てっぱい(ぬた)で舌を冷ます。青ネギがどっさり。辛子味噌も手作りなのだろう、酒の味が濃く、旨い。ほんとうに薄く切った烏賊の刺身が和えられていて、その滑らかな旨味、ネギの蜜、きりっと辛口の辛子味噌が合う。おでんの焼き豆腐を追加する。ひとつでも、何度も皿に出汁をかけてくれる。青ネギとからし。ジャガイモもうまかった。

酒をコップで4杯ほど飲んで、勘定は5000円足らず。

骨惜しみしない仕事。日々その繰り返し。気を衒うことなく、大仰にならず、細部に魂を込める。ものをつくるというのは、その営みを続けるということは、こういうことなんだと思う。

「一生懸命営業中」は、一生懸命営業しないより、たぶんいい。だけど、この店を訪れて、それでも「一生懸命」仕事しているといえる人は、どれだけいるんだろう。「一生懸命」って、そうとうたいへんなことだ。しかも、終点がない。

それは、よく考えると、その店主たちにではなく、自分に問いかけているだけなのだった。

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