江戸時代の名局第1回(天野宗歩①)

個人的な趣味で、古い将棋をよく並べていた時期がありました。最新形も面白いのですが、クラシックな将棋にも良さがあります。いつかtwitterでやろうと思っていた企画ですが、noteを始めようと思ったのでこちらで採用。不定期で、江戸時代の古典を紹介していきます。

▲天野宗歩─△深野宇兵衛(1836年1月26日)
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角
▲4八銀 △3二銀 ▲5六歩 △5四歩 ▲5八金右△4二飛
▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △7二玉 ▲9六歩 △9四歩
▲3六歩 △6二銀 ▲5五歩 △同 歩 ▲同 角 △4三銀
▲7七角 △5三銀 ▲6八銀 △6四銀 (第1図)
先手の天野宗歩は幕末の棋聖と呼ばれた天才棋士で、当時21歳。後手の方は…すみません、よく知りません。宗歩の才能溢れる指し回しが見られる一局。
先手の居飛車に後手は四間飛車だが、▲5六歩に位負けを嫌って△5四歩と突くのはいかにも時代を感じる。この感覚はかなり後にも見られ、大山康晴十五世名人の時代でも△5四歩を突くことがあった。先手は▲5五歩から一歩交換して手順に▲7七角と引く。図のように△6四銀と繰り出された時に当たりが強い意味はあるが、先手は狙いの構想がある。

第1図

第1図以下の指し手
▲6六歩 △5五歩 ▲6七金 △5二金左 ▲8六角 △3二飛
▲4六歩 △5四銀 ▲4七銀 △6二金上 ▲7七桂 △4二角
(第2図)
▲6六歩は「歩越し銀には歩で受けよ」の格言通り。△5五歩と打ったのは、中央の位を重視する時代の感覚らしいところだ。先手は▲8六角とのぞくのが▲7七角と引いた時からの狙いの構想。5筋を突いた四間飛車に対しては、この角がなかなかうるさい。第2図はお互いに中央に駒が集まり、いよいよ開戦直前。

第2図

第2図以下の指し手
▲5六歩 △同 歩 ▲同 銀 △3五歩 ▲2四歩 △同 角
▲6五銀 △同銀直 ▲同 歩 △4三金 (第3図)
▲6五歩と突いても△5三銀で後続が難しい。よってここで▲5六歩と合わせ、銀を活用しにいく。▲5六同銀に△3五歩と突いて、▲同歩△同飛▲3七歩の進行は後手が軽い形で先手としては面白くない。2筋を突き捨てて(△同歩は▲6五銀から角を交換して▲2四飛が残る)から強く▲6五銀とぶつけ、△3六歩の取り込みを間に合わせない方針だ。銀交換後の△4三金はあまり指したい手ではないが、▲4一銀が入ると5三の地点も薄く、後手が持たないだろう。割り打ちを消して△3六歩を楽しみにするが、第3図で妙手があった。

第3図

第3図以下の指し手
▲1五銀 △3三角 ▲1六歩 △4五歩 ▲2三飛成△2二飛
▲同 竜 △同 角 ▲2八飛 △4四角 ▲2一飛成△9五歩
(第4図)
▲3五歩は△同飛でまずいし、▲2二歩△3六歩▲2一歩成△3七歩成▲2四飛△同歩の展開も△4七とから△3九飛成が速く際どい形勢だ。▲1五銀が妙手で、△同角なら▲2三飛成~▲2一竜で、大駒の働きに差があるため先手良し。△3三角は仕方ないが、▲2三飛成△2二飛▲同竜△同角▲2八飛△3三角▲2一飛成△1五角と進めるのは、後手の大駒もさばける。▲2三飛成としたいところを堪えて▲1六歩も妙手で、もちろん読み筋だろう。△2二飛には▲3一角成があるため、分かっていても2三を受ける術がない。△4五歩に狙い筋を決行し、先手ペースの戦いだ。だが、△9五歩も鋭い手で先手も油断ならない。

第4図

第4図以下の指し手
▲7九金 △9六歩 ▲9四歩 △5一歩 ▲同 竜 △6一金
▲4一竜 △5二銀 ▲2一竜 △5一歩 ▲6四歩 △5三金
▲6三歩成△同銀引 ▲6二歩 △同 金 ▲5一竜 △6一金
▲4二竜 (第5図)
△9五歩に▲同歩は△9八歩▲同香△9九飛で金駒を持っていない先手は受けがない。攻めるなら▲6四歩も考えられたが、じっと▲7九金で△9六歩を催促し、▲9四歩と逆襲。△同香は▲9五歩だし、放置するのも▲9三桂の狙いがある。だが「大駒は近付けて受けよ」の△5一歩から弱い一段目を補強し、後手も簡単には崩れない。▲6四歩は急所の攻めで、△同歩なら▲5六桂が調子良い。ただ、6筋は先手の弱点でもあるのでかなり怖いところだ。

第5図

第5図以下の指し手
△6六歩 ▲5七金 △5六歩 ▲同 金 △6七歩成▲同 玉
△2七飛 ▲7八玉 △6七歩 ▲同 銀 △2九飛成▲4五歩
△7七角成▲同 角 △8五桂 ▲1一角成△1九竜 ▲8六角
△4三金 ▲3二竜 △7四桂 ▲6八角 △9四香 (第6図)
△6六歩は部分的には厳しい手だが、6七に打ち込む駒がないのですぐには寄らない。△5六歩~△6七歩成は軽手で、王手で飛車を打ち込む狙い。ただ、少し駒不足の感はある。▲4五歩で根元の角を責め、△7七角成は仕方ないが駒得で先手の優勢が明らかになった。とは言え後手玉はまだまだ堅いので実戦的には大変だろう。

第6図

第6図以下の指し手
▲6五香 △6四歩 ▲7五桂 △5三金 ▲3五角 △6二香
▲5三角成△同 銀 ▲6三桂成△同 玉 ▲5四歩 △6六桂打
▲同 馬 △同 桂 ▲同 銀 △5四銀 ▲6四香 △同 玉
▲6五銀打△6三玉 ▲5四銀 △7二玉 (第7図)
受けに回っても勝てそうだが、△6六歩、△9七歩成、△7七香などがあって簡単には攻めを切らせない。▲6五香~▲7五桂が勝ちに行った手で、△6五歩は▲6三桂成△同玉▲6四歩。△5三金と寄らせて▲3五角と飛び出し、流れるような駒運びだ。そこで△7七香は気になるが、▲6八玉△7九竜▲5七玉で大丈夫ということだろう。△6二香は根性の受けだが、さわやかに角を切って▲5四歩と決めにいく。△同銀は▲6四香で寄り。△6六桂打は最後の勝負手で▲同金は△7七桂成、▲同銀も△同桂から△7七銀と打ち込まれる。馬を消して△5四銀と手を戻すが、▲6四香から▲6五銀打が厳しい。

第7図

第7図以下の指し手
▲8四桂 △同 歩 ▲6三銀不成△8二玉▲7二金 △同 金
▲同銀成 △9三玉 ▲8二銀 △8三玉 ▲7五桂 △7二玉
▲8三金 △6一玉 ▲7一銀成 まで141手で先手の勝ち
30秒将棋なら▲6三歩と打って安全勝ちだが、宗歩は当然ながら読み切っていたようだ。▲8四桂から▲6三銀不成が鮮やかな実戦詰将棋。ただし▲7二金で▲8三銀は△同玉で以下打ち歩詰めで逃れてしまう。▲7五桂では▲9三金の方が簡単のようだが、綺麗な詰み上がりを目指したのかもしれない。本譜は一見駒が足りないのでは?と思わせる手順だが、最終手の▲7一銀成がピッタリで後手の投了となった。

投了図

△7一同玉は▲6三桂不成△6一玉▲4一竜、△5一玉は▲6三桂不成△同香▲6一成銀△同玉▲7二金からの詰み。歩以外の駒を使い切り、竜と金の二枚だけ残る美しい詰みで、後手にも形を作らせた投了図となった。

▲1五銀~▲1六歩の妙手、▲6五香~▲7五桂~▲3五角からの寄せ、そして最後の鮮やかな詰みと、見どころ満載の一局。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?