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前科等の記載を含むプレスリリースのWebページ掲載と名誉毀損

東京地判令和5.7.7金判1681号46頁

1.裁判の経緯

 A社は、Y社(東証スタンダード市場上場会社)株式の大量買付を行い、大量保有報告書を提出した。Y社は、A社がY社の筆頭株主および主要株主になったものと認識し、令和4年4月15日、代理人弁護士により、A社に対して、A社のグループの詳細、実質支配者情報の一覧等回答することを求める内容の「質問状」を送付した。また、Y社は、令和4年4月21日にも、同様に、「再質問状」を送付した。
 「再質問状」には、かってA社がF社の株式を大量に取得していたことを指摘した上、「当該F社株式の大量取得について、2007年に東京地方検察庁特捜部に (当時の) 証券取引法違反 (風説の流布)容疑で逮捕された旨報道されたXが関与している旨、また、当該取得資金の資金源が実質的には反社会的勢力である旨等の報道が、G誌によって2012年になされています。」(以下「本件記述1」という。)と記載し、「上記報道された事実に関して」その真偽等を回答するよう求める内容が記載されていた。
 A社からの回答を受け、Y社は、令和4年5月9日、 代理人弁護士により、A社に対する追加の質問として、「質問状(4)」を送付し、「当社及び当職らにて調査を継続した結果、再質問状で指摘した貴社によるF社株式の大量取得についてのX氏の関与の他にも、以下の事実が判明しております。」(以下「本件記述2-1」という。)とした上、H社が、令和2年2月14日付けのプレスリリースで、A社に対する貸付金5000万円のうち2000万円について、未回収で返済期日が確定しないとして特別損失に計上した旨公表したことを指摘しつつ、「H社についても、X氏が第三者の名義を利用して実質的に投資をしている旨の報道が、G誌によって、2017年になされているところです。」(以下、「本件記述 2-2」といい、本件記述2-1と併せて「本件記述2」という。) と記載され、さらに、「X氏については、 2007年10月11日に東京地方検察庁特捜部が旧証券取引法違反 (風説の流布)で逮捕し、その後有罪判決を受けており」(以下「本件記述3」という。)とも記載されている。
 以上のやりとりについて、Y社は、自社のWebページに掲載しており、これに対してXは、Xの実名と共にXの前科等の事実が摘示され、名誉が毀損されるとともにプライバシーが侵害された旨を主張し、Y社に対し、 不法行為に基づき、330万円およびこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
 東京地裁は、次の理由により、名誉毀損またはプライバシーの侵害には当たらないと判示し、Xの請求を棄却した。[本判決は、「本件記述1及び3」によるXのプライバシー侵害についても判示しているが、この問題は、過去にも検討したことがあるので、ここでは触れないこととする。]

 本事件に関して、Y社によるプレスリリースが同社のWebページにも掲載されており、ここには当事者の氏名等は明らかにされているが、本稿では、慣例に従い当事者名をアルファベット表記している。なお、本件は、Xにより東京高裁に控訴された。

2.判決理由

 「Y社は、上場会社であり、株主を含む投資家その他の市場関係者に対する情報公開に十全を期すことが期待されており、上記やり取りが本件ウェブページに掲載された趣旨も、そのような期待にY社として応えるためであったと認めることができるところ、本件ウェブページを閲覧する一般の読者においても、上記趣旨は容易に認識することができるものと認められる。」
 「このような事情に加え、本件記述が、A社がF社の株式を大量に取得したという客観的事実を前提にした上、「上記報道された事実」の真偽を確認することなどを内容とする文章に続いていることをも考慮すれば、本件記述1は、一般の読者の普通の注意と読み方によれば、X主張摘示事実そのものではなく、その報道がされているという事実を摘示するものと認めることができる。」
 「本件ウェブページにY社とA社とのやり取りが掲載された趣旨及びその趣旨を本件ウェブページの一般の読者が容易に認識可能であるという事情を考慮すれば、上記一般の読者は、本件記述について、そこに記載されたG誌による報道があるという事実を超えて、当該報道内容が真実であるという印象を抱くとまでは認めることができず、上記報道がされたという本件記述1自体をもって、直ちにXの社会的評価を低下させるものとまで認めることはできない。」

3.本判決のチェックポイント

(1) 名誉毀損の判断枠組み

 伝統的立場によれば、名誉とは、「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価」を指し、これを低下させる行為は、民法709条の「権利侵害」に該当し、不法行為を構成するものと考えられている。
 そして、新聞報道の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについて、判例は、一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである、とする(最二小判昭和31.7.20民集10巻8号1059頁)。テレビ報道についても、同様の立場に立って、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準とし、その番組の全体的な構成、これに登場した者の発言の内容、画面に表示された文字情報の内容を重視し、映像および音声に係る情報の内容ならびに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して判断すべきである、とする(最一小判平成15.10.16民集57巻9号1075頁)。
 インターネットのWebページに記載の記事についても、「一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべき」としたうえ、本件記事については、「それ自体として一般の閲覧者がおよそ信用性を有しないと認識し、評価するようなものではあるとはいえず」として、「社会的評価を低下させることが明らか」とし、名誉毀損として不法行為を構成することを認めた判例がある(最二小判平成24.3.23判タ1369号121頁)。ここでは、テレビ報道のように様々な事情を考慮することなく、新聞報道と同様に、名誉毀損に当たるかどうかを判断したものと思われる。

最二小判平成24.3.23判タ1369号121頁

 本判決も、基本的な立場としては、以上の判断枠組みを踏襲し、「一般の読者の普通の注意と読み方」を基準とするものである。しかし、「摘示事実そのもの」について、Xの社会的評価を低下させるものであるかどうかを判断したわけではない。一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、「その報道がされているという事実を摘示するもの」と解したのである。これが、名誉毀損の成否に関して、どういった意味を有するか問題になる。

(2) 本件の特異性

 本判決は、①Xの社会的評価を低下させる事実そのものではなく、その報道がされているという事実を摘示するものであるという認識のもと、②これを超えて、当該報道内容が真実であるという印象を抱くとまでは認めることができず、したがって、③Xの社会的評価を直ちに低下させるものとはいえないとして、名誉毀損の成立を認めなかった。①に加え、②③と論じたところが本判決の特異なところと見てよいだろう。
 ここで、①は、(1)で述べたところであり、これ自体問題ないとしても、これに続く②が、必ずしも成り立ちうる命題であるかどうかは疑問である。そのため、③の結論も大方の同意を得られないように思われる。
 すなわち、②については、報道内容を引用して自らの見解を表明するものである以上、引用元の報道内容に一定程度の評価を行ったものと考えられ、そうすると、その情報の受け手は、引用者が表明した見解と共に、むしろ引用された報道内容も真実であるという印象を抱くのが通常であるように思われるからである。