見出し画像

マイナンバー(個人番号)の削除を求めた事例

マイナンバー(個人番号)利用差止等請求事件
最一小判令和 5.3.9裁判所Web
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91846

1.裁判の経緯

 Y(国)が「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(いわゆる「マイナンバー法」。以下では、本判決の用語法に倣い、「番号利用法」と略称)に基づき特定個人情報(個人番号をその内容に含む個人情報)の収集、保管、利用または提供をする行為について、X(個人)らのプライバシー権を違法に侵害するものであるとして、プライバシー権に基づき、XらがYに対して、その個人番号の利用、提供等の差止めおよび保存されている個人番号の削除を求めるとともに、慰謝料等の支払を求めたものである。
 第1審・控訴審は、いずれもXらの請求を棄却したため、Xらが上告したところ、上告審も、次の理由をあげて、マイナンバー制度を合憲と判断し、上告を棄却した。

2.判決理由

(1) 憲法13条との関係

 憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される(最一小判平成20.3.6民集62巻3号665頁参照)。

(2) 正当な行政目的の範囲内での利活用の許容

 (番号利用法)は、個人番号等の有する対象者識別機能を活用して、情報の管理及び利用の効率化、情報連携の迅速化を実現することにより、行政運営の効率化、給付と負担の公正性の確保、国民の利便性向上を図ること等を目的とするものであり、正当な行政目的を有するものということができる。
 ・・・個人番号の利用範囲について、社会保障、税、災害対策及びこれらに類する分野の法令又は条例で定められた事務に限定することで、個人番号によって検索及び管理がされることになる個人情報を限定するとともに、特定個人情報について目的外利用が許容される例外事由を一般法よりも厳格に規定している。
 さらに、・・・番号利用法は、特定個人情報の提供を原則として禁止し、制限列挙した例外事由に該当する場合にのみ、その提供を認めるとともに、上記例外事由に該当する場合を除いて他人に対する個人番号の提供の求めや特定個人情報の収集又は保管を禁止するほか、必要な範囲を超えた特定個人情報ファイルの作成を禁止している。
 以上によれば、番号利用法に基づく特定個人情報の利用、提供等は、上記の正当な行政目的の範囲内で行われているということができる。

(3) 具体的な危険の発生可能性と番号利用法の規制

 もっとも、特定個人情報の中には、個人の所得や社会保障の受給歴等の秘匿性の高い情報が多数含まれることになるところ、・・・具体的な法制度や実際に使用されるシステムの内容次第では、これらの情報が芋づる式に外部に流出することや、不当なデータマッチング、すなわち、行政機関等が番号利用法上許される範囲を超えて他の行政機関等から特定の個人に係る複数の特定個人情報の提供を受けるなどしてこれらを突合することにより、特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じ得るものである。
 しかし、番号利用法は、・・・個人番号の利用や特定個人情報の提供について厳格な規制を行うことに加えて、・・・特定個人情報の管理について、特定個人情報の漏えい等を防止し、特定個人情報を安全かつ適正に管理するための種々の規制を行うこととしており、以上の規制の実効性を担保するため、これらに違反する行為のうち悪質なものについて刑罰の対象とし、一般法における同種の罰則規定よりも法定刑を加重するなどするとともに、独立した第三者機関である委員会に種々の権限を付与した上で、特定個人情報の取扱いに関する監視、監督等を行わせることとしている。
 また、番号利用法の下でも、個人情報が共通のデータベース等により一元管理されるものではなく、各行政機関等が個人情報を分散管理している状況に変わりはないところ、・・・各行政機関等の間で情報提供ネットワークシステムによる情報連携が行われる場合には、総務大臣による同法21条2項所定の要件の充足性の確認を経ることとされており、情報の授受等に関する記録が一定期間保存されて、本人はその開示等を求めることができる。のみならず、上記の場合、システム技術上、インターネットから切り離された行政専用の閉域ネットワーク内で、個人番号を推知し得ない機関ごとに異なる情報提供用個人識別符号を用いて特定個人情報の授受がされることとなっており、その通信が暗号化され、提供される特定個人情報自体も暗号化されるものである。以上によれば、上記システムにおいて特定個人情報の漏えいや目的外利用等がされる危険性は極めて低いものということができる。
 さらに、個人番号はそれ自体では意味のない数字であること、情報提供ネットワークシステムにおいても特定の個人を識別するための符号として個人番号が用いられていないこと等から、仮に個人番号が漏えいしたとしても、直ちに各行政機関等が分散管理している個人情報が外部に流出するおそれが生ずるものではないし、・・・個人番号が漏えいして不正に用いられるおそれがあるときは、本人の請求又は職権によりこれを変更するものとされている。
 これらの諸点を総合すると、番号利用法に基づく特定個人情報の利用、提供等に関して法制度上又はシステム技術上の不備があり、そのために特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない。

3.本判決のチェックポイント

(1) マイナンバー制度に対する本判決の立場

 マイナンバー制度は、「マイナンバーを用いた個人識別のよる行政の効率化」と「マイナンバーカードのもつ個人認証機能による行政サービスの利便性向上」の2つの要素からなり、前者は特定個人情報の国による利用・提供等を伴う。
 そのため、これが憲法13条の保障する「個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない自由の侵害」にならないかが問題になり、本判決は、「行政機関等が番号利用法に基づき特定個人情報の利用、提供等をする行為は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表するものということはできない」として、その合憲性を認めるものである。

(2) 先例の判断枠組みの踏襲

 本判決は、住民基本台帳ネットワークシステムにより行政機関が住民の本人確認情報を収集、管理または利用する行為は、当該住民がこれに同意していないとしても、憲法13条の保障する個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない自由を侵害するものではないとする、最一小判平20・3・6民集62・3・665(住基ネット事件)を参照する。
 住基ネット事件最高裁判決は、①「住基ネットによる本人確認情報の管理、利用等は、法令等の根拠に基づき、住民サービスの向上及び行政事務の効率化という正当な行政目的の範囲内で行われているものということができる」ことのほか、②「住基ネットのシステム上の欠陥等により外部から不当にアクセスされるなどして本人確認情報が容易に漏えいする具体的な危険はない」、「受領者による本人確認情報の目的外利用又は本人確認情報に関する秘密の漏えい等は、懲戒処分又は刑罰をもって禁止されている」、③「住基法は、都道府県に本人確認情報の保護に関する審議会を、指定情報処理機関に本人確認情報保護委員会を設置することとして、本人確認情報の適切な取扱いを担保するための制度的措置を講じている」ことなどに照らし、④「住基ネットにシステム技術上又は法制度上の不備があり、そのために本人確認情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない」こと等を合憲性判断の根拠とする。
 ここで指摘された、正当な行政目的の範囲内で行われているものであること(①)、および、具体的危険がないこと(②~④)は、本判決においても、判断根拠として踏襲されている。最高裁のこの種問題に関する一貫した姿勢である。

(3) 「具体的な危険」の評価

 本判決では、2(3)で判示されているところであり、「番号利用法に基づく特定個人情報の利用、提供等に関して法制度上又はシステム技術上の不備があり、そのために特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない」とする。
 マイナンバー制度を巡って、最近、コンビニでの住民票等誤交付、各種サービスにおけるマイナンバーの紐付け誤り(健康保険証、年金記録、障害者手帳)、公金受取口座等の誤登録などが発生しており、個人情報保護委員会によるデジタル庁への立入検査等も報道されている。

*個人情報保護委員会の公式発表資料
https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230705_shiryou-3.pdf

 これらの事案が、個人情報漏洩という「具体的な危険」の顕在化を示す現象であることは論を俟たないものと思うが、発生した問題は着実な改善が施されることで解消されることが期待されるものである。
 問題の発生は、これだけの規模のシステムを動かしている限り避けられないものとも考えられるところであり、「具体的な危険」の顕在化が見られるといって、国による個人番号の利用、提供等の差止めおよび保存されている個人番号の削除等が認められるものではないように思われる。