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家賃債務保証会社の賃貸契約解除条項の使用差止め

最一小判令和4.12.12裁判所Web
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91599
原審:大阪高判令和3.3.5判時2514号17頁
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=90239
原々審:大阪地判令和元.6.21判時2448号99頁
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=88840

1.事案の概要


 適格消費者団体である消費者支援機構関西(以下、「X」)が、家賃債務保証会社であるフォーシーズ(以下、「Y」)が用いる賃料債務の連帯保証契約書で用いられている次の①および②の条項について、消費者契約法10条に定める不当条項に該当するとして、同12条3項に基づき、Yに対して①・②の条項を含む消費者契約の申込みまたはその承諾の意思表示の差止め、その契約書ひな形が印刷された契約書用紙の廃棄を求めた。

①本件契約書13条1項前段
Yは、賃借人が支払を怠った賃料等及び変動費の合計額が賃料3か月分以上に達したときは、無催告にて賃貸人と賃借人との間の賃貸借契約を解除することができるものとする。
②本件契約書18条2項2号
 Yは、賃借人が賃料等の支払を2か月以上怠り、Yが合理的な手段を尽くしても賃借人本人と連絡がとれない状況の下、電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から賃借建物を相当期間利用していないものと認められ、かつ賃借建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存するときは、賃借人が明示的に異議を述べない限り、これをもって賃借建物の明渡しがあったものとみなすことができる。

 原々審判決は、①の条項について、消費者契約法8条1項3号、10条に該当するとはいえないとして、Xの請求を棄却したが、②の条項については、消費者契約法8条1項3号にいう「当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除」する条項に該当するので無効とし、請求を認容した。これに対して、X・Y双方が控訴し、控訴審判決では、①の条項について、原々審と同様の理由で請求を棄却し、②の条項についても、消費者契約法8条1項3号、10条に該当するとはいえないとして請求を棄却した。
 そこで、Xが上告受理申立てをし、①・②の条項ともに消費者契約法10条により無効となるとの申立て理由が審理の対象となり、最高裁の判断が求められた。

2.判決要旨


 本件契約書13条1項前段および18条2項2号について、それぞれ、次のとおり消費者契約法10条前段要件該当性および同後段要件該当性を認め、いずれも消費者契約法10条に規定する条項に当たり、無効とされた。

(1) 本件契約書13条1項前段について

□消費者契約法10条前段要件該当性
 ①賃借人に賃料等の支払の遅滞がある場合、賃貸借契約を解除できるのは、その当事者である賃貸人であって、賃料債務等の連帯保証人ではないこと、②賃料債務等につき連帯保証債務の履行がないときは、賃貸人による賃貸借契約の解除には民法541条本文に定める履行の催告を要し、無催告で解除するには同法542条1項5号の事由等に該当することを要すること、③賃料債務につき連帯保証債務の履行があるときは、賃貸人は、上記遅滞を理由に賃貸借契約を解除することはできず、賃借人に賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為があるなどの特段の事情があるときに限り、無催告で賃貸借契約を解除することができるにとどまると解されること等から、本件契約書13条1項前段は、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限し、またはその義務を加重するものであり、消費者契約法10条前段要件を充足する。

□消費者契約法10条後段要件該当性
 ①賃貸借契約の解除は、賃借人の生活の基盤を失わせるという重大な事態を招来し得るものであるから、契約関係の解消に先立ち、賃借人に賃料債務等の履行について最終的な考慮の機会を与えるため、その催告を行う必要性が大きいこと、②本件契約書13条1項前段は、所定の賃料等の支払の遅滞が生じた場合、賃貸借契約の当事者でもないYがその一存で何らの限定なく、無催告で解除権行使をできるとするものであるから、賃借人が重大な不利益を被るおそれがあること等から、消費者契約の条項が、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、消費者契約法10条後段要件を充足する。

(2) 本件契約書18条2項2号について

□消費者契約法10条前段要件該当性
 Yが、賃貸借契約が終了していない場合において、本件契約書18条2項2号に基づいて本件建物の明渡しがあったものとみなしたときは、賃借人は、本件建物に対する使用収益権が消滅していないのに、賃貸借契約の当事者でもないYの一存で、その使用収益権が制限されることとなることになり、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限し、またはその義務を加重するものであり、消費者契約法10条前段要件を充足する。

□消費者契約法10条後段要件該当性
 (本件契約書18条2項2号に基づいて本件建物の明渡しがあったものとみなしたとき)には、①賃借人は、本件建物に対する使用収益権が一方的に制限されることになる上、本件建物の明渡義務を負っていないにもかかわらず、賃貸人が賃借人に対して本件建物の明渡請求権を有し、これが法律に定める手続によることなく実現されたのと同様の状態に置かれるのであって、著しく不当であること、②本件契約書18条2項2号のうち、本件建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存することという要件は、その内容が一義的に明らかでないため、賃借人は、いかなる場合に本件契約書18条2項2号の適用があるかを的確に把握することができず、不利益を被るおそれがあること、③本件契約書18条2項2号は、賃借人が明示的に異議を述べた場合には、Yが本件建物の明渡しがあったとみなすことができないものとしているが、賃借人が異議を述べる機会が確保されているわけではないから、賃借人の不利益を回避する手段として十分でないこと等から、消費者契約の条項が、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、消費者契約法10条後段要件を充足する。

3.本判決のチェックポイント

(1) 消費者契約法による契約条項の差止め

 消費者契約法12条3項は、適格消費者団体は、事業者等が、消費者契約を締結するに際し、不特定かつ多数の消費者との間で、同法8条から10条までに規定する消費者契約の条項を含む消費者契約の申込みまたはその承諾の意思表示を現に行いまたは行うおそれがあるときは、その事業者等に対し、当該行為の停止もしくは予防または当該行為に供した物の廃棄もしくは除去その他の当該行為の停止もしくは予防に必要な措置をとることを請求することができる、とする。本件のXもこれに基づき、Yに対して訴えを提起したものである。
 消費者契約法8条から10条は、「不当条項規制」として同法の主要な柱の1つを形成する。8条は事業者の損害賠償の責任を免除する条項等、8条の2は消費者の解除権を放棄させる条項等、8条の3は事業者に対し後見開始の審判等による解除権を付与する条項、9条は費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等を無効とする「個別条項規制」が定められているほか、包括的に消費者の利益を一方的に害する条項を無効とする10条が「一般条項」として定められている。
 本判決は、本件契約書13条1項前段および同18条2項2号について、消費者契約法10条により無効と判断されたものであるが、この判断に当たって、法令中の公の秩序に関しない規定(任意規定)の適用による場合に比して消費者の権利を制限しまたは消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって(前段要件)、民法1条2項に規定する基本原則(信義則)に反して消費者の利益を一方的に害するものであるとき(後段要件)という、両要件を充足するかどうかが問題にされ、これを肯定する判断を示したことに本判決の先例としての価値を認めることができる。
 なお、前段要件の任意規定には、明文の規定のみならず一般的な法理等も含まれるものとされ(最判平成23.7.15民集65巻5号226頁)、後段要件については、消費者契約法の趣旨、目的に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質および量ならびに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するか否かを判断すべきものとされており(前掲最判平成23.7.15)、本判決もこの判例を踏まえたものである。

参照:「逐条解説 | 消費者庁」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations/

(2) 本件契約書13条1項前段の不当条項該当性

 本件契約書13条1項前段は、①賃貸借契約の無催告解除条項であること、②賃貸借契約の当事者ではない連帯保証人Yによる賃貸借契約の解除権を認めるものであることの2点が問題になる。
 原審は、①について、民法542条1項で定める事由以外の場合にも無催告解除を認めるため、消費者契約法10条前段要件に該当するとしたが、これによる賃借人の不利益の程度はさほどでもないので後段要件に該当せず、消費者契約法10条に該当しないとした。②についても、前段要件該当性は肯定したが、Yに解除権を付与する条項は相応の合理性があり、Yの解除権行使による賃借人の不利益は必ずしも大きくないとして、後段要件該当性を否定し、消費者契約法10条に該当しないとした。
 無催告解除条項について、催告をしなくても不合理とは認められない事情がある場合には、賃貸人が、催告なしで解除権を行使することができる旨を定めた約定として有効とするのが判例であり(最判昭和43.11.21民集22巻12号2741頁など)、原審もこれに則り、賃貸借契約を無催告で解除したとしても、賃借人の不利益はさほどでもないと考えたのであろう。これに対し、本判決は、賃貸借契約の当事者ではない連帯保証人Yによる無催告解除であることを重視して、昭和43年の最高裁判例と同様に考えることはできず、賃借人に重大な不利益を与えることになるとするものである。
 学説は、無催告解除条項は契約自由の原則により有効とするも、消費者契約法10条の適用の可能性が指摘されていたが(潮見佳男『基本講義債権各論Ⅰ第3版』55頁など)、本判決が問題にしたのは、賃貸借契約の当事者以外による解除権の行使であり、民法の明文規定や判例の考え方との乖離が著しく、これが不当条項と判断する根拠になったものと思われる。

(3) 本件契約書18条2項2号の不当条項該当性

 本号は賃貸物件のみなし明渡し条項である。
 原審は、これが適用されるのは、賃借人が賃借物件について占有意思を放棄して占有権が消滅している場合であり、そのような場合においては本号により、賃借人は自ら現実の明渡しをする債務や賃料等のさらなる支払義務を免れるという利益を受けることができ、賃貸物件を明け渡したものとみなされる賃借人の不利益は限定的なものに止まるので、これは信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものではないとするものである。加えて、賃借人の占有権が消滅しているので、賃借人の動産類を搬出・処分しても違法にならない上、賃借人は自ら現実の明渡し等をする債務を免れることができるので、かえって賃借人の利益になると考えられたようである。
 これに対し本判決は、2(2)の判旨に説くとおり、本件契約書18条2項2号が賃貸借契約を解除することなく契約関係の終了を認め、そして、賃貸物件の明渡しがあったとみなすものであったことを問題にする。賃貸物件の明渡し等は、賃貸借契約の解除に伴う原状回復義務(民法545条1項)の履行として行われるものであり、契約解除なしに原状回復だけが求められることは、一般的にはあり得ないところだろう。そしてこれにより賃借人の居住が奪われる結果を伴い、賃借人に重大な不利益を課すことを鑑みればなおさらであろう。

(4) 本判決が残したもの

 消費者契約法10条は、当事者間の合意に基づく契約条項であっても、民商法の明文規定や判例法理等に照らして合理性のないものについて、事後的にその効力を制限しようとするものである。本判決において、最高裁は、この趣旨に基づき法適用を行ったものと評価してよいだろう。
 これに対して、Yは、本件契約書18条2項2号を削除し、また、本件契約書13条1項前段については、「賃借人に賃料等の支払能力がないことが明らかとなり、原賃貸借契約及び本契約における賃貸人・Yと賃借人との間の信頼関係が破壊された場合」という文言を加え、その適用に先立ち内容証明郵便による2週間の期間を付した催告を行うこととして、本判決が指摘するような問題点は解消されたという認識を示している。
 しかし、賃貸借契約の解除において、賃貸人・賃借人という契約当事者ではなく、第三者に過ぎないYが主導的な役割を担うという契約構造は従来と変わるものではない。Yら家賃債務保証事業者のビジネスモデルにおいて、この点は譲ることのできないものであったのだろう。
 少なくともYにおいては、本判決で無効とされたものと同一の文言の契約条項は使用できないものとなったことは明らかであり、Yとしては、この点に関し必要最低限の対応を行ったということであろう。同業他社においても、同様の対応が求められることになるのは言うまでもない。
 本判決によって、さしあたりの問題解決が図られるものと思われるが、さらに家賃債務保証契約における賃料債務の連帯保証人と賃貸人・賃借人の関係について、例えば、居住用建物の賃貸借契約については、容易に債務不履行解除が認められるものではなく、債務不履行の態様による信頼関係破壊の法理が判例により形成されていること等も十分に考慮して、改めて検討する必要性もあるのではないかと思われる。