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遺言執行者の権限-相続させる遺言・包括遺贈の遺言に関して

最二小判令和5.5.19民集77巻4号1007頁

1.事件のあらまし


 Aは、平成21年7月、①Aの一切の財産を、子Cに2分の1の割合で相続させるとともに、②Cの子Dに3分の1の割合で遺贈、③Aの孫Eに6分の1の割合で遺贈するとの公正証書遺言(以下、「本件遺言」という。)をした。Aの相続財産は、夫Bから子Zと共に各2分の1の割合で共同相続した本件土地である。
 Aは、平成23年2月に死亡し、その相続人は、子のZ・Cであった。Eは、Aの死亡後、本件遺言に係る遺贈を放棄した。Xは、平成23年4月、東京家庭裁判所から遺言執行者に選任された。
 Zは、平成23年1月、Bの相続に関してAとZとの間でZが本件土地を取得すること等を内容とする遺産分割協議書をAの意思に基づかずに作成し、これを利用して、本件土地につき、平成20年6月相続を原因とするZに対する所有権移転登記をした。そのうえで、平成23年6月、ZはYとの間で、本件土地を売り渡す旨の契約を締結し、これを原因とするYへの所有権移転登記が行われた。
 以上の経緯のもと、Xは、Aの遺言執行者として、本件土地につきAの遺言内容に反する登記がされているなどと主張して、Yへの所有権移転登記の抹消登記手続等を求めたのが、本件訴訟である。ここでは、Xに本件遺言の遺言執行者としての職務権限があり、これに基づき原告適格を有するが争われた。
 第一審(東京地判令和1.6.25)では、Xの請求は棄却されたが、原審(東京高判令和3.10.21)は、Xは、本件登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格を有するとした上で、本件土地の持分2分の1は、Aの相続財産であり、本件売買契約に係る上記持分2分の1の処分行為は、改正前民法1013条により無効であるとして、本件登記のうち本件相続持分に関する部分の一部抹消(更正)登記手続を求める限度において、Xの抹消登記手続請求を認容し、その余を棄却した。

*改正前民法1013条 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
 平成30年改正により、本条に次の第2項・第3項が追加された。
② 前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
③ 前2項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。

 Yが上告受理申立てをし、上告審である本判決は、本件遺言②に関する部分の訴えについてXは原告適格を有するとし(原判決を破棄・自判)、その余は棄却した。

2.本判決の理由

(1) 遺言執行者の権限(総論)

 「遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し、遺言の執行に必要な場合には、遺言の内容に反する不動産登記の抹消登記手続を求める訴えを提起することができる(最二小判昭和51.7.19民集30巻7号706頁、最一小判平成11.12.16民集53巻9号1989頁参照)。」
 「本件においては、改正法の施行日前に開始したAの相続に関し、本件遺言の遺言執行者であるXが本件登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格を有するか否かが問題となるところ、本件遺言は、Aの一切の財産をCに2分の1の割合で相続させるとの部分、上記財産をDに3分の1の割合で遺贈するとの部分及び上記財産をEに6分の1の割合で遺贈するとの部分から成っている。そして、このような本件遺言の内容等に照らすと、その趣旨は、Aの相続財産の3分の1をDに、6分の1をEにそれぞれ包括遺贈し、共同相続人であるCの相続分をその余の相続財産(相続財産の2分の1)と指定するものであると解される。そこで、上記各部分について、順次、Xが本件登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格を有することの根拠となるものであるかを検討する。」

(2) Cに対する遺言(本件遺言①)

 「共同相続人は、相続開始の時から各自の相続分の割合で相続財産を共有し(民法896条、898条1項、899条)、相続財産に属する個々の財産の帰属は、遺産分割により確定されることになる。被相続人は、遺言で共同相続人の相続分を指定することができるが(同法902条1項)、相続分の指定がされたとしても、共同相続人が相続開始の時から各自の相続分の割合で相続財産を共有し、遺産分割により相続財産に属する個々の財産の帰属が確定されることになるという点に何ら変わりはない。また、相続分の指定を受けた共同相続人は、相続財産である不動産について、不動産登記法63条2項に基づき、単独で指定相続分に応じた持分の移転登記手続をすることができるし、改正法の施行日前に開始した相続については、上記共同相続人は、その指定相続分に応じた不動産持分の取得を登記なくして第三者に対抗することができるから(最二小判平成5.7.19裁判集民事169号243頁参照)、遺言執行者をして速やかに上記共同相続人に上記不動産持分の移転登記を取得させる必要があるともいえない。」
 「以上によれば、改正法の施行日前に開始した相続に係る相続財産である不動産につき、遺言により相続分の指定を受けた共同相続人に対してその指定相続分に応じた持分の移転登記を取得させることは、遺言の執行に必要な行為とはいえず、遺言執行者の職務権限に属しないものと解される。したがって、共同相続人の相続分を指定する旨の遺言がされた場合に、上記不動産につき上記遺言の内容に反する所有権移転登記がされたとしても、上記登記の抹消登記手続を求めることは遺言執行者の職務権限に属するものではないというべきである。そうすると、遺言執行者は、上記遺言を根拠として、上記不動産についてされた所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格を有するものではないと解するのが相当である。」

(3) Dに対する遺言(本件遺言②)

 「不動産又はその持分を遺贈する旨の遺言がされた場合において、上記不動産につき、上記の遺贈が効力を生じてからその執行がされるまでの間に受遺者以外の者に対する所有権移転登記がされたときは、遺言執行者は、上記登記の抹消登記手続又は上記持分に関する部分の一部抹消(更正)登記手続を求める訴えの原告適格を有すると解される(前掲最二小判昭和51.7.19参照)。相続財産の全部又は一部を包括遺贈する旨の遺言がされた場合についても、これと同様に解することができる(最二小判昭和51.7.19裁判集民事118号315頁参照)。そして、以上のことは、審理の結果、遺言執行者が抹消登記手続を求める不動産が相続財産ではないと判断された場合であっても、異なるものではないというべきである。」
 「そうすると、相続財産の全部又は一部を包括遺贈する旨の遺言がされた場合において、遺言執行者は、上記の包括遺贈が効力を生じてからその執行がされるまでの間に包括受遺者以外の者に対する所有権移転登記がされた不動産について、上記登記のうち上記不動産が相続財産であるとすれば包括受遺者が受けるべき持分に関する部分の抹消登記手続又は一部抹消(更正)登記手続を求める訴えの原告適格を有すると解するのが相当である。」

(4) Eに対する遺言(本件遺言③)

 「Aの相続財産の6分の1をEに包括遺贈する旨の遺言であるが、上記の包括遺贈は、Eの放棄によってその効力を失ったものと解される。したがって、上記包括遺贈について遺言執行の余地はなく、Xは、本件遺言部分3それ自体を根拠として、本件登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格を有するものではない。」
 「もっとも、Eが受けるべきであった本件土地の持分の全部又は一部が包括受遺者であるDに帰属すると解されるのであれば、Dへの当該持分の帰属については、直ちに遺言執行の余地がないとはいえない。」
 「そこで、この点について検討すると、民法995条は、本文において、遺贈が、その効力を生じないとき、又は放棄によってその効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったものは、相続人に帰属すると定め、ただし書において、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従うと定めている。そして、包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(同法990条)ものの、相続人ではない。同法995条本文は、上記の受遺者が受けるべきであったものが相続人と上記受遺者以外の包括受遺者とのいずれに帰属するかが問題となる場面において、これが「相続人」に帰属する旨を定めた規定であり、その文理に照らして、包括受遺者は同条の「相続人」には含まれないと解される。そうすると、複数の包括遺贈のうちの一つがその効力を生ぜず、又は放棄によってその効力を失った場合、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときを除き、その効力を有しない包括遺贈につき包括受遺者が受けるべきであったものは、他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属すると解するのが相当である。」

(5) 結論

 「本件土地のうちAの相続財産に属するのは持分2分の1(本件相続持分)に限られるから、Dが受けるべき本件土地の持分は6分の1となるところ、Aの相続人であるZは、改正法による改正前の民法1013条の規定に違反して、Yらとの間で本件売買契約を締結して上記持分6分の1をYらに譲渡し、本件登記の登記手続をしたものであるから、上記持分6分の1の処分行為は無効であり(最一小判昭和62.4.23民集41巻3号474頁参照)、Xの本件登記の抹消登記手続請求のうち上記持分6分の1に関する部分は理由がある。」

3.本判決のチェックポイント

(1) 遺言執行者の権限-「遺贈」の場合

 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(民法1012条)。また、遺言執行者が選任されている場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(改正前民法1013条、現民法1013条1項)。ただし、遺言執行者の権限は、遺言の内容を実現するためであるので、個々の遺言の解釈によって定まり、遺産に対して一般的・包括的な管理権限が認められるものではない。
 遺言内容が「遺贈」の場合、遺言執行者が選任されておれば、遺言執行者のみが履行義務者となる(民法1012条2項)。平成30年改正で新設された条文であるが、改正前の判例(最二小判昭和43.5.31民集23巻5号1137頁)と同旨であり、改正の前後で実質的な変更はない。
 なお、令和3年の不動産登記法の改正(令和5年4月1日施行)により、相続人に対する遺贈に限り、所有権移転の登記は、登記権利者が単独で申請できることとされたが(不動産登記法63条3項)、遺言執行者を登記義務者とする共同申請が排除されるわけではない(松村秀樹ほか「令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法」304頁参照)。
 包括遺贈の場合も同様である。包括遺贈の受遺者は相続人と同一の権利義務を有するとするが(民法990条)、これは包括遺贈がなされた場合の効果を定めるもので、遺言の効力発生と同時にその内容が実現され、遺言執行の余地がないとまで考えるべきではない(堂園幹一郎ほか「一問一答新しい相続法」114頁参照)。
 判例も、「遺言の執行につき遺言執行者がある場合においては、特定不動産の遺贈を受けた者であると、包括受遺者であるとを問わず、受遺者がその遺言の執行として目的不動産の所有権移転登記手続を求める訴の被告としての適格を有する者は、遺言執行者に限られる」(最二小判昭和51.7.19集民118号315頁)としており、本判決でもこれが引用され、本件遺言②の包括遺贈も同様としたものである。

(2) 「相続させる」旨の遺言のある場合の遺言執行者の権限

 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言(特定財産承継遺言)があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される(最二小判平成3.4.19民集45巻4号477頁)。そのため、特定財産承継遺言により不動産を得た者は、単独でその旨の所有権移転登記手続をすることができ、遺言執行者は、遺言の執行としてその登記手続をする義務を負うものではない(最三小判平成7.1.24判時1523号81頁)。
 しかし、最一小判平成11.12.16民集53巻9号1989頁は、特定財産承継遺言がされたものの、所有権移転登記がされる前に、他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため、遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合は、遺言執行者の職務が顕在化し、「遺言執行の一環として、右の妨害を排除するため、右所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ、さらには、甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできる」とする。この場合、受遺者も、「自ら当該不動産の所有権に基づき同様の登記手続請求をすることができるが、このことは遺言執行者の右職務権限に影響を及ぼすものではない」とする。
 また、特定財産承継遺言がされたときは、法定相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができないので(民法899条の2)、遺言執行者は、対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる(同1014条2項)。
 以上に対して、本判決は、本件遺言①について、遺言による「相続分の指定」(民法902条1項)とする。「相続分の指定」は、「相続させる」趣旨の遺言(特定財産承継遺言)の中でも、「承継される遺産の価額の遺産総額(相続財産全額の価額)に占める割合が受益相続人の法定相続分を超えているときは、……同時に行われたもの」(潮見佳男「詳解相続法[第2版]」229頁)と解されており、本判決は、これに沿うものである。
 そして、この場合、不動産の権利の取得については、登記なくして第三者に対抗することができるとする判例(最二小判平成14.6.10判時1791号59頁)により、遺言執行の余地はなく、遺言執行者の職務も存在しないことになる。ただし、平成30年改正後の民法では、相続による権利の承継が法定相続分を超える部分については、登記等の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができないので(民法899条の2第1項)、相続人が単独で所有権移転登記の申請をすることもできるが(不動産登記法63条2項)、遺言執行者が、対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる(民法1014条2項)。
 本判決は、平成30年改正民法前の相続分の指定に関する事件に関するものであるので、これにより取得した不動産の対抗要件具備行為は、遺言の執行に必要な行為とはいえず、遺言執行者の職務権限に属しないものとしたものと思われる。

(3) 遺贈の失効とその財産の帰属

 遺贈が、その効力を生じないとき、または放棄によってその効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったものは、相続人に帰属する(民法995条)。
 これによれば、本件遺言③は、Aの相続財産の6分の1をEに包括遺贈する旨の遺言であったが、この包括遺贈は、Eの放棄によってその効力を失ったので、相続人に帰属し、遺言執行の余地はなくなる。
 同条の「相続人」には、民法990条により相続人と同一の権利義務を有するとされている、他の包括受遺者も含まれると解すれば、Eが受けるべきであった本件土地の持分がDに帰属し、これについて遺言執行ができる。民法995条の相続人に包括受遺者も含むか否かの問題については、判例はなく、学説上、肯定・否定の両説があったが、本判決では、同条の文理解釈により否定説を採用した。学説の多数説に従ったものと説明されており(鷹野旭「時の判例」ジュリ1593号85頁)、これが判例として確立されたことになる。