擬態語「はらはら」
はらはらと散っていく
花びらの下で
年老いたその人は
一日 座ってる
山口百恵、1979年のアルバム「A FACE IN A VISION」中の曲『マホガニー・モーニング』の出だし。
「はらはら」という擬態語は、昭和時代までは使われていたのでしょうか。
俳句・短歌では今も使われるだろうか。
はらはら <態>
木の葉・花びら・雨・涙のような軽いものが、少しずつ続いて静かに舞い落ちるさま。「ほどろほどろ」ともいう。「はらっ」は、一枚、または、一粒のものが散ったり、落ちたりするさま。強めて、「はらはらっ」という。
また、ことの成行きが心配になって気を揉むさま。
夏落葉はらはら特攻観世音 服部 恵一
崖高し山雀ははらはら散り 高田 律子
港見え秋陽はらはらベットへ届く 安井 信朗
はらはらと飛んでとまって秋の蝶 川崎 展宏
太極拳はらはらと楠落葉して 宮本あかり
出番待つ踊り子はらはらと枯葉 横山 宗
霧の中儒教を嫌うはらはらと 山岡千枝子
まんじゅさげはらはらと砂礫 長谷川嘉一
三昧堂はらはらはらはらと木の葉 坂本童声子
春の雪ほどろほどろに散り敷けり 村上 恭子
雀が、木から地面へ飛び降りる様をみると、
「はらはら」という音が聞こえてくる。「ほどろほどろ」とは聞こえない。
坂本龍一「12」を聴きながら「はらはら」を思う。
音も「はらはら」とこぼれ落ちる。