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【有栖川櫻子SS-4】 バレンタイン前夜

「櫻子はマメだね」

口にチョコレートを放り込み、わたくしの長兄の紫苑お兄様は言葉を発した。

「わざわざ学校の人にそんなにチョコレートを準備するなんて」

そう言い、小さなチョコレートの箱の山へ視線を向ける。

「ふふ、日頃の感謝を伝える良い機会ですもの」

わたくしは用意させた箱を1つ1つ紙袋へ入れていく。
明日はバレンタインデー。
日本においては異性へチョコレートを渡し、思いを伝える日。
しかし、近年ではその在り方にも変化が生まれ、同性でなくても、渡す相手への想いの有無も問わずに渡されるようになっている。

「でもそんなにあっても全部義理チョコだなんて、有栖川の姫君は何とも罪深いね」

紫苑お兄様の隣から従兄弟の桃李さんが会話に加わる。

「また桃李さんはそんな言い方をして……そんな風な物言いばかりしては婚約者様に愛想をつかれますわよ?」

そうわたくしが苦言を呈しても桃李さんは変わらず笑みを浮かべている。

「こういう言い方は性分なものでね、今更変えられるものじゃないよ」
「桃李、性格はいいけど見た目と喋り方で損してるよね」
「君は外面は良いけど中身が性悪なとこがあるからね、改めた方が良いよ」

軽口を叩き合う2人に思わず笑いが零れる。

「ほら、そんな事言ってるから櫻子に笑われちゃったじゃないか」
「それはそれは、申し訳ないことをしたね」
「お兄様達ったら、まぁでもあちらでも変わりないことが分かって安心しましたわ」

わたくしは箱を詰め終えた紙袋を近くのメイドに渡し、お兄様達の向かいの席に座る。

すぐさま別のメイドがわたくしの前に紅茶を差し出す。
ティーカップを持ち上げ芳醇な香りを堪能し、口にする。

「やはり、フォートナム&メイソンのお茶は美味しいですわね お兄様達の留学先がイギリスで良かったですわ」

悪戯っぽく言うとお兄様は「それは何より」と笑みを返す。

「にしても、わざわざバレンタインの為に帰ってくるなんて、わたくしよりも桃李さんの方がマメですわよね」
「そうかな?」

なんて事のないように言う桃李さんにお兄様は「そうだよ」と言う。

「メッセージカードも花束も郵送すれば良いものを、わざわざ直接渡しに帰国するんだもんね」
「特に渡す相手もいないのに一緒に帰国してくる君のような物好きに言われたくないな」
「そうですわよ お兄様あちらで良い方はいらっしゃいませんの?」

桃李さんの言葉に便乗してわたくしも口を挟む。
お兄様はその反応を想定していたのか、特に動じた様子もない。

「そういう櫻子はどうなんだい?」

お兄様がそう問い返してくる。
しかし逆に問われることも想定済みである。

「わたくしは、良い方と巡り会えたらいずれは
それよりも今のわたくしには他にすべき事がありますもの」

わたくしは毅然とした態度で答えた。

「ああ、お祖母様との話だね」
「きっとそんな半端な事と否定する人も多いかもしれないけれど、俺は応援してるよ」

そう、お兄様は柔和に笑う。
お兄様の事だからそう簡単に手は貸して下さらないこと分かっているけれども、それでも味方でいると意思表明をしてくださることに嬉しさを感じる。

桃李さんはその隣で我関せず、という顔で足を組んで背もたれに身を任せている。
特に手は貸してくださらないだろうけれども、わたくしの願いを否定することもないでしょう。

「その為にも、周囲との関係を深める事の出来る機会は重要ですもの!」

「だから今は1人に捧げる熱い愛でなく、広く皆へ届く愛を届けるべきだと、そう思うのですわ」

“有栖川櫻子”の価値を証明するために。
些細な一歩を積み重ねていく。

わたくしの言葉に2人は柔らかく微笑んだ。

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