【間宮ひまりSS-10】 新月
放課後の訪れを告げるチャイムの音が鳴る。
ある者は教室で駄弁り、ある者はそそくさと帰宅の準備をし、ある者は既に部活へと向かっている。
蓮はそれらを横目に見ながら鞄を持ち立ち上がろうとする。
その時、たたたと急いで走ってくるような音が聞こえた。
「セーフ!!まだ蓮帰ってない!良かったー!!」
慌ただしく教室へ走って来たのは間宮ひまり。
勢い良く走ってきたにも関わらず、汗ひとつかいていない彼女はそのまま真っ直ぐ蓮の机の方へと向かった。
「間宮、授業終わってから急いで来たの?」
「そ!渡したいものがあったんだー!」
ひまりはそう言い、手に持った紙袋を蓮へと差し出す。
ひまりの手にはDiorの紙袋が揺れていた。
「はいこれ!前助けてくれたお礼!」
「何、これ?」
「Diorのリップ!この色味絶対蓮に似合うと思ってさ!蓮ブルベ冬だしね!」
「私が言いたいのは何で急にコスメなんて贈ってくんのって話なんだけど」
蓮がそう言うとひまりはこてんと首を傾げる。
「なんでって、前助けて貰ったお礼じゃん?」
ひまりは以前の迷惑客騒動の話を指す。
蓮は小さく溜息をついた。
「あれは別のお願いしたじゃない、気にしなくていいのに」
「それはそれ、これはこれ!アタシがプレゼントしたいだけだからいーの!」
だから遠慮なく貰って!とひまりは真っ直ぐに紙袋を突き出す。
あまりの強情さに蓮はふっ、と笑って「ありがと」とその紙袋を受け取った。
紙袋から中身を出してリップを取り出す。
蓮は流れるような動作でキャップを取り、唇に紅を引いた。
「どう?」
「最高!やっぱ似合うと思ったんだよねー!」
ひまりは蓮の顔を見て嬉しそうに手を叩く。
暗く、紅い色の口紅は蓮の顔によく映えていた。
「間宮、なかなかセンスいいじゃん」
そう言われ、ひまりはふふんと胸を張る。
「そういやさ〜」
「蓮はさ、人の事苗字呼びだよね!」
藪から棒に言われ、蓮は「そうだけど」とだけ言葉を返す。
「1回さ、アタシのこと下の名前で呼んでみて!」
「なに急に」
「いいからいいから!」
ひまりは期待するような目で蓮を見る。
「……ひまり」
「うんうん!しっくり来る!ね、アタシのことも下の名前で呼んでよ!」
蓮はひまり、と下で転がすように名をもう一度呼ぶ。
「いいよ、そう呼んであげる」
微笑む蓮にひまりはやった!と声を上げる。
「間宮呼び、嫌じゃないけどちょっとむずむずするんだよね!あんがと!」
「別にお礼言われるようなことじゃないし」
「そんなことないって!だって蓮、あんまこーいうのしなさそうじゃん?」
そう話をする中、ひまりがあっ!?と声を急に上げる。
「急にどうしたの?」
「バイトの時間やばいかも!アタシ行くね!また明日!」
そう言って台風のようにひまりは去っていく。
1人残された蓮は音を確かめるかのように「ひまり」と誰にも聞こえない声で言葉を落とした。
───────
「わー!急げー!」
ひまりはぱたぱたと廊下を走る。
「おっ、ひまりちゃんじゃーん!」
自らの名を呼ぶ声を聞き、その足をぴたりと止める。
振り返るとそこには平田が立っていた。
「やっほ!平田パイセン!」
「俺さ!ひまりちゃんに聞きたいことあったんだよね!」
「えーアタシこれからバイトなんだけどー!」
「つれないな〜!んで、聞きたいことなんだけどさ!」
「話聞かなすぎじゃん!笑 なになに?ちょっとだけなら答えたげてもいーよ」
「サンキュ!月海ちゃん、ほら前に話してたひまりちゃんに激似の子のこと!」
「知らないって言ってんじゃん〜!そんだけ聞くなんてパイセンその子に惚れてんの?」
ひまりはわざとらしく頬を膨らませている。
そのまま去ろうとするひまりを引き止めて平田は話を続ける。
「だってめちゃくちゃ美人なんだって!」
「でもさ、今日聞きたいのはそういうことじゃなくて、ちょっと気になることあるんだよね」
平田はそう言い、ヘラヘラした表情を少し引き締めてひまりを見る。
「月海ちゃんってさ、ひまりちゃん?」
ひまりは一瞬何を言われたか分からないような表情でぴたりと止まる。
言葉の意味を咀嚼したのか、途端にひまりは大笑いした。
「ふふ、あはは!何言い出すかと思ったら!平田パイセンおっかしーの!アタシ最初に聞かれた時知らないって言ったじゃん!あはは!!」
ひまりは腹を抱えて大笑いする。
「待って待って!今回のは最初の勘とは違うんだよね!」
「ぷぷっ、いいよ、ふふ、聞いたげる」
笑いの止まらない様子で答えるひまりに平田は記憶を辿るように話し始める。
「前さ、ガールズバーに行ったんだ、月海ちゃんの働いてるとこ」
「へ〜パイセンそういう店行くんだーおっとなー!」
「だろ〜!?んでもさ、月海ちゃんに見つかって店出されちゃったんだよねー、学生でしょ?って言われちゃった!」
「マジで?ウケるー!でもそれがなんか関係あるの?」
「それが関係大アリなんだよな」
そう言うと平田はひまりをじっと見つめる。
「月海ちゃんはさ、前に会った時に制服だったから俺が学生だと思ったんだって」
「でもそれはおかしくて、俺月海ちゃんと会ったの2回なんだけど、どっちも休みの日だったから私服だったんだよね」
「俺の知り合いじゃなきゃ、知らないはずのことを知ってるのはおかしくね?って」
「そんで俺の知り合いで月海ちゃんに似てる人が隠れて働いてんじゃね?って思って」
ひまりは何も言わず平田の話を静かに聞く。
話が一区切りついたのを感じて、ひまりは手を顎に当てた。
「ふーん、パイセン、名探偵みたいじゃん!えのもっちのライバルにでもなっちゃう!?」
「へへ〜!もしかして黄昏の名探偵名乗れる!?」
平田のノリに笑っていたひまりはふっと表情を消した。
「そんでさ、どうしたいの?」
ひまりは平田の顔を下から覗き込むように見る。
「アタシがその月海ちゃんだったら、どうするの?」
そう問われ、平田はわざとらしくうーんと悩む様子を見せる。
「お金困ってんなら、俺デートでいっぱい奢っちゃう!そーいう仕事しなくていいようにさ!」
だからどう!?とすかさずデートの誘いをする平田。
ひまりはその言葉にふっ、と笑った。
「残念!アタシは“月海”じゃないし、お金に困ってないから大丈夫でーす」
「でもさ、なんか関係はあるっしょ!?」
「もーしつこいな〜!」
「教えてくれるまで粘着するよ〜!?」
ひまりは溜息をつく。
「あんまり言いたくなかったんだけどなー!誰にも言わない?」
「言わない言わない!俺口堅いよ!」
「信じるよー?月海はね、アタシのお姉ちゃん。前にペンダントの子?って聞いたでしょ?あの人」
ひまりはそう言うと鞄を肩に掛け直してくるりと背を向ける。
「満足した?もう言ったからこれ以上追求すんのはなしだかんね!アタシもそろそろぷちっと来ちゃうからね!?」
そう言い残すとひまりは「やば、バイト間に合うかな!?」と言い駆けて行った。
「ごめんねー!ありがとー!!」
平田は駆けていくひまりの背に声を投げる。
そのままその場を離れようとした時、スマホの着信音が鳴った。
電話の主は件の海の家バイトを回してくれた先輩。
平田は画面をスワイプし、電話を取る。
「先輩お疲れ様っす!」
「お疲れ〜!あの話なんだけど、バイトどう?」
「順調に集まってますよ!」
平田の答えに先輩は上機嫌な様子だ。
ふと、先程まで話していた月海のことが思い浮かぶ。
ひまりの話になるほどとは思ったが、まだどこか引っかかる所がある。
歓楽街をよく知っている先輩なら、もしかしたら何か知ってるのではないか?
そんな考えが脳裏に過ぎる。
「先輩、ちょっと聞きたいんっすけど〜月海ってガルバ店員のこと知ってます?」
「あぁ、知ってる知ってる!最近めちゃくちゃ人気だよな〜キャバとか他の色んな店からも引き抜きの話があるらしいぜ?」
界隈では有名なのか、いかに上玉であるかが語られる。
「そういやさ、月海のことでおもしれーウワサがあんだよ」
毛色の違う先輩の語り口調に平田は聞き入る。
「店に行ったらいんのに何言ってんだって話なんだけどよ、」
「『実は月海はもう死んでる』ってな」
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