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【瑞木瑠衣SS-3】 How to date

待ち合わせの時間は午前10時
朝日が上り始めた時間、オレは待ち合わせ場所に立っていた。

───先日の話。
オレは成り行きで白石と2人で映画に行くことになった。
その当初はダチと2人で出かけることに対する不安を持っていた。
オレは自分でも浮いてるんじゃないかって自覚があるし、人付き合いはあんま上手い方じゃねぇから。
帰って風呂に入って考えて……ふと、気付いてしまった。

これっていわゆるデートなんじゃねぇか?

有り得ないくらいのプレッシャーがオレを襲う。
白石は普段性別を感じさせない振る舞いをしてるから頭から抜けてしまっていたが、生物学的性別は女性だ。
そして一般的にデートとは男女が時間や場所を打ち合わせて会うこと、とされている。

……やっぱりデートじゃねぇか?

デートであるということを意識してしまったが最後、妙に緊張してしまう。
きっと、白石はそういうことを考えてオレを誘ったワケではないだろう。
短い付き合いではあるが、そんな気がする。
だからそういう風に意識すんのは白石にとって迷惑なんじゃねぇか?って思う所もある。

……でもそれはそれとして、心落ち着かないのは仕方ないだろう。
元々ダチと2人で出掛けることもハードルが高い行為だったが、デートとなるとそのハードルが更に上がる。
そもそもデートというのは何をするものなのだろうか。服装も振る舞いも行く場所も作法も何もかも分からない。

分からないことは勉強するしかない。
幸い、オレは覚えんのは得意だ。
この大嫌いな力を利用するに越したことはない。

オレは、完璧にデートを遂行してみせる。

───そう、意気込みオレはあらゆる本を漁り、完璧なデートというものをリサーチした。
何故日の出と共に待ち合わせ場所にいるのか、その答えがここに繋がる。

『デートで遅刻は絶対NG!早めに来て相手を待たせないようにしよう! -絶対に失敗しないデート大全 P.17-』

脳裏の該当ページに書かれていた言葉。
オレにとっては難易度が高すぎることだった。
朝はどうしても起きられないし、アラームの音だって聞こえねぇ。
寝付きも悪いし寝覚めも悪い。でもデートに遅刻は厳禁だそう。

ならどうすればいいか、寝なければいいのだ。
起きられないのなら寝なければいい。単純明快だ。
オレは寝覚めは悪いが起きておくことは得意だ。別に誇れることでも何でもないけど。
シルバーの腕時計に目をやり、時間を確認する。

「絵、描くか」

背負っていたリュックを下ろし、スケッチブックを取り出す。
ヘッドホンを耳に当て、オレは鉛筆を走らせ始めた。

​───────

午前9時50分。
駅から白石が歩いて来るのが見える。

「やあ、お待たせ!待ったかな?」

白石は軽く手を上げ、オレの近くへ駆け寄ってきた。

「いや、オレもさっき来たとこ」

オレも手を上げて返し、さらりと嘘をつく。
明け方から待ってる奴なんてキモイもんな、オレもそれくらいは分かる。
嘘と気付いているかどうか分からないが、白石は変わらず笑顔で話す。

「そうかい?にしても瑠衣君を午前中に見かけるのは中々にレアだね」
「いーだろ別にオレが早起きしてても」

少しむくれるオレにあはは、と彼女は笑った。

「そういや、今日の格好……」

オレはそう言い、白石をじっと見る。

普段制服姿しか見ていないからどんな格好で来ても新鮮なのには変わりないが、今日の格好はいつものイメージと異なり女性的、といった風貌だった。
クラウドブルーのサス付きスカートがひらりと舞い、思わず目を奪われる。
全体的にくすみカラーで纏まっており、白石の鮮やかなエメラルドグリーンの髪の毛が際立って映えている。

「すげー綺麗だな」

そう思ったままの言葉を口にする。
白石は一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐに笑顔を見せて口を開く。

「ふふ、ありがとう!そう言って貰えると嬉しいよ。
でも、あまり人にそういうのを言い過ぎると勘違いされてしまうよ?」

「オレなんか変なこと言った!?」

何か失敗してしまったのだろうか、冷や汗が出てくる。

「別に悪いことではないさ、さぁ映画の時間も迫ってるしそろそろ行こうか!」

白石はそう言って映画館の方向を指さす。
気を害したワケではないようだ。
オレは内心ホッとしながら「おう」と返事をして歩きだした。

​───────

『お相手はデート中の些細な行動もしっかりみているので、気を緩めずエスコートをすることが大切です。 -初めてのデートで大切なこと P.27-』

エスコートとは、様々な瞬間に行う相手への気遣いのことを指すそうだ。
この本も、要約すると気遣いの出来る男はモテると書いていた。
別にモテたいというか相手の気を害したくないだけなんだが、その為にやるべきことは変わらないだろう。

それはそうなのだが───

隣を歩く白石を見る。
先程「おや、危ないよ」とさり気なくオレを歩道側に歩かせ、自分は車道側を歩きはじめていってしまった。
あまりにも違和感を感じさせない手腕で歩道側に追いやられたものだから、ただオレは「お、おう」としか言うことが出来なかった。
今更オレが車道側を歩くと言っても遅いだろう。
白石はあまりにもエスコート慣れしすぎていて、オレは初っ端から無力感に打ちひしがれていた。

「──それで今日見る映画はね……あれ、大丈夫かい?少し顔色が悪いようだけれど」
「大丈夫大丈夫、気にすんなって!オレ普段から外出ねぇからそれで元々顔色悪い感じなんだよ」

今も白石の気遣い力を浴びている。
オレは申し訳なさを感じながら、どうもしていないと笑い飛ばした。

「そう?もし気分が悪くなったら早めに言うようにね?」

「おう、サンキュ。白石もしんどかったら休憩すっから無理すんなよ」

「ふふ、ありがとう」

眩しいくらいの笑顔を見せる白石にオレも目を細めて笑い返した。

「そういや、話遮っちまったな」

「いいや、気にしないで。それで、今日見る映画なんだけど、アクションものらしいね 前評判では重厚なストーリーも人気だとか。
映画での派手なアクションを見たら演技に活かせるんじゃないかって思っててね、ずっと気になってたんだ」

そう言いながら手を振ってアクションのポーズを取る。

「おいおい、歩きながらやってたら危ねぇぞ?」

「ふふ、そうだね。楽しみすぎて気がはやってしまってね!」

イタズラっぽく笑う白石に思わずオレもくくっと笑みが零れる。

「どんなことも劇に繋げるとか、ホント白石は劇に真剣だよな
今度アクションものの劇でもすんのか?」

「ああ、そうなんだ!ちょうど先日台本が配られたばかりでね」

「すげーな、白石は。また見に行くな
アクションならオレも身体動かすのは得意だし、なんか手伝えることあれば言えよ?」

「ふふ、ありがとう 君が手伝ってくれるなら心強いね!
良い席を準備しておくから日程が決まったら予定を開けておいてね?」

「おう」と返事をし、目の前に目をやる。
話しているうちにいつの間にか映画館へ辿り着いたようだ。

「着いたな、映画始まるまでまだ時間もあるし、ポップコーンでも買うか。飲み物も買ってくるけど白石はどれがいい?」

着くや否や、先手を打たれる前に手を上げる。

「おや、買ってきてくれるのかい?ならお言葉に甘えようかな。ジンジャーエールをお願いできるかい?」

「おう、了解」

オレは白石と別れ、カウンターの列に並ぶ。
休日だということもあるからか、普段より混んでいるようだ。
もしかすると、今日見に行く映画が大ヒットしているというのも要因かもしれない。
先日ニュースで興行収入100億超えたとか言ってたし、きっと何回も見に行く奴もいるんだろう。
こんだけ待たせんなら一緒に並んだ方が良かったか、いや白石も物販でパンフレットだとかグッズとかもし買うならオレだけで並んで正解だったんじゃねぇか。
色々なことを考えながら、前の客が横にはけ、オレの番が回ってくる。
オレはポップコーンとコーラとジンジャーエールを買い、館内の白石の姿を探した。

「おっ、しらい──」

姿を見つけて声を掛けようとしたが、目の前に知らない男が立っているのを見てオレは黙ってしまう。

「ごめんね、僕は人を待ってるんだ」

「いいじゃねぇか、俺らと遊びに行こうぜ?」

白石の周りに金髪に腰パンの男が詰め寄っている。
これはいわゆるナンパ、と言うやつだろう。

「なぁ、オレのツレに何の用?」

オレは近付いて声を掛ける。
正直柄じゃなさすぎて、足が震えてそうな気もしていたけれど、オレはなるべくビビってない風を装った。

金髪の男は「チッ、男連れかよ」と吐き捨て、幸いなことにそのまま去ってくれた。

「ありがとう、助かっ「ごめん!」

白石の言葉を遮りオレは謝る。

「オレが1人で待たせたから、ホントは一緒に並んだ方が良かったんじゃねぇかなとか思ってて、オレのせいで変なヤツに絡まれちまって……!」

「あんまり自分を卑下しないでくれ、僕は五体満足だし映画の時間にも遅刻しないで見に行けそうだろう?」

きっと戸惑っただろうに、白石は変わらず笑顔を見せる。

「……ああ」

「買ってきてくれてありがとう、やっぱり映画にはポップコーンと炭酸が必要だね!君もそう思うだろう?」

白石はそう言ってオレの持つポップコーンを1つ口に放り込む。

「ふはっ、まだ映画は始まってねぇぞ?」

「ふふ、そうだね。映画が始まる前に食べきってしまわないようにしないとね?」

『間も無く12番シアターにて上映の───』

談笑しているうちに、目的の映画の開場を告げるアナウンスが響く。

「時間みたいだな、入るか」

オレはチケットを2枚受付に渡し、シアター内へ入る。

「暗いから足元に気を付けてね」
「おう」

白石のエスコートを受けながら、席につく。
薄暗いせいか、席が近いせいか、いつの間にか忘れていた緊張が呼び起こされる。
シアター内には続々と人が集まって来てざわめきに包まれている。
スクリーンには映画の予告や広告が映し出されていた。

「楽しみだね」
「お、おう。そうだな」

周囲の景色に注目して緊張を逸らしていても、また白石を見ると緊張が戻ってくる。

『映画を見る時のお約束!劇場内では──』

劇場マナーの映像が流れる。
もうすぐ映画の上映が始まることを予感して辺りもしん、と静まる。
心地よい静かな空気に心も落ち着く。
隣の白石も真剣な表情の中、心做しかワクワクしているように見える。

周囲は一際暗くなり、映画が始まった。

​───────

「評判通り、いや評判以上だった!とても面白かったね!」

上映が終わり、ぞろぞろとシアター内から人が掃けていく。

白石は頬を上気させ、興奮したように話す。

「ああ、すげー良かったな!」

想像以上に良かった。
今すぐにでも印象的なシーンを描き起こしたいくらいに。

「そうだ、オレ映画の感想とか話せるように半個室のカフェ予約したんだよ、行こうぜ」

「ふふ、準備がいいね」

嬉しそうにする白石を見て心の中でガッツポーズをとる。
オレは先導してカフェの方へ向かった。

「ほら、ここだぜ」

徒歩2分の先にあるのはつい1年程前に開店したカフェ。
パッと見女性客が多いが、男性客もちらほらいるのが伺える。
勿論ここもデートにオススメと紹介されていた場所だ。
料理が美味しくて雰囲気が良く、半個室というのが落ち着いて2人で話せるという理由で人気らしい。

「わぁ、ここ一度来てみたいと思ってたんだ」

白石の反応も上々だ。
オレは店員に予約していたことを伝え、奥の席へと通される。

天蓋付きでオレンジ色の暖かな光に照らされている。
テーブルや椅子のデザインもとてもオシャレだ。
店内も人で賑わっているが、半個室空間の方は入ってみると割と周囲が気にならないように隔絶されているように感じる。

「白石は何頼む?」

店員からメニューを渡され、オレは白石にそれを渡した。

「うーん、そうだね。そういえばここのフルーツパフェは絶品だと話を聞いたよ、僕はそれを頼もうかな?」
「了解、オレは……クレームブリュレを頼むわ」
「好きなのかい?クレームブリュレ」
「ああ、昔から好きだからメニューにあるとつい頼んじまうんだよな」

白石はふふ、と笑い、近くを通った店員を見て声を掛け、注文をする。
白石、気遣い力ありすぎて気抜いちまうとすぐやってくれんだよな……もっとちゃんとしねぇとな……

注文を終えた白石はオレに向き直り、「さぁ映画のことを話そうか!」と目をキラキラとさせている。

「アクションが凄いという話は元々聞いていたけど想像以上だったね!映画と演劇はまた違うけれど、あれを演劇に上手く取り入れていきたいね!
驚かされるばかりで詳細なところを見れていなかったところもあるから、また2回目を見に行かないといけないね!」

興奮しながら話す白石にうんうんと頷き返す。

「格好良かったし、ストーリーの方もすげー良かったよな」

「最後のどんでん返しには驚かされたよ!まさか主人公にあんな秘密があったとはね!
あんなにアクションに気合いを入れているのにストーリーまでこんなに重厚なんてね」

談笑しているうちに店員が注文の品を持ってくる。

オレはスプーンでクレームブリュレの表面を割り、中のとろりとした黄金色のプリンと一緒にすくい上げて口に運ぶ。

「んまっ……!」

口の中で柔らかく溶けていく甘さに思わず声をあげる。
白石の方を見るとオレを見てふふ、と笑っている。オレは少しいたたまれない気持ちになり、ふいと目線を逸らした。

白石もパフェを口へと運び、目を見開く。

「このパフェ、1番人気というだけあってとても美味しいね。特に中のクリームがとても美味しいよ」

笑顔でそう言う白石にオレは笑い返す。
最初は不安しか無かったけど、すげー今日は楽しかった。
自惚れかもしれないけれど、白石もきっと楽しんでくれてるだろう。……楽しんでくれてるよな?

白石はそうだ、とオレにスプーンを差し出す。

「ほら、瑠衣君も1口どうだい?とても絶品だよ?」

白石の行動にオレは固まる。

───最初から最後まで、白石にかなう気がしないな。

  • オレはただ狼狽えることしか出来なかった。

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