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【有栖川櫻子SS-5】 夢見し桜と菊の花

つい、とスマホのディスプレイを撫でる。
瞳に映るは解決部の掲示板。
【解決済】の記述を見て、彼女はほう、と溜息をついた。

「(人を上手く使う、難しいものですわね)」

「(わたくし、この結果にあたってもっと上手く動くことが出来たのではなくて?)」

“卒業式をしたい”

その思いに答えるがため、櫻子は警備を増やすことで物理的な卒業式の開催を可能とした。

しかし、それは謎の根本的解決とは程遠い、対症療法のようなものである。
実際、ネバーランドとやらのことは何も解決していなかったし、あるか分からない爆弾もこれから探すというものだった。
勿論、これは有栖川のSPの腕を十分に信用していたからこそだから、これ自体は悪い策ではなかったのだが。

卒業式を予定通りに行えればそれで良い、と櫻子は思っていた。
しかしどうだろう。解決部の同胞達はそれだけでは足りぬと言う。
自分達で爆弾を取り除き、爆破予告を出した犯人の対処まで自らの力でしようとする。

「(まだまだ理解が足りない、という訳ですわね)」

櫻子の行動基準として、有栖川家次期当主である自らの安全が脅かされることでないこと、というものが絶対条件としてある。
故に、櫻子は自己犠牲となるような行いはしない。してはいけない。
だからこそ、他の解決部の部員達がそういった行いをするのではないか、と考えることが出来ていなかった。

「(ああ、でも───)」

「(憂いを断ち、より良い卒業式を迎えたいというその“欲”、それはわたくしにも理解できますわ)」

時間です、と使用人から声がかかる。
櫻子はスマートフォンを仕舞い、いつもより凛と胸を張り歩き始めた。
その行先は有栖川家の本邸、その中でもごく一部の限られた者しか立ち入ることを許されない場所。

「お祖母様、櫻子が参りました」

入りなさい、という声の後、側仕えの者が戸を開く。
櫻子は部屋の中へ足を踏み入れた。
それを確認し、部屋の主の側仕えは部屋の外へ出て戸を閉める。

この部屋にいるのは櫻子と有栖川家現当主、有栖川菊子のみだった。

「さて、櫻子」

一言口を開く。
ただそれだけで周囲の空気がビリビリと震える。

「はい、お祖母様」

その空気に、気圧されることなかれ。
櫻子は真っ直ぐに、目線を逸らさず祖母を見る。

「何故、呼ばれたか分かっているだろうね」

「ええ。一昨年の約束の件、ですわよね」

そう答えると、祖母は静かに頷きぴっ、と手に持った扇子を櫻子へと向ける。

「“求めるものを全て手に入れる”」
「そう啖呵を切ったね、お前は」

「期限はあと1年、それまでに力を示しなさい
でなければ──」

「分かっておりますわ、お祖母様。
わたくしが自らの望みを叶えるに足る力を証明出来なければ、その時はただ与えられた役目にのみ忠実に生きることを誓いますわ」

櫻子の返答に祖母は「よろしい」と告げる。
櫻子は頭を下げ、部屋を出た。

───今のは激励であり、最終勧告だ。
櫻子が求めるものは重いものである。
きっと、並大抵の努力では足りぬものであろう。

「(だからこそ──わたくしは、証明する)」

ただ与えられただけでない。
“有栖川”ではなく“有栖川櫻子”の価値を証明するために。

「(どちらか、なんて冗談でしょう?)」
「(わたくしは有栖川櫻子。欲しいものは全て、手に入れますわ)」

それに足る力があると、自分ならばそれが出来るということを。

証明する。その為に、こんな所で止まってはいられない。
同胞の奮闘に、自らの不甲斐なさに前を向く原動力を与えられる。

櫻子は、歩みを止めることなく進み続ける。

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