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【瑞木瑠衣SS-1】 瑞木瑠衣の日常
昏い、昏い部屋の中で重たい瞼を上げる。
枕元の時計の針は丁度11時を指している。
「……行くか」
怠い身体に鞭打つように布団を蹴飛ばし起き上がる。
無造作にはねた髪を軽く撫で、散らかった部屋から鞄を引っ張り出し、スケッチブックと鉛筆だけを放り込み、部屋を出る。
扉を開けた先、窓から痛いくらいに光が差し込んできた。
眩しい、眩しすぎる。
光を避けるようにパーカーのフードを目深に被る。
前もマトモに見ずに階段を掛け下りる。
居間には誰もいない。きっと仕事だろう。
……母さん、オレのこと幻滅してないかな。
きっと、しているだろう。
オレはこれ以上、救いようのないオレになりたくない。
───────
───通学路で余計な記憶をしたくない。
オレは、見たことを全部覚えている。忘れることが出来ない。
どんなに些細でくだらないことであろうとも。
だから普段は同じ道しか通らないし、余計な情報を目に入れないようによそ見をあまりしないようにしたいと思っている。
実際問題、それは困難だ。
大きな音がしたら反射的にそちらを見てしまうし、元々落ち着きがないからひとつのことに集中出来ない。
そう、今も。
フードを深く被ったまま出てきたはいいものの、目の前でひったくりの現場を見てしまった。
ひったくりの犯人は人混みの中に紛れていく。
後ろから追いかけてきた被害者らしき女性と警官の男も犯人を見失い、オレの近くで立ち止まる。
「すみません、人を探しているんですけれども!グレーの……」
「グレーのスウェットにジーンズ、紺の靴下に薄汚れた白いスニーカー、ボサボサの黒髪の中肉中背の40代くらいの男性ならさっき人混みに紛れて牛丼屋へ入りましたよ 今なら間に合うんじゃないですかね」
そう言ってからやってしまった、と思う。
案の定、女性も警官も信じられないものを見るような目でこちらを見る。
そんな目で見ないでくれ。
オレは目線を合わせないようにして「早く行った方がいいんじゃないですかね」と言う。
数分後、無事にひったくりは捕まえられたようだ。
何かお礼を……!と言う女性の申し出を断り、オレは学校へ向かった。
───────
今の時刻は12時30分。
タダでさえ遅刻なのにもっと遅れてしまった。
既に閉まっている校門を飛び越える。
丁度昼休みの鐘が鳴ったようだ。
オレは直接屋上へ向かう。
屋上には先約が既にいた。
「おー、白石!昼休み始まって早々練習とかすげーな」
今度の役の練習だろうか。
白石はこちらを振り返り手を上げる。
「やぁ、おはよう!いやこんにちはと言った方が正しいかな?
今来たところかい?」
「起きてそんなに経ってないからおはようでいーよ」
オレはフェンスを乗り越えながら返答する。
「君は本当にそこが好きだね。落ちそうとか思わないのかい?」
白石の言葉にスケッチブックを開いて今朝の光景を描きながら返答する。
「へーきへーき、オレ割と運動神経はあるんだぜ?」
白石はなるほどと頷き、また役の練習へと戻る。
オレはそれを聴きながら鉛筆を走らせる。
眩しい光が刺す中、天国に一番近い場所でオレは今日も絵を描いている。
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