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【有栖川櫻子SS-1】 花盛りの君

「櫻子、お前は人の上に立つ人間になるのです」

それは幾度となく言われた言葉。

お祖母様に最初にそう言われたのは、幾つの事だったかしら。

わたくしはそれを言われたその日から……
いえ、きっとこの世界に生まれ落ちた日から、そのために生きている。

​───────

有栖川家は女系家系である。
代々、長女が家を継ぐ。
現当主は有栖川 櫻子の祖母、有栖川 菊子。
強く、厳格で、有栖川家において絶対の権力を持つ。
有栖川家において菊子に逆らうことの出来る者はおらず、また逆らおうとする者もいない。
絶対的なカリスマを持つ人物なのである。

ただひとつ欠点を挙げるとすれば、菊子は男児しか産めなかった。

そう、跡継ぎを産むことが出来なかったのである。

孫世代においても2人続いて男児が産まれ、有栖川家は跡継ぎ問題に頭を悩まされていた。

その中で産まれたのが櫻子である。

その所以もあり、櫻子は蝶よ花よと愛され、また産まれた時から跡継ぎとしての役目を期待されて育ってきた。

周囲の悪意から断絶させ、跡継ぎとして必要な教養を数分単位のスケジュールで管理する。

櫻子は確かに愛されていた。

しかしそれは櫻子自身が愛されていたのだろうか、それとも有栖川家の跡継ぎだから愛されていたのだろうか。

​───────

「櫻子ちゃんは音楽家にはなれないね」

これは昔、とある音楽家の演奏会へと赴いた際に、諭すように言われた言葉。

その時わたくしは幼かったですけれども、その言葉の意図する所が分からないほどわからず屋ではありませんでしたわ。

だから、その方は口にはしなかったけれども続く言葉くらい分かっていましたわ。

『有栖川 櫻子は有栖川家の跡継ぎだから』

わたくしは幼少の頃より音楽が好きでしたわ。
「音楽家になりたい」と口にすることもありましたの。

けれども、周囲はわたくしに跡継ぎになることを求めて、わたくしもそうなることを疑わなかったからこそ口にはしなくなったのですわ。

音楽の先生もわたくしの才能に「勿体無い」と零したこともありましたの。

跡継ぎ以外の道を許されないことを嘆いたのでしょうね。

───嗚呼、けれども
わたくし、音楽が好きですわ。
疑いようもなく才能もありますもの。
でも、跡継ぎになりたくないわけではありませんわ。

わたくしは音楽を極めたい、世界にわたくしの音を披露したい。
わたくしはお祖母様のように強い女性になりたい、この有栖川家の次期当主として、民衆を導く力が欲しい。
どちらかにしないといけないなんて、誰が言ったのかしら?
わたくしは欲張りですのよ。どちらも叶えられますわ。

「───お祖母様、わたくしお話がありますの」

目前に立つは有栖川家の当主。
有栖川 櫻子は毅然とした態度でその場に立った。

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