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【瑞木瑠衣SS-7】 お花見大会にて

暖かな日差しに包まれ、ふぁ、と欠伸をひとつする。
オレはパイプ椅子の背もたれにもたれかかり、大きく伸びをした。

今日は箱猫市老人会主催のお花見大会の日。
老人会と言いながらも、地域のイベントらしく地元の子供達もいて幅広い年代の人達が訪れている印象がある。
幸運なことに天気にも恵まれ、桜は満開に咲き誇っている。
周囲には様々な出店が並んでいる。
りんご飴にベビーカステラ、チョコバナナ。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
後で頃合を見て買いに行くか、と思った矢先に「すみません」と声を掛けられた。

記念すべき1人目のお客さんだ。
「似顔絵を描いて頂きたいんですけれども」

オレは笑顔を作って「かしこまりました」と言った。

​───────

オレが今ここにいるのは松本のとこの爺さんからの依頼が発端だった。

ボランティア活動の一端として、お花見大会の手伝いをして欲しい、と。
何をやってもいいと言われた時、昔地元の祭りにあった似顔絵屋がぱっと脳裏に浮かんだ。

オレはオレのことで誇れることは無いけど、その時のオレはこれならオレでもやれんじゃねぇかと思った。
まぁ、後で本当にオレにやれんのかとか、もっと他の奴となんかするとかそういうので良かったんじゃねぇかとかなったんだけど。
やっぱなしとかにする訳にもいかねぇし、オレは当初の予定通り似顔絵屋として店を構えてる。
店構えとしては長机にパイプ椅子を挟むように2つ置いただけの簡素な作りだ。
一応賑やかしとしてサンプルのポストカードだとか、以前に描いた小さめのキャンバスを机に立てかけて置いてある。

通常、似顔絵屋は描いている間前に座っていてもらうものだ。
最近では写真を撮ってその写真を見ながら描いてその間客は別の所に行けるというものもあるけど、オレには写真はいらない。
シワやホクロの1つだって全部覚えてるから。
だから目の前に座っていてもらう必要性はあまりないのだが、老人会の催しというのもあって、休憩場所としても椅子はあった方がいいだろうと思いセオリー通り椅子を置いている。

案の定、描く時に別の所へ行って10分くらいで取りに来てもらってもいいですよ、と言うと学生だとか若めの人は殆どそのまま他の屋台やステージの方へ向かうのに対し、ご高齢の人達は殆どそのまま座っていた。

似顔絵屋、人来るのか?とか思ってたけど有難いことに何気にひっきりなしに人が来た。
来る客が宣伝してくれでもしたのかと思うくらい、途切れなく人が来た。

絵を沢山描く分には好きだし慣れてるからいいんだが、それより描いてる最中に会話を振られるのが大変だった。
元々オレが絵を描く理由は周囲の情報をシャットアウトするためってのもある。
だからあまり絵を描いてる時に会話したくねぇんだけど、お客さんから「お兄さん絵上手だねぇ
遺影でも描いて貰おうかな ハッハッハ!」とかブラックジョークが不意に飛んできたりした時には二重の意味で困った。どう答えればいいんだよ。
会話に対して無視する訳にもいかねぇけど、絵を集中して描きたいのもあって愛想笑いと相槌をなんとなく打って乗り越えてった。昔見た似顔絵屋、どんな会話してたっけな。普通の似顔絵屋の会話分かんねぇよ。

会話に困ったりしながらひたすら絵を描いて、昼時になって客の入りが収まってきた。

一息ついてペットボトルの麦茶を飲み干す。

「瑠衣くん?」

そこに白石が現れた。

「奇遇だね!君も依頼で来てるのかい?」

「おう。 君もってことは白石もか?」

「ああ、そうだよ! 午前に演劇部の部員にも声を掛けてエチュードをしたんだ!
ボランティア活動として地域貢献もできるし、演劇の練習にもなるし一石二鳥だね!」

楽しそうに言う白石に思わず笑みが零れる。
演劇が本当に好きなんだろうな。

「瑠衣くんは……似顔絵屋をしてるのかい?」

机の上の表示を見て白石が言う。
それにオレは頷き返した。
白石はなるほど、と言うと机の上のサンプルに目をやる。

「瑠衣くんはやっぱり絵が上手いね!
似顔絵、もっと高くてもいいんじゃないかな?」

「いやいや、言い過ぎだぜ それに一応ボランティアだしな」

白石はそのまま目線を横にずらし、キャンバスに目を留める。

「おや、これは?」

「これは趣味で描いた奴。 模写じゃねぇやつなんだけど」

油彩画で描いた鳥の絵。
普段記憶の整理の為に絵を描くことのが多いけど、純粋に描きたいものとしてそういったのとは別の理由で描く絵もそれなりにある。
そういった中のいくつかを並べて置いていた。

「なるほど……とても素敵な作品だね!」

笑顔で白石が感嘆の声を上げてくれる。
オレは笑みを返し、ふとこちらの方へ歩いてくる老齢の男性の姿を見つけた。

白石は後ろの男性に気が付くと軽く会釈しオレの正面を空ける。
その男性はまじまじとキャンバスを様々な角度から見始めた。

声を発するのも憚られるような緊張。
男性の声1つでその緊張が破られる。

「ふむ、これは君が描いたのかい?」

「はい」

オレは少し硬い声で答えた。

「ふむふむ、なるほど……荒削りだけど光るモノがある……君、何処かで絵を習ってたりしたのかい?」

「いや、特には……」

「ふうむ、なるほど 君、名前は?」

「瑞木です 瑞木瑠衣」

オレの名を聞くとふむ、と男性は頷いて1枚の名刺をオレに差し出した。

「瑞木くん、私は普段画商をしててね、その一環で才能ある者の育成にも力を入れてるんだ」
「もし興味があればこの名刺の連絡先に連絡してくれ」

男性はそう言うと「では」と去っていく。
紳士的な所作であったが、足早に去っていった素振りを見るに何か用事があったのだろう。

渡された名刺にふと目線を落とす。
隣の白石も覗き込むように名刺を見た。

「我龍院 犀星……って有名な巨匠じゃないか!瑠衣くん凄い人に声を掛けられたんだよ!」

白石が我がことのように嬉しそうな声色で話す。

当の俺は少し呆けた心地でただ頷いた。

巨匠に目を留めて貰えた。将来何となく絵を仕事に出来たらいいとは思っていたが、具体的なもの何も決まっていなかった。
どう生きればいいのか分からなくて、ずっと暗闇を歩いていたみたいだったのに一気に道が拓けたような感覚がする。
オレはただ、それに立ち竦むことしか出来ない。

「瑠衣くんならきっと上手くやれるよ」

オレの心境を慮ってか、白石は微笑む。

「僕は君の絵が好きだからね! まだまだ君について知らないことも沢山あるけれども、君の良い所は沢山知ってる」

「ふっ、ありがとうな、白石」

「瑠衣くん、その顔はお世辞だと思ってる顔だね? お世辞なんかじゃないよ?」

内面を見透かされたようなことを言われ、思わず目を逸らす。
ふふ、と笑う白石を見て更にばつが悪くなる。

「そ、そうだ、折角の祭りだしさ、もし時間が空いてたら一緒に祭り見て回らねぇか?」

オレはどうにか話題を逸らす為そう言った。
言ってから何か用事があったら悪いんじゃねぇかと言ったことを後悔したが、白石はすぐに「もちろん!」と笑いかけてくれた。

​───────

机の上に離席中の札を置き、白石と歩き始める。

「瑠衣くん! こっちだよ!さっきあそこが穴場スポットだって話を聞いたんだ!」

ちょうど桜の天井と言うべき程に桜が密集している場所を白石は指差して少し駆ける。

白石の後に続こうとした時、さあ、と風が吹き、桜が舞散った。
まるで視界を覆うかの如く舞う桜に思わず目を細める。

その時、白石がオレの腕をぎゅっと掴んだ。

「白石?」

オレはぽかんと白石を見た。

「あ……ごめんよ」

白石はぱっと手を離す。

「変なことをと思うかもしれないけれど、君が桜に連れ去られてしまいそうな気がしてね」

そう言い、芝居がかったような憂いを帯びた笑みを浮かべた。

「はは、まさか」

桜に連れ去られるなんて、オレには似合わないだろ。

「ふふ、桜に連れ去られる前に僕が連れ去ってしまおうか?」

シラフでこれが言えてしまうのだから白石は恐ろしい。
冗談めかして笑う白石にオレも思わず笑みが零れた。

2人で笑いあった後、見渡す限り零れる程に咲き誇る桜の下を歩き始めた。

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