見出し画像

【瑞木瑠衣SS-5】 春の嵐

無機質なインターホンの音で目が覚める。
階段を駆け下り、モニター横のボタンを押す。

「おはよう、瑠衣くん!今日の担当は僕だよ」

モニターに映るのは白石の姿。
朝早いというのに眠気を感じさせない、いつも通りの爽やかな笑顔。

「おはよ、準備するから5分待ってくれ」
「ふふ、いくらでも待つとも!」

白石の返事を聞き、インターホンの接続を切る。

オレは冷たい水で顔を洗い、食卓の食パンを口に詰め込む。
麦茶でそれを飲み込み、椅子に掛けた制服に着替える。
その間3分。

「お待たせ」

ドアを開けると白石が軽く手を上げ笑顔を見せる。

「おはよう!さぁ行こうか」

オレ達は並んで学校への道を歩き出した。

​───────

白石にわざわざ迎えに来てもらい、一緒に登校しているのには訳がある。

先日「幸せな日々を繰り返す」という迷宮にオレは挑んだ。
そこで解決の為───いや、結果的に解決に繋がっただけで解決の為ではないのだが、オレはそこで屋上から飛び降りた。

それに一ノ瀬は大変立腹したらしい。
結果、オレはしばらく迷宮へ行くことを禁止され、登下校に見張りを付けることと休み期間中も毎日登校し生徒会の手伝いをすることを命じられたのだ。

良い顔はされないだろうとは思っていたが、まさかここまで怒られるとは考えていなかった。
あの礼文の後直接会った時も、声を荒らげこそしなかったとはいえ、相当怒っていそうな雰囲気だった。

とまぁ、そんな経緯でオレの登下校には今見張りがついていて、解決部や生徒会の面々が持ち回りで来てくれている。
最初の方は母さんも家にいないしオレも起きねぇしでインターホンにすぐ反応しねぇもんだから、その日の担当だった木枯嵐に「留年先輩ー。寝てるんですかー。早く起きないとインターホンがどうなっても知りませんよー。」って言いながらインターホンを連打されてたらしい。起きた後すげーネチネチ言われた。

1週間程経つと朝に起きるのも慣れてきて、登校の準備の時間も縮めることができた。多分、もっと縮められるだろう。

───話が逸れたが、そういった経緯で今日は白石がオレの見張りとして登校に付き合ってくれている。

「最近暖かくなってきたね、入学式ももうすぐだよ」

隣を歩く白石は大変ご機嫌そうだ。

「新たな才能の卵達が演劇部に入ってくれるかもしれないからね!今からとても楽しみだよ」
「新入部員沢山入るといいな」
「瑠衣君もいつでも歓迎してるからね?」
「あはは……オレはそういうのガラじゃねぇよ」

そんな話をしながら、あっという間に校門の前に着く。

「じゃあ、終わったらここで待ち合わせね?」
「ああ、練習頑張ってきてな」

そう言うと白石は「そっちこそ頑張って」と笑い手を振って去っていく。

よし、オレも行くとするか。

オレは真っ直ぐ生徒会室の方まで歩き出した。

​───────

ぱちん、ぱちんとホッチキスの音が響く。
プリントをまとめて枚数を確認し、左上にホッチキスを留めていく単純作業。

「もう卒業だっていうのにこんなにギリギリまで働かされるとかしんどいんですけれど!」

単純作業の繰り返しに、とうとう我慢出来なくなったのか手元のホッチキスを放り、身体を背もたれに投げ出した。

目の前で文句を言っているのは柊 白雪。
容姿端麗で品行方正な学園のアイドルで通っている、のだがただの猫被りだったらしい。
周りからの見られ方を気にして猫を被る姿は親近感が湧くけど、そんなことを言ったら「一緒にするな」と言われかねないので心の内に留めている。

「何?ミユに見惚れちゃった?
ぼーっとしてるヒマあったら手、動かしなさいよね」

オレの視線が気に障ったのか、ジト目でそう言われる。

「あ、あぁわりぃ」

オレは手元の資料作りを再開する。
紙をまとめて、ホッチキスで留めて、紙をまとめて、ホッチキスで留めての繰り返し。

「なんでこんなに多いの!?有り得ないんですけど!」

休憩の後、作業を再開した柊が再度音を上げた。

「まぁまぁ、高等部の生徒の人数分あるからね
誰かがやらないといけない作業だから、あともう少しだし頑張ろう」

樋口が「やだ」と言う柊をまぁまぁと宥める。

「まぁ仕事だからやるけどね」

柊は机の上のミネラルウォーターを1口飲み、再度資料作りを再開する。
紙をまとめて、ホッチキスで留めて──
途中で一ノ瀬が差し入れにと持ってきてくれたシュークリームを食べながらひたすら作業をする。
全てが終わった頃には13時を過ぎていた。

「やっと終わったね。皆お疲れ様」

樋口が労いの言葉を掛ける。

「お疲れーじゃ、ミユはゲーセン寄って帰るから」

終わったや否や柊はスクールバッグを肩にかけ、颯爽と去っていった。

「俺は他の生徒会メンバーの仕事が終わってるか見てくるから、瑞木君は先に帰ってていいよ」

あれだけ働いたのに樋口はまだ手伝うつもりらしい。
そんな樋口を残していくのは少し気が引けたが、白石を待たせる訳にもいかないのでオレはお言葉に甘えることにした。

「わりぃ、サンキュ」
「また明日、よろしくね」

オレは軽いカバンを持ち、樋口と別れた。

​───────

爆破騒ぎだとかネバーランドだとか、色々あったが無事に卒業式が出来ることになった。
生徒会の手伝いは思った以上にやる事が多いが、家に居ても誰の何の役にも立たない人生を浪費してしまうだけなのだから、そうなるくらいならこうして人に使って貰えるだけありがたいのだろう。

「(……卒業、か)」

校内を歩く中、嫌でも意識する。
今の3年生達は皆卒業して行き、在校生達は学年が1つ上がっていく。
中等部から上がって来る生徒や外部からの入学生が来て、学内の顔触れも変わっていくのだろう。

「(なら、オレは?)」

ふと、昔の事が思い返される。

​───────

「瑠衣くんは───卒業するのは少し、難しいですね」

一昨年の12月、三者面談で担任の教師から告げられたのはそんな言葉だった。
少し言いづらそうに出席日数があまりにも足りないこと、テストの成績が悪いことを告げられる。
隣の母さんは「はい、はい」とただ頷いている。

その帰り道、並んで歩いているのに交わされる言葉はない。
いっそ、面と向かって叱ってくれたらいいのに。

オレが屋上から落ちた時から、母さんとの間に大きな隔たりが出来た気がする。
気を使われてるのか?失望されてるのか?
オレには分からない。
嫌われて無ければいいと思いながら、嫌われていても仕方ないと思う自分もいる。

まだオレには“普通”が分からない。
きっと、留年してしまうのは普通ではないだろう。
来年度はもう少し、勉強ができるフリをしないと。
でも、起きれないのはどうしようもない。
カウンセラーの先生は、あの時の思い出が枷になってしまってるのだろう、と話していた。
ああ、どうすれば“普通”になれるのだろう───

「(母さん、今回も何も言わなかったな)」

先生にいくら話を聞いてもらっても、薄れることの無い記憶。
次はわざと間違えるなんてことしなければ出席日数足りなくても卒業出来んのかな。
いっそ、卒業なんてしないで学校なんて辞めて、働いた方がいいのかもしれない。
でも、オレに普通に仕事なんて出来るのだろうか。

「──瑠衣くん、瑠衣くん?」

ふと顔を上げると目の前に白石がいた。

「ぼーっとしてどうしたんだい?生徒会の仕事、大変だった?」
「わりぃ、ちょっと考え事してた」

ぽりぽりと頬をかく。
白石が心配そうな顔をしているのでオレは笑顔を作って「全然平気、すげー元気だぜ!」と言った。
少し安心したのか「じゃあ行こうか」と白石も笑顔で応えてくれた。

​───────

「白石、結構遅くなっちまったけど待ったか?」
「いいや?僕も練習に熱が入っててね、遅くなるってメッセージに入れてたけど気付かなかったかい?」

そう言われスマホを見ると確かにメッセージが残されている。
気付かなかった、と言うと「まぁ結果的にちょうどいいタイミングで会えて良かったよ」と白石は笑う。

「そうそう、僕帰りに少し寄りたい所があるんだけど付き合ってくれるかい?」
「ああ、いいぜ。買い物?」
「そうなんだ、次の劇で使う小道具を見たくてね!」

そう2人で話しながらショッピングモールの方へ歩いていく。
今日は土曜日。週末だからこそ多くの人が集っている。

「あれ?瑠衣じゃん」

だからこそ、会いたくないと思っている奴に会う確率も自ずと高くなってしまうのだろう。

白石が「知り合いかい?」とオレに声を掛ける。
答えられない。息が詰まる。足が硬直する。

「雰囲気結構変わってね?気付いたオレすげー」
と、3人組の男子がオレらの近くへ寄ってくる。
他の2人が誰?と言うのに「ほら、小学校の時にいたじゃん。ギフテッドとか記憶がどうの〜ってヤツ」と言うと「あーいたなそんなヤツ」とまじまじとオレのことを見てくる。

「その制服、黄昏のやつじゃん」
「てか留年してるってこと?ウケる」
「神童サマも大人になればただのヒトってか?」

矢継ぎ早にそう言われ、オレは必死に作り笑いを維持することしかできない。

その時、半歩前に出て白石が真っ直ぐそいつらを見据える。

「君達が瑠衣くんの何かは知らないけれど……瑠衣くんのこと、悪く言わないでくれるかい?」

白石がそう言うと「うわ〜なんか萎えたわ」と露骨に嫌そうな顔をする。
「オレら大学生だからさ、高校生みたいなガキが調子乗んなよ?」
言い捨て、そいつらは「帰ろ帰ろ」と駅の方向へ消えていった。

オレらは2人、そこに残された。

「瑠衣くん、「ごめん、オレすげぇカッコ悪ぃとこ見せて……帰るわ」

顔も見れず、白石の言葉を遮り逃げるように帰る。

分からない、こういう時どうすればいいのだろう。
──オレは、ちゃんと普通に笑えていたのだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?