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【瑞木瑠衣SS-6】 春の足音

ピンポーン、とチャイムの音が鳴る。

「今日の担当はアタシだぜ」

ドアを開けると軽く欠伸をして織田が玄関前に立っていた。

「おう、わざわざサンキュ」

珍しく朝ちゃんと起きて準備していたオレはそのまま家を出る。
いや、最近ではそう珍しくないのかもしれない。
連日解決部や生徒会のメンバーが来てくれるお陰で朝少し起きれるようになってきた。
常に、ということは無いがこうして朝迎えに来る前に準備を終わらせているということもしばしば出来るようになってきた。

今は3月末。
卒業式は終わったが、オレは変わらず入学式の手伝いのため登校している。

隣を歩いている織田も入院したり色々あったけど見た感じ元気そうになっている気がする。

「織田は今日は何か用事あるのか?」
「まーな、そんなとこ」

織田も度々屋上にタバコを吸いに来てるから知らぬ仲ではないけれども、なんと言えばいいか……何を話せばいいのか分からない。
普通後輩の女子と喋る時どんな事を話せばいいのだろう。
白石と話す時オレどんな風に話してたっけ。

ふと、この場にいない白石のことを考える。
最後に白石に会った時のこと。
見られたくない所を見せてしまって、みっともない姿を見せてしまって逃げるように返ってしまったあの日。
あれから何も話せずにいる。
幸か不幸か、今は春休み期間だからそう顔を合わせる機会も無いのだが、喉に刺さった小骨のようにオレの中でずっと引っかかったままでいる。

「瑠衣、ぼーっとしてどしたんだよ」

織田がこちらを見上げて言う。

「あ、あぁわりぃ。ちょっと考え事」

「ぎゃはっ!考え事のし過ぎで電柱とかにぶつかったら笑ってやるよ」

今のは織田なりの気遣いだろうか。
いや、自惚れるのはあまり良くないな。

そうこうしてるうちに目の前に学校が見えてくる。

じゃ、と織田と別れ、オレは今日も生徒会室へ向かった。

​───────

最近おかしな事が起きている。
それも大多数の人が気付かない形で。

オレ自身は何も変わっていない。
留年してるしまた同じ高校3年生としての1年を繰り返す。
だが、他の生徒は違う。皆、前へと進んでいくはず。
そのはずだったのだが、卒業していったはずの樋口も柊も当たり前かのように生徒会室にいる。
というかそれだけじゃない。他にもちらほら卒業したはずなのに普通に学校へと来ている奴らもいる。

あと隣で「皆でお手伝い、楽しいですね!」とニコニコしている卜部。
何故か小さくなっている。オレも自分で何を言っているのかよく分からない。

なのに、違和感を口にする人がいない。
ふと一ノ瀬の言葉を思い出す。

「ループ……」

「何か言った?」

柊がきょとんとした顔で聞き返す。

「いや、何でもねぇよ」

そう答えると「そう」とすぐ目線を外し作業の続きを始める。

これを把握しているのは普通なのか普通じゃないのか。
少し心細くて、誰か同じように分かっている人はいないのかと聞きたいけれども。
また普通から外れてしまうのが怖い。
そんな予感が邪魔するから、オレはきっと誰かに問われても曖昧に笑うだけなんだろな。

手元の資料に目を落とす。
入学式の関連資料。
新しい生徒が入ってくるというのに、オレはまだ前に進めずにいる。

​───────

お疲れ様、と生徒会室で皆と別れる。
別れ際、樋口が今日は帰り道は俺が付き添うよ、と声を掛けてくれた。
用事があるらしく、少し待っていて欲しいと言われたので樋口の用事が終わるまでオレは校内で待つことにした。

ぶらりと校内を歩く。
もう5年目になる高等部校舎の中。
よく見知っている場所になったけれども、実際多くの時間を屋上で過ごしていたからそれ以外の記憶は案外薄いものだ。

そんな事を考えていると無意識に屋上へと足が向いていた。
一ノ瀬に屋上への立ち入りを禁止されなくて良かった。
扉を開け屋上のフェンスにもたれ掛かり、ふと思う。

屋上は好きだ。
頬を撫でる風は気持ちいいし、周囲を一望することが出来る。
それに───

「瑠衣くん?」

オレの事を呼ぶ声にハッとなり振り返る。

「しら、いし……」

扉の前にはあの日以来会っていなかった白石が立っていた。

ああ、謝らないと。
でも、どう言えばいいのだろう。
記憶が良いからといって知らないものは知らないのだから、引き出しに無い言葉は出せない。

数秒間の沈黙がオレ達の間に流れる。
そして、沈黙を破るように白石が口を開いた。

「ごめん」

「なんで白石が謝るんだ……?謝るのはこっちの方じゃねぇか」

予想だにしていなかった謝罪に呆気に取られる。

「僕、君のこと、何も分かっていなかった。
詳しいことは分からないけれど、きっとあの人達と嫌なことがあったんだろう?」

以前会った3人組の事を言っているのだろう。
謝る事ないのに。

「長い時間、ここで一緒に話していたけれども、僕は君のこと何も知らないんじゃないかって。
もしかしたら知らない間に君のことを傷付けてしまったこともあったんじゃないかって思っていたんだ」

「白石……」

「白石が謝るようなことなんて何もねぇよ」

白石の瞳を見つめ、オレは言葉を紡ぐ。

「不安にさせてごめん」

白石は知らない間にオレのことでどのくらい悩んでいたのだろう。
オレなんかの為に悩まさせてしまって申し訳ない気持ちが湧き上がる。

「オレのこと、知らないくらいでそんなに気に病まなくていいんだ。
言ってねぇことで配慮しろなんて言わねぇし、白石が心配する必要なんてねぇよ」

「それでも! 僕は知らないうちに君のことを傷付けてしまいたくない、君に傷付いて欲しくない!」

じっと、貫かれるような目線で白石がオレを見つめる。

「そっ……か」

少しムズムズした感覚がする。
白石、誰にでも同じように言ってんのかな。
さすが王子様だよな、なんて心の中で茶化したようなことを考える。

「再開発地区での迷宮の報告、見たんだ」

あの迷宮、幸せを繰り返す迷宮。
その言葉にどきりと心臓が跳ねた心地がする。

白石は真剣な表情でオレのことをじっと見つめ、言葉を続ける。

「今日も明日も明後日も、僕は最高の演劇を君に魅せるよ」

「だから……」

白石の声が震える。

「君に死を、選んでしまって欲しくない」

「君の報告を見た時、本当に息が詰まりそうになったんだ」

白石がオレの腕を掴む。
まるで、オレに遠くに行って欲しくないとでも思っているかのような。そんな錯覚すらしてしまう。

「……ごめん」

オレはただ、謝ることしか出来ない。

「ううん、謝って欲しい訳じゃないんだ」

白石は首を横に振る。

「僕は君のことについて知らないことだらけだし、僕に何か出来るかどうかもわからないけれど……もっと話して、頼ってくれて良いんだよ」

「それに、誰だって幸せになる資格くらいはあるはずだろう」

ふっ、と白石がオレに微笑みを向ける。

どうしてこんなにもオレに言葉を尽くしてくれるのだろう。
知らなくて当然なことを知らなかったと恥じ、自分に何が出来るかと考えてくれている。

この献身に報いたい。きっと、これは普通のことだろう?

「オレさ、実は2回目なんだ」

オレの言葉に白石はきょとんとした顔をする。
あまり人に話したくない、カウンセラー以外に言うのは初めてのこと。
聞いて気分の良いことでは無いけれど、知りたいと願ってくれた彼女へ報いる方法はこれしか思いつかないから。

「……飛び降りしたこと」

ああ、これは白石に呪いを押し付けてしまうかもしれないな。
オレがもっと器用だったら、もっと違ったんだろうか。

白石は静かにオレの話を聞いてくれる。
オレは静かにぽつりぽつりと話し始めた。

​───────

白石には言わなかったけれど、本当はいつも死にたいと思ってるんだ。
寝ても覚めても、楽しいと感じることをしていても心の片隅にいつも死の気配があるんだ。

なんて、言ってしまったら困らせちまうだろ?

だからそっと、本音は蓋をして見なかったことにする。

───頼って欲しいと言われて嬉しかったのは本当だったから。

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