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【間宮ひまりSS-8】 月の誘惑

休日の黄昏時。
いつか見たあの影を追うように平田はあの日と同じ道を歩く。
あの時から、あの女性の姿が頭から離れない。
ひまりによく似た美人の女性。
ひまりに聞いても他人の空似じゃない?と言われ、あまりにしつこく聞きすぎたのか「余計な詮索はナンセンス!そんな男はモテないぞ!」とまで言われてしまった。

そんな平田だが、気になるものは気になる。
美人にまた会えるなら会いたいと思うのは、男としてそうおかしいことでもないだろう。
そんなこんなで平田は昼間からずっと同じ道を行ったり来たりしている。
しかしそう運良くいかないもので、なかなかそれらしき人は見当たらない。

「ん〜いなさげ?やっぱ諦めて帰るか……いた!」

目前に靡く目が覚めるような赤髪が横切る。
間違いない、前に見た女性だ。
帰路につこうとした平田は小さくガッツポーズをとる。

「やっぱ俺ってツイてる!」

声を掛けても迷惑がられて相手にされないだろうと予想に難くない。
「(俺ってばちゃんと学習する男なんだよね〜)」

平田はその女性の後ろを尾行し始めた。

付かず離れずの絶妙な距離感。
俺、探偵も向いてんじゃね!?などと思いながら気付かれないように細心の注意を払いながら後をつける。

角をいくつか曲がる。見失わないように、近付きすぎないように。
しばらく進んだ先、平田は歓楽街に辿り着いた。

「やっぱ行き先こっちの方か〜」

何処かの店の娘なのかな、と女性を注視する。
歓楽街の中を少し歩いて、女性はある店に入った。

「なになに〜??えーっと、ガールズバーきてぃ?ぱれす?」

看板にはGirlsBar Kitty Palaceと書かれている。
幾度か大学の先輩に連れられて周囲の店に入ったことはあったが、この店は初めて見る店だった。
まだ明るい時間の為か、店はもちろん閉まっている。

「ここまで来たし、入るしかないっしょ!」

撤退する理由もなし。
平田は開店時間まで暇を潰すことにした。

​───────

開店時間の19時を過ぎた。
あくまで自然に、さりげなく。
スマートな男を演出すべく、急がず余裕のあるように店を訪れる。

がちゃりと、店の扉を開ける。

「いらっしゃいませ!」
「おぉ〜!!」

扉を開けた先は煌びやかな世界。
カウンター越しに可愛い女の子達が沢山いる。
キティ──子猫を意味するらしい言葉を店名に使っているのもあるのか、キャスト達は猫のモチーフをあしらった衣装を着ている。
全体的な露出が強いという訳ではないのに、可愛さの中に色気を感じる。
短いスカートは扇情的で男心をくすぐられる。

鼻の下を伸ばす平田にキャストの1人は微笑んで声を掛けた。

「お兄さん、このお店は初めてですかー?」

声を掛けられて平田は本来の目的を思い出す。
店内を見渡し目的の女性を探す。
開店したばかりだというのに客が大勢集まっているその場所に彼女はいた。
長い髪を後ろで編み込んでヘアアレンジをしている彼女。初めて会った時の冷たさなど微塵も感じさせず、愛らしさと色香を併せ持つような美しい風貌をしてそこに佇んでいた。

「もう!お兄さんも月海ちゃん目当てですか?」

見蕩れてしまっていたのがバレたのか、目の前のキャストはわざとらしくぷん!と頬を膨らませる。

「いやー!ゴメンゴメン!お姉さんも可愛いよ!」
「ま、月海ちゃん、可愛いですからね でもここ指名とかは出来ないので来てくれるかは運ですよ〜?」
「なるほど!ていうか、あの子の名前、月海ちゃんっていうんだ?」
「そうですよ!あ、私はセイラです!覚えて帰ってくださいね?」
「セイラちゃんね、オッケー!」
「うふふ!じゃあお席へご案内しまーす!」

セイラに連れられ、平田は席へとつく。
あの女性──月海とは遠い場所。
けれども、尾行していたあの時よりはずっと近い。

頼んだドリンクを飲みながら月海を見る。
ふとした瞬間に見える横顔は、頭の片隅に残っていた姿よりももっとずっと美人。

「もーさっきから月海ちゃんのこと見てばっかじゃないですか!」
「そうだな〜あ、このドリンク追加で頼んでくれたら月海ちゃんのヒミツ話しちゃおうかな?」
「えっ!?月海ちゃんのヒミツ!?頼む頼む!」

高校生の平田にはあまりに痛い出費。
大学の先輩に連れられる時は大体奢りであまり気にしていなかったが、こういうお店は価格帯が高い。
けれどもその場の空気、ノリには流されるもの。
唆されるがままにアルコールもじゃんじゃん頼んでいく。

「もう、セイラってばまたお客さんに私の秘密もらそ……」

月海が話が聞こえたのかこちらを振り返る。
平田とばちりと目が合った。

澄んだような空色の瞳。平田の姿を映すとその目は驚いたように丸く見開かれる。
しかしそれも一瞬で、プロ意識が高いと言うべきか、すぐに月海は微笑む。

「セイラちゃん、ちょっと代わるね?」
「はーい、お兄さん良かったね!月海ちゃん来てくれたじゃん!」

セイラはぱちりとウインクをして手を振り、月海が先程までいた場所に行く。
そして代わるように月海が目の前まで来た。

初めて会った時と同じくらい近い距離。
この場の空気のせいか、胸が高鳴るような心地がする。

月海はにこりと微笑んだ。

「ねぇ、君、高校生でしょ?」

ぴたりと、平田は硬直する。

「ここね、アルコールも出してるから18歳より下の子は来ちゃダメなのよ?」
「いや〜俺大学生なんで……」
「分かるよ、前に会った時制服だったでしょう?」

笑顔で、しかし鋭い目線で告げられる。
月海は近くの黒服を呼ぶ。

抵抗することも出来ず、ぽいと平田は店をつまみ出された。

「もう少し大人になったら来てね?」

月海は微笑み手を振って扉を閉める。

寒空の下、平田は1人呆然と扉を見つめた。

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