令和の白痴

もう何度目かもわからないけど坂口安吾の"白痴"を読む。物語の本筋ではないけど、主人公が近隣住民のことを『家畜のようだ』と見下している世界観が、戦争の空襲によって一気にぶち壊れていくのが印象的。そんな中で白痴の女性の素直さだけが主人公に響いていく。

俺にもこの白痴のような心、幼い、そして素直な心が何より必要だったのだ。俺はそれをどこかへ忘れ、ただあくせくした人間共の思考の中でうすぎたなく汚れ、虚妄の影を追い、ひどく疲れていただけだ。

現代で戦争を執筆されているような空襲レベルで体感することは難しいのかもしれない。けど例えば『会社が潰れる』とか『家庭が崩壊する』とか『好きだったアイドルグループが解散する』とか『行きつけの喫茶店が閉店する』とかのレベルのディスラプトなら全然日常レベルでも起こり得るなとも思う。

自分は結局仕事をしていても『なんでこの後輩はこんなにも仕事を覚えないのだろうか』『こいつは歳上のくせに…』などと、白痴の主人公でいうところの他人を家畜扱い、とまでは行かないものの他者との相対距離の取り方で自分を保っている部分があるのだとおもう。きっとライブハウスでも『あのオタクは〇〇だけど、、、』みたいな?

そんなもの、コミュニティや組織がなくなれば自分の手元に残るものは"低俗卑劣な魂"だけであるとふと気づくタイミングもあるし、それと同期していろんなものへのこだわりとかしがらみとか、わりとどうでもいいなあとなっていることに気づく。

となると、現代の自分にとっての『白痴の女性』にあたるピュアでまじりけの無いものはなんだろうとも思う。矛盾した話にはなるがそれが外発的なものでなくて、内発的なものであって欲しいとも思う。まあ作中で主人公は焼夷弾で全て焼き尽くされてしまえ、とヤケクソになるのだけれども。不謹慎だけど現代ならそれは大きな地震や津波なのかもしれないし、スマホをぶち投げてLINEを全消ししたい衝動なのかもしれないし、じめじめした部屋でUberEatsで過食したい気持ちなのかもしれないし、トー横でODして転がりたい気持ちなのかもしれないなあと。


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