遺伝子

「記憶力が以上発達している人は、幼少期に虐待を受けている確率が統計優位に高いんです」なんて話をテレビのコメンテータが偉そうに言う。まあつまるところ、「偏差値」とかいうベネッセだかリクルートだか文部科学省だかの利権にまみれたものを引っ張り上げようとする不自然な努力よりも「これをやったら殴られる」とか、「これをやったら食事を抜かれる」とか、そういう生存に直結する体験をしたほうが嫌でも記憶力が上がるという話らしい。ただ、脳の異常発達の現れの一種でしかないため、記憶力の良い子供を育てたいのなら虐待すればよい、そうはならないらしい。それはそうだ。

この手の話を聞くと結局人間は遺伝子の奴隷なんだなあというのを実感する。好きならリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」という名著を読むといい、10代のときに読めてよかった本のうちの1冊だ。

こちらから一方的にこんな話を書いておいてなんだけど、この手の知識はある種の癒やしでもあり呪いのようだとも思ったりする。「今記憶力がよくて、受験に成功できて、仕事もテキパキこなせるのは、幼少期の辛い経験があったからだ」と成り上がるモチベーションになるのであればそれは結果論的に癒やしになり得るし、一方で「記憶力いいね」と純粋な気持ちで褒められたとしても「これって努力じゃなくて、幼少期の脳の異常発達なんだよな…」と相手の好意を受け取りそこねるとしたら、それは立派な呪いだ。ちなみにこんなこと書いてるけど私は人並み以上の(そもそも人並みとは?はさておき)事件性のあるようなつらい経験を幼少期にしてきたわけではないので、そこはご心配なく…‥(?)

(呪いを気にせずに円滑なコミュニケーションを取れる空間を「心理的安全性」の保たれた「安全基地」である、的な話もある。前に書いた。)

ここまではまあ、変えようのない過去とそこから地続きな現在の話。未来につながるライフハックがあるとすれば「嫌なことがあった場合は、早く寝るのはかなり逆効果」「なんならギリギリまで夜更かしをして、その後2時間くらいぶっ倒れるように気絶するのが良い」「なぜなら、それが最も記憶に定着しにくいからだ」みたいな話がある。思い出したくないなにかが起こったときは使ってみるとよい。


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