私の人生で「身も蓋もないこと」を言う人、第一位の穂村弘さんの、身も蓋もないエッセー「わかりあえるか」
歌人の穂村弘。「わかりあえるか」というエッセイを、定期的に読み返す。
たぶん最初に読んだのは十数年前なのだが、その後、十数年に渡ってあのエッセイ以上に読んで、ぐったりするものもない、なのに読んでしまう名文。
エッセイはこう始まる。
男は分かり合いたいとは考えてない。そこから開始か。
「わかりあうって、一体何を?」
………
この一文のやるせなさが分かるあなたと、世界同時多発的に、一緒にがっくりうなだれたい。
さらに、穂村弘による、男の身も蓋もなさの開示は続く。
6300円…!?
ほーむーらー。そこすわれ。
とこれを読むたびに、今でも言いたくなる。
薄々感じてはいたけど、
男って愛しがいがある時期がやたら短いのは、6300円だったからなんですね。
どうりでね。
身!!蓋!!
一応、このエッセイの後半で、穂村弘は、完璧な男女間のシンパシーに憧れる気持ちはあるとし、探しに行こうとしてるぽく、そしてのちに結婚もしている。6300円よりはもうちょっと出してもいいかな?と思う相手は見つかったわけだ(←失礼)
この本の中の穂村弘は、表紙からして「大人になりきれないボク」的な感じでずっとジャージだし、歳も取らないし、なのに歳をどんどん取っていく私にたまに再読されては、ほーむーらー…!!と思われているのだから、アンフェア極まりないっちゃ極まりないんだけど。
中高年になって2回め同士で再婚した自分がいま思うのは。
「やっぱり6300円はないだろ、男ってまったく!!」という気持ちと、「分かりあうことを諦めることは幸せと地続き・・・」という気持ちの両方です。
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