はじめての友達(僕が失明するまでの記憶 6)

 両親はお世辞にも社交的とは言えなかったので、近隣との関係は(K会の人たちを除いて)希薄だった。それでも僕には幼馴染がいた。同じ路地の並び、角の家に住むRちゃんだ。路地を一人で歩いているとき、家の庭で遊んでいる女の子と目が合い、気付けば敷地内に引き入れられ、友達になった。まだ幼稚園にも行っていない、4歳ぐらいの頃だったが、生まれてはじめての友達だった。

 Rちゃんは髪がとても長く腰ぐらいまであって、僕よりもすらりとして背の高い大人びた女の子だった。後で知ったことには僕とRちゃんは同い年で、ともにいる兄もまた同じ学年だった。
 その日以来、僕はしばしばRちゃんと遊ぶようになった。しかし遊びに行くのはいつも僕の方で、Rちゃんが僕の家に来ることはなかった。

 Rちゃんの家には庭があり、なんと砂場まであった。玄関を入ると大きな水槽があって、色鮮やかな魚が気持ちよさそうに泳いでいた。部屋もたくさんあるようだった。いつも通される遊び部屋には大きなピアノが置いてあった(ただし弾いてもらったことはない)。出てくるおやつも食べたことのないものばかりだった。「今日はお菓子を切らしていてごめんなさいね」と恐縮しながら出されたシュガートーストは、それまでに食べたことのあるどのパンよりも香ばしく鮮烈で美味だった。
 Rちゃん、あるいはRちゃんの友達(みんな女の子だった)と遊ぶ以外は、一人で過ごすことがほとんどだった。親に遊んでもらったり、兄と遊んだりした記憶は不思議なぐらいない。先に紹介した漢字辞典やカラー図鑑、NHKの教育番組が最良の遊び道具であり、友であり教師だった。

 付言しておくと、Rちゃんとの関係は小学校に通うようになって以後急速に衰えた。クラスが一度も同じにならなかったことも災いし、言葉を交わす機会が減り、いつしか幼馴染だったという認識すら忘れ去られていった。あるいはそんな過去などはじめからなかったのだとでも言いたいほど、Rちゃんと僕とは疎遠になった。