2021年8月、レーザー照射で照射エネルギーの70%を核融合で得られた。


  英国BBCニュース*1は2021年8月18日、アメリカの「国立点火点研究所(NIF)」は水素を加熱・圧縮し、レーザー照射する事で核融合が行われる実験で2021年8月8日、1.35MJのエネルギーが得られた事を報じた。
報道によるとレーザーによる照射エネルギー1.9MJに対して水素の核融合から得られたエネルギーが1.35MJなので投入エネルギーの70%のエネルギーが得られたと報じている。この結果についてNIFを統括するローレンス・リバモア研究所の物理学者デビーキャラハン氏は「これは核融合と核融合コミュニティにとって大きな進歩です」とBBCのインタビューに答えた。
この1.35MJという熱量についてインペリアルカレッジ・ロンドンのキャラハン博士は「やかんに入れた水を沸騰させるに必要なエネルギーに相当する」と説明している。
 この水素をコンテナに閉じこめてレーザー照射で熱変換する「燃焼プラズマ」と呼ばれるものを達成したとNIFの科学者は信じているとBBCは報じている。
 このNIFの建設は1997年に始まり2009年に完成し、最初の実験は2010年10月に始まったと。類似の施設としては現在、フランスで建設しているlter施設があるが、lterは磁場を用いたMCF「磁場閉じ込め核融合」でありレーザーではないとBBCは報じている。

ここで話の発端であるNIFの2021年8月8日プレスリリース2を見てみよう。
リリースの冒頭で「NIFの重要な目標である核融合点火の限界に達成」とある事で、今回の成功は一つの「技術的マイルストーン」を通過した事はBBCの報道通り。しかしBBCの報道にないNIFを管理するエネルギー省の核物質管理部局、「核安全保障局(NNSA)」局長ジル・フルピーの次の発言がある「今回、NIFで得られた成果は核兵器の生産を近代化し、NNSAの新しい研究への道を開いたものです」と。またロスアラモス国立研究所所長のトーマス・メイソン所長は「実験室での実験的核分裂反応が可能な事は50年以上にわたるロスアラモス研究所の集大成です」と述べている。
 
 NIFが2010年10月に実験を開始して11年。その間に実験手法や装置の改良がロチェスター大学レーザーエネルギー学研究所をはじめ一般の国立研究所の原子研究部門などの協力で達成されたとリリースは結んでいる。ではNIFのレーザー施設についてはどうなのか。例えば2001年7月17日の長崎新聞の特集記事3にこうある。
 「ローレンス・リバモア研究所のレーザー核融合実験施設、国立点火施設(NIF)に、ガラス大手のHOYA(本社東京)の現地法人が、レーザー光線増幅用特殊ガラスを納入していることが明るみに出た 」
 この問題はその後、衆議院安全保障委員会平成13年6月14日議事*4でも社会民主党今川松美議員によって取り上げられている。政府見解としてこの件について政府参考人として、外務省総合外交政策局軍備管理・科学審議官、宮本雄二氏が「CTBTが禁止しております核爆発には該当しない」と答え、外務大臣田中真紀子氏は「核爆発につながるようなものでないというふうにことは間接的にきいております」とかなりあやふやな答弁になっている。
 答弁の歯切れが悪いのはNIFが発注した半分がドイツのショット社が受注し、のこり半分をHOYAのアメリカ現地法人が受注した為、日本の施政権の及ばない米国本土内での商取引だった事情がある。

ところで発注したNIFのリリース*5にはどう書いてあるのだろうか。リリースによると納入される光学ガラスはHOYAコーポレーションUSAのあるフリーモントに専用の新しい工場を立ち上げて製造されているとある。つまりアメリカ製なのである。
1枚のガラス板は790mm×440mm×45mm。水分含有率200ppm未満でNd蛍光消光が最小限に抑えられ、白金を含まない事でレーザー透過時の誘起損傷を起こさないネオジムドーブレーザ増幅器ガラススラブ500枚が製造された。別にフランスのレーザーメガジュールプロジェクト(ljp)向けに125のガラススラブを納品していると書いてある。
 リリース結語にはこうある。
“The experiments will help scientists sustain confidence in the nuclear weapons stockpile without actual testing. ”
「実験は、科学者が実際のテストなしで核兵器の備蓄に対する信頼を維持するのに役立ちます」
確かに核爆発はさせない。その点は日本政府答弁に間違いはない。しかし核兵器の質的向上を目的としていると当初から公式発表している以上、長崎新聞の報道にある原水禁の「核分裂反応を伴わない臨界前核実験よりも悪質 」と言う指摘は当たっている。

このような流れを理解しつつ冒頭の水素にレーザー当てて核融合が実現できたという発表を思うと、核兵器の質的向上はもはやアメリカの独断と言ってもよい。
 核兵器は作った瞬間から劣化がはじまっていて、その劣化を遅らせる技術や使用期限を見極める技術は核兵器新興国にとって喉から手が出る程の機密情報。逆にこの技術を取得しない事には核兵器を装備出来ない重要な事。
 さてなぜ、この時期ににこの発表か。本来ならば去年より延期されていたNPT再検討会議が8月に行われる予定であったのがコロナ禍により2022年1月に延期となったが、予定通りであればNTP再検討会議にこの発表がぶつけられていた可能性がある。
 つねに核兵器は有効な外交カードであり続ける様だ。

*1 BBC NEWS 2021年8月18日 「アメリカの研究所は、核融合の主要な目標の極限に迫っています」 https://www.bbc.com/news/science-environment-58252784?fbclid=IwAR3CB0fCcyflUe7_zotGFqqLFmAovzJ_PdSWINuAuVRCe42KuMnRRtcNVXE
*2 ローレンス・リバモア研究所2021年8月8日リリース 「NIF 1.3MJを達成」 https://www.llnl.gov/news/national-ignition-facility-experiment-puts-researchers-threshold-fusion-ignition
*3長崎新聞 2001年7月17日 被爆地ナガサキの課題1 「NIF問題 水爆開発につながる―原水禁 ”核爆発”に当たらない―HOYA https://www.nagasaki-np.co.jp/peace_article/2132/
*4 衆議院・安全保障委員会 第8号 平成13年6月14日議事録
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigirokua.nsf/html/kaigirokua/001515120010614008.htm
*5 2001年1月26日 NIFニュースリリース 「HOYAがNIF納入ガラスの生産を強化」  https://www.llnl.gov/news/hoya-steps-nif-glass-production

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