乗用タクシー国庫補助制度の創設による地域交通の今後の可能性について

 2021年4月上旬に、国土交通省は赤字生活交通への補助を中心とする「地域公共交通確保維持改善事業」の補助要綱を改正し、その改正内容を運輸局・自治体に通知した。

 その中で、特に注目すべきは、これまで国庫補助が一切存在しなかった乗用タクシー(※1)の運行経費(※2)への補助制度が創設されたことにある。

本稿の趣旨:過疎地交通の処方箋、そして、日本版MaaSに向けた大きな一歩

 今回のタクシー補助は、一見すれば、鉄道やバスが縮小・撤退していく地方部において、タクシー以外に頼るべき交通手段がなくなってきたという現実を国が追認した、というだけに見えるかもしれない。コミュニティバスもデマンド交通もない隙間をタクシー補助が埋めていくのか、というくらいの感想を持たれるかもしれない。

 しかし、今回の改正は、そうした後ろ向きの可能性ばかりではない。日本の地域交通全体を大きく革新する可能性を孕んだものである、と筆者(※3)は考えている。

 その理由は、大きくふたつある。
 ひとつめは、【デマンド交通の歪みの是正】である。タクシー補助がこれまで存在しなかったために、過疎地交通の課題解決としてデマンド交通が過度に偏重されてきた。今回の補助制度創設により、そうした歪みが解消され、タクシーがデマンド交通やコミュニティバスのニッチを獲得するのではなく、それをかなりの部分置き換えることになると予想される。

 ふたつめは、【地方部タクシー産業の投資環境の変化】である。タクシーは、現在世界中で進むMaaSと呼ばれるモビリティサービスの革新と極めて親和性が高く、特に、いまだ世界で十分な成功例を見ない地方部・過疎地での「ローカルMaaS」にとって不可欠なパーツであるが、公的補助を受けたタクシー産業が、そうした技術・サービス革新に向けた投資余力を得ることになるだろう。これまで、ただひたすらに撤退戦を耐え忍ぶ場だった地方部タクシーが、投資の対象となり得ることは、市場原理によるその生産性向上に道筋を付けるものになる。

【デマンド交通の歪みの是正】デマンド交通が偏重される現場

 デマンド交通(地域によっては、「デマンドバス」「デマンドタクシー」などとも呼ばれている。「乗合タクシー」と呼ばれる場合、デマンド交通である場合とコミュニティバスである場合との両方があってややこしいが…)とは、明確に定義された言葉ではないが、おおむね我が国において次のような交通サービスを意味する。

・一定の区域やルートを定めるが、常時運行されるわけではなく、利用者の需要に応じて運行される(多くは事前予約制)
・自家用車(白ナンバー)・一般ドライバー(1種免許)で運行される
・自家用有償旅客運送という制度により、一定の運賃を徴収できる

 デマンド交通は、特に、「自家用有償旅客運送制度」、そして「地域公共交通確保維持改善事業」の賜物といってよい。
 自家用有償旅客運送制度(長いので現場では「自家用有償」とよく略される)は、交通事業者(鉄道、バス、そしてタクシー)が交通サービスを提供できなくなった地域での移動手段を確保するため、本来は、交通事業としての許可を受けなければできない「運賃をもらって人を車で運ぶ」ことを、より簡易な形態でやってもよいこととする、という制度である。
 交通事業は、基本的に、特に安全性を確保するための運行体制、車両(緑ナンバー)、運転手の技量(2種免許)などをチェックし、許可されたものにのみ許される。それを、過疎地域など、もはやそうした事業者がきちんとした体制ではできない、という場合に、より緩い運行体制、車両(白ナンバー)、運転手(1種免許)でよし、とするものである。
 なお、運賃をとることはできるが、交通事業としての質を十分に有するわけではなく、また、そもそもまともに儲かるところなら、使っていい制度ではないため、通常の交通サービスよりも安い運賃のみ許される。
 交通事業ほどの質が求められないためにコストはそれなりに安いが、とはいえ、もともと需要がないからこそ実施されるものであり、高い運賃もとれないので、当然に、公的な支援を前提としたサービスとなる。そのため活用されるのが、地元自治体の支援はもちろんのこと、国庫補助としての「地域公共交通確保維持改善事業」である。
 この事業によって、様々な要件があるものの、地域内生活交通として必要であるとして補助対象となった自家用有償旅客運送制度によるサービスは、おおむねその運行赤字の1/2までの国庫補助を受けることができる。地元自治体は、その残る赤字を負担することになるが、国庫補助が存在する事業の負担ということで、総務省の特別交付税交付金の交付を受ける対象として、自治体負担額の80%を算定することができる。つまり、理論上、赤字の50%をまず国交省から受け、残るものの80%(赤字全体の40%)を総務省から受け、地元負担は、運行赤字全体の10%を負担することで、運行を維持することができる。
 なお、自家用有償旅客運送制度自家用有償旅客運送制度によってサービスを実施する場合、「すでに交通事業ではできない地域」であることを示す必要がある。地域における協議会などでバスやタクシーなどの交通事業者を交えて協議し、合意を得る、という流れが一般的である。
 以上の制度や補助の在り方は、コミュニティバスとデマンド交通で変わるところはない。ルートやダイヤが定まった「バス」的な運行になるのがコミュニティバス、需要に応じ、必ずしも常時運行されるわけではないのがデマンド交通、という違いがあるだけである。(なので、「乗合タクシー」と名乗っているが、デマンド交通ではなく、コミュニティバスというべきものがあったりしてややこしくなる。)

 さて、以上を踏まえて、地域交通の現場で一般的どのようなことが起こりやすいかを概括する。

 まず、コミュニティバスとデマンド交通の選択については、ふたつの理由で後者が選ばれやすい。
 ひとつは、地域のリソース不足である。白ナンバー車両を使えるからといって、そこらへんの自家用車を拾ってきて使うわけにはいかないし、手の空いている素人がそのまま運転していいわけでもない。自家用有償運送制度は、白ナンバー・1種免ドライバーについて、最低限の安全性を確保すべく、きちんと特定し、登録しておくことを求めている。そのため、自家用有償旅客運送の車両やドライバーは、タクシーや貸切バス会社などに提供を頼むことが多い。本当に地域のボランティアに頼むにしても、日中それなりの時間が空いている人は当然に少ない。そのため、常時運行のコミュニティバスではなく、必要なときだけ運行するデマンド交通の方が不足するリソースでも対応しやすい(と思われがちである)。
 また、ふたつめに、人口が散在していて、なおかつ、高齢者が多く、バス停まで歩いて移動することに困難を感じる利用者が多い過疎地域では、特定のバス停を定めた運行よりも、エリアのみ定めて、予約に応じて、家の近くまで来てくれるデマンド交通の方が好まれる。特に地方部はそれまで車依存の生活を送っていた人ほど、長い距離を歩く習慣がなく、「ドアツードア」という言葉が好まれる。

 そうして選択されたデマンド交通だが、サービスの時間帯や範囲は限定的なものとなる。市町村全域運行にできるのは稀で、市町村外に出られるものは数えるほどとなる。
 「交通事業者ができない範囲で許されたもの」だから当たり前の話だが、柔軟で広範囲な自家用有償旅客運送の設定には、地元交通事業者が反対する。だいたいのケースで反対する交通事業者が悪者にされるが、営利事業者として、許可事業者より安いコストでの運行を許された上に公的補助でダンピングされたライバルサービスに反対しないというのは、なかなか難しい。サービスの設定がうまくいく場合というのは、地元の交通事業者がきちんと稼ぐサービスを持っておりそこがすみ分けられている場合(観光地がある地域等)か、コミュバスやデマンド交通の運行を地元の交通事業者が請け負っていて(複数ある場合、〇〇町タクシー協議会などの形態で受託していると特に円滑にいきやすい)それ自体が事業者の大事な収入源となっている場合である。ちなみに、地元から完全に交通事業者が消滅してしまっている場合もあり得るが、そうなると、車両の手配やドライバーの確保、運行管理といった様々な知見を持つものが地元にいない、ということであり、そもそもコミュバスやデマンド交通の運行自体が難しくなる。

 結果として、運行エリアや運行形態などが細切れなデマンド交通が地域に様々に誕生することとなる。
 同じ市町村内に「〇〇号」とか「××乗合タクシー」みたいなサービスが複数存在し、しかも、市町村境をちょっと超えたところにある病院とかには使えない、(制度的にはOKなのだが)外から来た来訪者は予約できない、といった微妙にかゆいところに手が届かない仕様になっている、という現場があちこちにみられることとなる。

【デマンド交通の歪みの是正】望み薄なデマンド交通の生産性向上

 デマンド交通の収支率は基本的に低い。儲からないところを選んで設定され、儲かってはまずいという意識で運行されているから当たり前の話だが。
山形県におけるデマンド交通の2020年度の平均収支率は、16.7%。ちなみに、民間バス事業は、45.5%、タクシーでは、91.8%となる。
 この構造的に「儲かるわけがない」デマンド交通の生産性を上げようと色々なアイデアが飛び交う。
 良く言われるのがICTの活用である。予約制のデマンド交通の、特に予約部分を改善し、より利用しやすくしようというのである。
 なるほど。
 ICTが交通にもたらしたもっとも見えやすい変化は、検索・予約のシステム化であることは間違いない。
 ただ、デマンド交通へのICT導入は、他のモードに比べてコストが高い。
・ルートやダイヤが定まっていないから、検索サービスのフォーマットに載せるのが難しい
・利用者がサービスにたどり着き、予約したとして、そのニーズを配車状況と照合し、タイムリーに回答して、予約を確定させる必要がある
・乗り合わせをしようとすると追加の予約があった際の整合性や、影響を受けた前の予約者への連絡などの調整も発生する
・さらには、高齢者が多いため、電話予約などのアナログなサービスを切り捨てられない(営利事業ではないので基本的に利用者を「選別」できない)

 これが、コミュニティバスだと比較的ましになる。
・検索サービスへのフォーマットは簡便なものが全世界的に整備されており、民間バス情報と同じレベルのものを比較的低コストで提供できる
・予約を必要としない

 山形県の場合でもコミュバスの収支率(2020年度平均19.6%)はデマンド交通とほぼ変わらないが、ICTへの対応状況は全く異なることとなる。

(参照:山形県地域公共交通計画(R2年度末策定時点)46頁)
https://www.pref.yamagata.jp/documents/1484/keikaku1.pdf

 例えば、山形県では、2021年度初からコミュニティバス全路線のダイヤ・ルート情報の共通フォーマット化、オープンデータ化、Googleも含めた国内5大検索サービスへの提供を行うこととなった。これで、山形のコミュニティバスは世界のどのMaaSプラットフォームでも検索できるようになったわけである。
 一方で、県内デマンド交通において、予約をネット上で可能なサービスは1件。アプリ予約可能なサービスは存在しない。バックグラウンドの予約システムをシステム化しているサービスとすれば数件存在するが、いずれも独自のシステムであり、何らかのオープンなプラットフォームと連携しているものではない。

(参照:山形県地域公共交通計画(R2年度末策定時点)90頁)
https://www.pref.yamagata.jp/documents/1484/keikaku2.pdf

 コストの高いシステムを正当化するのは当然ながらスケールである。そしてデマンド交通は細切れに実施されている。
 さらにいうと、行政が主体となる以上、選ぶべき仕様や成果にあいまいな部分の多い利便性向上を求めるのは無理がある。そのような知見や裁量を担当は持っていないし、そうしたあやふやなものに使えるほど潤沢な予算を市町村は持っていない。

 ICT導入以外にも例えば運行エリアや時間帯を見直すとか、運賃を見直すとか、交通事業の生産性向上には様々な手段がある。
 しかし、先にも述べたように自家用有償旅客運送は大きく運賃をあげることはできない。運行内容も地元事業者との調整で決まるものであり、生産性を議論して決めるものでもない。できるのは、民意を背景に運行内容を「拡大」することか、コストを理由に「縮小」するかのいずれかである。
このうち、生産性向上に資するのは、「縮小」の方なので、勢い「生産性向上」とは「サービスの縮小」を意味する。
 (というか、生産性向上がサービスの縮小を意味するからこそ、地域からバスやタクシーが失われていったという現実があるので、その補填として行政が進出してきたエリアで生産性向上を言うのがどういう意味になるのかちょっと考えればわかると思うが…)

【デマンド交通の歪みの是正】ダンピングタクシーとしてのデマンド交通と連鎖的交通崩壊の未来

 さて、まともに生産性向上など望めない、細切れなサービスであるデマンド交通だが、拡大してほしい、という地域の要望は大きい。
 「デマンド」というところに、「効率的なサービス」という感覚を覚えるためだろうか。ちなみに、多くのデマンド交通は、予約がないときでも、あったときに備えて待機する必要があるため、そうした感覚よりも実際のコストは高い。(予約をかなり事前に設定すればそれなりに効率的に運行できるが、当然利便性が大きく損なわれる。)

 地域からのデマンド交通の要望は、だいたい以下のみっつになる。
・もっと広いエリアへ(特に市町村を越えて)
・もっと家や目的地の近くの乗降で(できれば「ドアツードア」で)
・もっと安い運賃で

 どこへでも行けて、どこでも降ろしてくれる注文に応じた交通サービス。
素晴らしい。
 それよく知ってます。タクシーって言うんですよね。
 便利ですよね。高い?いや、それは便利だからですよ…。サービスが便利であればあるほど高くつくのは当たり前では…。

 小職が、担当課長の頃、何度かこの「市町村外へのデマンド交通の拡充」を県議会で問われ、そのたびに答弁したキーワードは、「ダンピングタクシー」であり、「麻薬」であった。
 デマンド交通とは、つまるところ公費でダンピングしたタクシーである。医療における麻薬と同じで、使わざるを得ないときもある。
 しかし、その用量用法はきちんとしなければ、気持ちよくなってどんどん依存してしまう。
 デマンド交通をどんどん便利にどんどん拡大したらどうなるか。
 公費でダンピングされたタクシーが走り回れば、当然、タクシーもバスも廃業する。
 そうするとますますデマンド交通の需要が高まる。
 そして、それは常に公費でダンピングされているわけで、そうなる頃には公費負担はすさまじい金額になる。
 で、サービスが縮小される。当たり前だが、バスやタクシーは戻ってこない。特にバスは間違いなく戻ってこない。
 地方部のバス路線はほとんどが赤字であり、ごく一部の黒字路線や貸切バスや旅行業などの隣接業で穴埋めしている。
 バス会社からすれば、赤字路線は、地域との関係があって続けてはいるが、何か理由をつけてやめられるならやめたいとしか思わない路線である。
当たり前だが、赤字路線に新規参入するバカは基本的に資本主義社会においてはいない。

 麻薬に頼って、体の健康を害し、死ぬことになる。
 しかし、安く便利なデマンド交通は、人気である。そして、前述したとおり、その市町村負担の90%は国が持つ。そして、多くの都道府県は国の制度に準じた市町村交通支援予算を持っている。山形県も同様で、市町村負担の10%の半分は県が持つので、市町村負担は実に赤字額全体の5%まで圧縮される。市町村、特に、過疎地の交通に悩む財政余力に乏しい自治体が、「麻薬」と言われようと、タクシー補助ではなく、デマンド交通を選ぶことを、この状況で誰が責められるだろうか。

【デマンド交通の歪みの是正】タクシー補助が切り開く、あるべき選択

 利便性の高いデマンド交通はダンピングされたタクシーである。
 では、タクシー運賃をそのまま補助してやればいいのではないか?

 500円のデマンド交通を走らせるなら、タクシーを使ってもらって500円を利用者が払い、その差額を公費支援したら?
 白ナンバー・1種免許のデマンド交通より、車両や人件費の単価は、タクシーは高くつく。
 しかし、予約も運行管理のシステムもすでにある。車両やドライバーはその過疎地交通のためだけに保有しているわけではなく、空き時間にあちこちで稼いで来れる。
 タクシー営業区域の範囲ならどこで客を拾っても問題はない。市町村境を越えることなんてわけもない。営業区域規制は片道運行といって、着地か発地どちらかが区域内であることを求めるものなので、全国どこへでも行ける。
 ICTのようなシステム導入も、タクシー会社全体としての観点で考えられ、投資される。他社との連携もしかり。実際、全国規模のタクシー検索・予約・決済アプリは複数存在する。

 もちろん、それですべては解決しない。タクシーを呼んでもなかなか来れない過疎地。タクシーを呼んで、行って帰ってきたら、それで一日かかって、差額を自治体負担しようものならとてつもない負担になる地域。そういった地域において、例えば、行政が車両を入手し、地域のボランティアドライバーにお願いして、デマンド交通を営む意義はもちろんある。そして、そうしたサービスに異議を挟むタクシー事業者やバス事業者はおそらく存在しない。
 (いや、うちの地域はそうだ、という方もおられよう。そうした事業者は、その自家用有償旅客運送がどんどん広がっていくことを恐れていると思われる。これまでタクシー補助という選択肢が自治体になく、デマンド交通は地域住民の拡大プレッシャーにさらされやすかったこれまでにおいて、その危惧は決して見当はずれのものではなかった。)

 今般のタクシー補助制度は、まさにこうしたタクシー運賃と利用者が地域交通の日常的な手段として支払える額の差額を市町村が負担する措置(タクシー運賃低廉化)に対するものである。
 これまで、かたや運行赤字の5%しか負担しなくていいデマンド交通があり、かたや一切国庫補助の無い(ということはほとんどの県で(山形は違うが)県補助もない)タクシー運賃低廉化があった。前者に市町村が偏るのは当然のことだった。
 今般のタクシー補助制度が、こうした歪んでしまった地域の選択を正常化させ、かたくなだったタクシー事業者の地域連携を加速させるものであることは、ここまでのデマンド交通の課題を見れば自明のことと思う。
 そう思って、山形県は、今年度予算から、市町村の公共交通支援メニューに市町村のタクシー運賃低廉化事業を加えていた。特に、中山間の過疎地を抱え、かつ、車依存が激しく、デマンド型・タクシー型のドアツードア交通を必要とする県として、全国に先駆けて、デマンド交通の偏りを是正しようとしたものであった。それが一瞬で国庫補助制度に追いつかれたことは、うれしい驚きだった。
 なお、現時点では、国庫補助によるタクシー運賃低廉化は補助額100万円というデマンド交通やコミュニティバスには無い上限がはまっている。
今後、当県としては、このタクシー補助を現場で活用し、さらなる予算措置の拡充を訴えていくことになるだろう。

【地方部タクシー産業の投資環境の変化】MaaS対応が進まない日本の(特に地方部の)タクシー

 MaaSの定義も様々あるが、簡単に言えば「利用者目線で、ひとつの移動をひとつのサービスとして提供することを可能とするシステム」のことではないだろうか。
 (少なくとも国交省でMaaSの定義を書き下す際の担当者の理解としてはこういうところだった、と言い訳しておく)
 鉄道会社やバス会社、タクシーなど、供給者側がそれぞれに情報を提供し、利用者がいくつものサービスを検索し、見比べ、それぞれに検索・予約・決済を行って使うのではなく、利用者からみる分には、出発地から目的地までのサービスがあたかもひとつの事業者が一括して提供しているかのように、交通モード毎、事業者毎の垣根が見えなく、感じなくなるサービスがMaaSの理想となる。

 日本においては決済は、交通系ICカードで比較的なんとかなる。また、都市部であれば、鉄道やバスが出発地から目的地までおおむね整備されており、特に検索に関して言えば、乗換検索の進歩で、事業者やモードが違ってもひとつの検索サービスで一元的に乗換検索できるようになってきた。都市部限定でいえば「日本のMaaSは既にSuica導入の段階で成立していた」と言う識者もいる。

 が、そういう鉄道やバスのような定時定路線の交通手段が整備されていない地方部においては、そうはいかない。
 そして、そうなったときに、出発地からバス停まで、駅から目的地までといったいわゆる「ラストワンマイル」の手段を担うのがタクシーである。

 タクシーが、車両管理や配車予約をシステム化しており、かつ、それらが外部サービスと連携しやすいものになっていれば、様々なMaaSプラットフォームのラストワンマイルを支える交通手段となる。
 さらには、自動運転が進んだ将来、もっとも期待される交通サービスが配車・送迎が自動化・効率化された自動運転タクシーであることを考えれば、こうしたMaaSプラットフォームに組み込まれたタクシー事業の未来は明るい、はずである。

 が、地方部のタクシー事業者の多くが、アナログな車両管理・配車予約のままである。山形県においても、全国的なタクシーアプリに出てくる事業者はごくごく一部でしかない。

(参照:山形県地域公共交通計画(R2年度末策定時点)89頁)
https://www.pref.yamagata.jp/documents/1484/keikaku2.pdf

 何故か、を実際に事業者に問えば、おおむね同じ答えが返ってくる。
・投資できるような余裕がない
・管理や配車にこまるほどの多頻度の予約も多くの車両もない
・地域の利用者のほとんどがスマホを使わない

 デマンド交通と同じでは、と思われる方も多かろう。
 ただし、デマンド交通と違い、タクシーは、サービスを広げることも、吸収合併も自由である。
 そして何より民間の営利事業である。
 地方部のタクシーは厳しい厳しいと言いながらも時流を見ながらすこしずつでも様々な生産性向上の努力を続けている。
 例えばキャッシュレス化に関しては、上記のような厳しい状況下でも、山形県下で、何らかのキャッシュレス対応を行っているタクシー車両は、80%を超えるまでになっている(クレジットカード対応が66.7%、交通系ICカード対応が34.0%、その他電子マネー対応が29.6%、QR決済対応は、78.3%)。

(参照:山形県地域公共交通計画(R2年度末策定時点)94頁)
https://www.pref.yamagata.jp/documents/1484/keikaku2.pdf

 タクシーは前に進んでいる。ただ、その歩みが地方部では遅い、というだけである。

【地方部タクシー産業の投資環境の変化】投資余力の底上げとタクシーのMaaS対応が進む未来

 山形県に限って言えば、タクシーの生産性がなぜ向上しないか。理由は非常に簡単である。
 儲からないからだ。
 県内タクシー事業の収支率は、90%以上と、県内交通事業の中で抜群に高い。しかし、それでも100%を超えない。
 経済合理的に考えれば、100の投資をして、100以上に回収できない分野に追加的な投資は行われない。
 しかもタクシーには公的補助が無かったのだから、バスのように補助金も勘案すれば、追加的投資を正当化できるものでもなかった。

 タクシー運賃低廉化への国庫補助は、この状況を変えることができる。
運賃低廉化への公的支援により、タクシー利用者は増え、増収が見込める。デマンド交通との不合理な競合がなくなれば、利用増・増収はより大きく見込めるかもしれない。
 特に、これまで、営利事業としてほぼ見られなかった地方部のタクシー事業の収益化が見込まれることは大きい。
これまでは、地方部、特に過疎地のタクシー事業はほとんど惰性で行われているに等しかった。
 運転手がどんどん高齢化して少なくなり、最後は、社長がひとりで回している個人タクシー化し、廃業へと至る。
 しかも、地域住民はそうしてぎりぎり維持されているタクシー事業を感謝して利用するどころか、デマンド交通が欲しいと言うばかり。
 そういうところに、進出する民間事業者がいるとは想定し難い。万一、今現在一定の収益が見込めるとしても、地元自治体がいつ住民の声に押されてデマンド交通導入を決め、地域に残ったわずかな収益源も刈り取ってしまうリスクもあるとなれば猶更である。

 運賃低廉化への公的補助により、こうした地域のタクシー事業が、まっとうに儲けになる将来像が描けるようになる。
 そうなった場合、例えば、地方部のタクシー事業者が規模を拡大できるかもしれない。
 複数の事業者が合併し、スケールメリットを出したり、域外の大手事業者が地域の小規模事業者を買収にかかるかもしれない。
 そうして、事業者に追加投資の余力が生まれれば、そこでシステム開発も期待できる。
 あるいは、収益化した中小事業者相手の共通の配車予約基盤などのクラウドサービスを売るベンダーもさらに活発化するだろう。
 いずれにしても、地域の調整という生産性とはまったく別の理由で、サービスが細切れにされることもなく、運行主体が行政となって、創意工夫のインセンティブが損なわれることもない。
 タクシーがきちんと過疎地域でも収益化し、それを狙って様々な生産性向上に資するサービスが開発される。
 さらには、それらがMaaSプラットフォームを介して、バスや鉄道と繋がることで、バスや鉄道の需要も底上げすることにもなる。
 なぜならば、ラストワンマイル交通がタクシーによってきちんと整備され、しかも必要であれば行政が支援して安価に提供できるとなれば、バスや鉄道がそのスケールメリットが活用できない支線交通を無理に維持する必要がなくなるからである。バスや鉄道がそれぞれの特性に応じたそれなりの輸送ニーズのある幹線に集中し、その利便性を上げ、細かな毛細血管的な交通を、ハード・ソフトともに充実させたタクシーが担う。
 儲からない行政サービスであるデマンド交通でイノベーションが起きて、民間のタクシー事業に波及するということは考えにくいが、その逆は自然な流れであり、タクシーの車両、自動運転を含むドライバー、そして予約等のソフト面の様々な進歩は、そのままデマンド交通に適用されることとなるだろう。
 (タクシー補助も適用できない地域の公的支援100%の交通サービスがデマンド型である必要性は無いと思われるので、「ボランティア交通」とでも括る方が適切だろう。なお、後述で補足するが、タクシー補助制度創設は「ボランティア交通」にも非常に大きな、そして良い影響があるのではと考えている。)

 鉄道=バス=タクシー=ボランティア交通、という需要や収益性に応じた役割分担がなされ、何より、民間交通事業が適切な収益をあげることで、生産性向上のサイクルが回り、その結果として、すべてのサービスがMaaSプラットフォームによって繋がる、そういう将来への第一歩が、実は、今回のタクシー補助制度創設なのではないか。

【派生的な論点とそれらへの短答】

 上記を読んでいると、以下のような派生的な論点について気になる人もいるだろう。ここで論じるとあまりに長文になるので、簡単な短答にとどめ、関心がある人が多ければ、また、別の機会にしっかり書いていきたい。

〇そもそも運行経費の補助(赤字補助)は必要か?市場を歪めるのでは?

 補助金は、市場原理を歪める。しかし、公共交通は補助金が無ければ市場原理的か、とは考える必要がある。公共交通には様々な規制がかけられている。概ね安全性の確保と利用者利便の確保のためだ。そして、そうした規制対応のコストがかかる一方で、運賃には厳しい規制がはまっている。そして、公共交通の受益者は利用者だけでなく、目的地の施設や人流がそもそも維持する地域全体である。ようやく近年「クロスセクター効果」という言葉が広まってきたが、要は、そうした様々な波及効果を税金で集め、公共交通に運賃以外の形で還元することは、受益者負担の点からも、市場原理からいっても不当なことだろうか?すくなくとも現行の規制がはまっている限りは、補助金が無ければむしろ公共交通は本来の受益者全体から適切に投資を回収することができないのではないか。
 もうひとつ、考慮すべきは、現行の補助制度の仕組みが「路線単位」であることだ。日本の公共交通は、かつては今ほど補助金に依存しない形で運行できていた。それは、都市部路線での高い収益を地方部赤字路線に回し、ネットワーク全体で収益構造を維持するという、いわゆる「内部補助」のお陰である。しかし、2000年代に交通事業が自由化され、都市部黒字路線を自由競争に晒す一方で、赤字路線には路線ごとに行政が補助を入れて維持することとし、「内部補助」を理論上は排除する仕組みとなった。内部補助の原資であった黒字路線で叩き合って黒字を吐き出せ、と言っているのに赤字補助は不要となる道理は無いはずである。なお、実態としては、公的補助は地方赤字生活路線の維持には到底足りず、内部補助は実態としては残った。2019年の独禁法で地域交通への適用除外が設けられたのはこの現実を反映し、「内部補助」を国が正式に認識して保護する第一歩となった。

〇ライドシェアはタクシーの存在を無意味化しないのか?

 ライドシェア、特にUberのビジネスモデルは、様々な形でタクシー事業に革新を迫った。アプリによる相乗りマッチング、ダイナミックプライシング、事前確定運賃…。ただし、それらの技術革新は、タクシーにもほどなく取り入れられ、日本でもタクシー相乗り規制の緩和や事前確定運賃の導入は決定されている。そうしたサービス面の革新という意味ではライドシェアは「利便性を向上させたタクシー」に過ぎない。
 一方で、ライドシェアがそうしたサービス改善以外でタクシーと決定的に異なる競争力を持つ理由は、そのコスト構造である。要は、運転手と車両を非正規雇用に切り離し、コストを(コストにまつわる責任を)一気に削減したからである。非正規化と賃金デフレの地平に事故と犯罪の多発する未来が見たければ、どうぞ、というしかない。逆に労働者の権利や自己責任等をきっちりしていけばいくほどライドシェアは限りなくタクシーに近付く。執筆者個人としてもギグエコノミーの将来像は明るいと思うが、ギグ化すべきものとそうでないものが世の中にあり、タクシー事業は少なくとも後者であるという点は譲れない。交通事業が安全規制を緩和して収益化を図った先に何が起こってきたか、我々は軽井沢や関越道の悲劇で十分に学んできたはずだ。

〇許可登録不要運送(ボランティア交通)は不要になるのか?

 近年、交通事業者の手が回らない地域が増えたために、地域の様々な輸送資源を活用して、地域の移動手段を確保しようとする創意工夫があちこちで起きている。そうした際に、よく議論される概念が、「道路運送法の許可・登録を要しない運送」である。要は、道路運送法が「有償の」旅客運送を規制するものであることから、運賃とみなされないレベルの金銭を何らかの形で受け取ることで、あるいは、完全にボランティアで運賃を取らないことで、道路運送法の規制の埒外で人を運んでしまおう、というものである。「無償運送」とか「ボランティア運送」と呼んだりもする。
 こうした取り組みの中の一部は、タクシーが補助を受けてそのサービスを充実させていけば、その時点でタクシーを活用することで必要なくなるものもあるだろう。とはいえ、多少の補助を受けてもなおタクシーでは到達できない交通不便な地域やニーズ、時間帯は必ず発生する。なので、タクシーの国庫補助創設は、決して「許可登録不要運送」の存在そのものを無意味化することはない。
 むしろ、これまでこの「許可登録不要運送」については、これまでなかなか明快な法令解釈や運用がなされてこず、現場を大いに悩ませてきたが、その原因のかなりの部分は、制度所管官庁である国交省がタクシーとの競合を恐れ、踏み込みきれなかった部分が大きいのではと考えられる。そのため、タクシーが、特に過疎地域においても、きちんと収益化する図が描けるようになれば、これまで不明確だった運用にしっかりとした線を引き、きちんと地域の創意工夫に基づくボランタリーな交通手段を支援することができるようになるのではと思う。そういった意味で、今回のタクシー補助制度創設は、ボランティア交通に取り組む観光や福祉、医療など交通以外の他分野の関係者にとって大いなる福音となる可能性がある。

〇自動運転は公共交通そのものの意味をなくすのでは?

 公共交通のコストの大きな部分は人件費が占める。そして、物理的な人の稼働限界もその利便性を大きく下げている。(夜間、地方部のタクシー台数が少ないと不平を言っても、タクシー運転手の平均年齢が恐ろしい勢いで上昇している以上、仕方ない話だ。)自動運転は、そうした公共交通にとっての救世主となる。また、一方で、自動運転は少なくとも当面は導入コストが高い上に、管制や整備など運用コストも高いだろう。公共交通事業、特に幹線や都市部タクシーを中心に先に自動運転が導入されるのは公共交通になるはずだ。むしろ実稼働時間が2%しかないと言われる自家用車をあえて保有する人がいるのか?自動運転でコストが大きく下がり利便性が飛躍的に上がる公共交通があるのに?というわけで、個人的には、地域公共交通は自動運転が普及する時代まで耐え忍べば良い「援軍の来ることがわかっている籠城戦」だと考えている。そして、自動運転が普及すると、人件費という最大のメリットを失ったライドシェアの意味がなくなる。(自動化が進むのは常に人件費が高い分野だと歴史が証明しているから、ライドシェアの普及はむしろ自動運転の普及を阻むだろう…)自動運転が進んだ未来、公共交通優先のまちづくりをした地域は、幹線を中心に速やかに自動運転を普及させ、公共交通のコストを下げてさらなる利便性向上を勝ち取るだろう。自家用車依存の地域は、無数の自家用車をひとつひとつ自動運転に切り替えるコストに悩む市民と、散在する駐車場が無意味化して呆然とする土地所有者とを抱えて立ち往生するだろう…。

〇タクシーと地方部の観光振興への関係は?

 地方部のタクシーにきちんとお金が回り、サービスが拡充されることによる効果は、例えば個人旅行(FIT)化が進む観光業界において、マイナーだが、多様な観光資源の活用が可能となる。また、持続的な行政補助があることで、タクシー事業者は行政と協議するインセンティブを持つようになるし、行政もいざというときにタクシー事業者をコントロールできるツールを手に入れる。特に観光がほぼ唯一の成長産業となっていることが少なくない地方部では、行政は比較的観光事業者と近しい関係にあったが、タクシー事業者とは疎遠であることが多く、地域二次交通の取り組みがなかなか進まない原因のひとつでもあった。今回のタクシー補助は、宿泊などの観光事業者とタクシー事業者のわだかまりが減って、観光地域交通の活用がさらに進むことに繋がる、という効果も期待できる。

【2021年7月追記:タクシー補助の実績】

 自分の所属の不利益にならないよう、一旦公開を停止していましたが、再公開。

 先月(2021年6月)末に無事に山形県地域公共交通計画が改訂され、南陽市と尾花沢市の二市において、タクシー運賃低廉化補助事業の実施が計画に記載され、国への補助申請が行われました。制度創設後間髪を入れずの申請となり、認められれば当然全国初の事例となります。

(まだ協議会開催情報が更新されていませんがいずれ…。)

 また、南陽市では補助創設以前から国の補助なしに事業自体は実施されていましたが、この7月初旬に、同事業の担い手である沖郷地区地域公共交通運行協議会が、国交省の地域公共交通優良団体の大臣表彰を受けました。

 今後も、地域公共交通の最適な組み合わせを試行錯誤していく上で、地方部でのタクシー事業の在り方について、引き続き、地域の現場の創意工夫を最大限引き出すべく、県・市町村・国・事業者等の関係者一同で頑張っていく、そのひとつのモデルとなってくれればと願っています。


※1 「乗用」と「乗合」という用語

 タクシーへの国庫補助というと、これまでも「乗合タクシー」には存在したではないか、と思う人もおられよう。「乗用」という言葉は、利用者がタクシーをA地点からB地点まで貸切って利用する形態を意味する。これに対して「乗合」というのは、先に利用している利用者がいたとしても途中から別の利用者が別の目的で乗ってきて別に運賃を払うものを指す。(複数人のグループが示し合わせてタクシーを利用し、途中で何人かを拾ってもらう形式は、「ひとつのグループが一度の利用のために貸し切っている」ことになるので乗用となる。)バスや鉄道のような乗合のサービスとしてタクシーの車両を使う場合、「乗合タクシー」と呼ぶことがある。これはバスなどの乗合のサービスに偶々タクシーが良く使う車両を使っているだけなので、「乗用」というタクシー独自のサービス形態ではなく、そのため、コミュニティバスなどが受けられる国庫補助をそのまま受けられるものがこれまでもあった、ということである。

※2 タクシーに「運行経費補助」は無かった、という意味 

 車いす用リフトなどのユニバーサルデザイン(UD)タクシーへの補助や、キャッシュレス化支援など、タクシーを対象とする国庫補助が全くなかったわけではない。しかし、バス、コミュバス、デマンド交通あるいは離島航路に対するもののような赤字運行となるサービスに対して、その運行経費を支援する、という補助がこれまで存在しなかった、ということである。

※3 筆者のバックグラウンドについて

 本稿に特に関係する部分としては、度重なる高齢運転者の事故により高齢者の移動手段確保が政府全体の課題となった2017年頃から、ライドシェアやMaaSといった新たな技術・サービスの出現への対応、さらには独占禁止法の地域経済課題への対応に向けた改正といった論点が盛んとなった2019年頃まで、国土交通省の公共交通政策担当の課長補佐を務め、その後、山形県庁の総合交通政策課長として二年間、自治体交通政策に携わってきたというものがある。ただし、言うまでもないことだが、本稿は、筆者個人の意見をまとめたものであり、国交省及び山形県いずれの組織の意見を代表するものではない。執筆者経歴その他の詳細はプロフィールを参照されたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?