「なぜUber配車サービスは日本で失敗したのか?」に対する交通政策担当者としての私見

「なぜUber配車サービスは日本で失敗したのか?」という記事が友人から「なるほどと思った!」と回ってきたので、読んでみました。

https://coralcap.co/2021/04/why-uber-ride-failed-in-japan/

 Uberの日本導入に関する記事を読んで、論理構成に納得感があり、もしかしたらUber以外においては全く妥当するかもしれないが、日本の交通政策分野の専門的知見が無い故に、Uberに関する議論としては実際と大きくずれてしまっている、という好例に感じました。
 特に、ライドシェアはテック側の発信が多いのですが、交通業界からはシュプレヒコール的な反論が多く、きちんとその課題や現状を整理した発信が少なくて、「保守的な抵抗勢力」と見られがちなのでは、と思っています。
 もちろん、私の感じ方も私見ですが、この手の記事に交通政策担当者の側からのコメントが付くことが少ないと感じるので、ご笑覧ください^^

Uberをふたつの特徴に切り分ける必要

 まず、第一にUberのサービスの特徴はふたつに切り分けて考える必要があります。

(1)タクシーサービスとしてのイノベーション
(2)シェアリングエコノミーによるコスト低減化
のふたつを切り分ける必要があります。

 (1)については、Uberが導入した相乗りマッチング、アプリ決済、運賃の事前確定、ダイナミックプライシングといったものです。
 こうしたイノベーションはタクシーサービスの値段を柔軟化し、ICT技術の進歩にあわせて、需給をうまく調整し、新たな移動ニーズを掘り起こしました。この点Uberはまさに破壊的イノベーターとして素晴らしい役割を果たしました。
 ただ、これらのイノベーションは、要はほぼ「タクシーサービス」としてのイノベーションで、タクシー事業がそのまま取り込むことができるものでした。なので必ずしもシェアリングサービスとしての事業である必要はないものだったのです。

 (2)については、運転手と車両を、そして事故等のコストも含めて「シェアリングエコノミー」として、非正規化し、コストを大きく減らすという手法です。
 シェアリングエコノミーという言葉で彩られましたが、大部分のUberドライバーは実際には専業だったことが明らかとなり、単なる非正規化でしかなかったことは世界中で問題になっています。

ふたつを一緒くたにしたために叩かれがちな日本の交通業界

 もちろんこのふたつは密接にかかわっています。コストを大きく低減させることで、イノベーションを利益に繋げるためのスケールをUberは実現しました。
 しかし、「Uberがなぜ日本で広まらなかったか」と言うとき、そしてそれを「日本の課題」として捉える時、このふたつをごっちゃにすることは議論を混乱させます。(反論する交通業界もごっちゃにしがちで、それがさらに「抵抗勢力っぽさ」を助長してしまっている気がします…)

(1)タクシーサービスとしてのイノベーションは日本に普及しなかったのか?

 (1)に関していえば、Uberの革新は世界中で模倣者を生み、タクシー事業に強烈なプレッシャーをかけました。また、こうしたイノベーションは、「ライドシェア」だから実現できるものではなく、ほとんどは「タクシー」としてのサービス形態のまま導入できるものだったので、シェアリングサービスとしてであろうが、タクシーサービスとしてであろうが各国で普及しました。(相乗りはかつてはタクシーでできないことの最たるものでしたが、これも日本では規制緩和されることが決まりました。)
 なので、(1)のイノベーションは普通に日本にも及んでいます。タクシーの相乗り規制緩和、事前確定運賃の導入は既に政府として方針決定されており、ダイナミックプライシングについても、タクシー以外の交通モードも含めてほぼほぼ導入の方向性が固まりつつあります。アプリ配車についても次々とサービサーが生まれ、拡大しています。
 大都市圏のタクシーで、アプリ配車ができないもの、キャッシュレス決済ができないものはほぼ無くなりつつあり、事前確定運賃等の導入が決まれば、速やかにそれも浸透するでしょう。
 「Uberが日本に普及しなかったのでそのイノベーションが日本だけ遅れている」というのは実態とは違うのです。
 ちなみに、地方部ではもちろんこうしたイノベーションはなかなか浸透しません。が、逆にこれは非常によくあることなのですが、海外の地方部も同じではないかと思います…。自分が海外の地方部を公共交通を使って移動して回ったのは少し前になりますが、フランスでもアメリカでもイギリスでも、ちょっと地方部に出ればUberなんてろくにつかまらず、現地語しかできず、現金でしか決済できないタクシーをどうにかこうにか苦労して使いました。当たり前ですが、技術的イノベーションは投資が回収できる大都市から順次広がります。上海やロンドンで広がっているサービスが山形で使えないといって日本が遅れている!と言われるのはちょっと…と思います。

(2)シェアリングエコノミーによるコスト低減化は日本に必要だったか?

 一方で、(2)は、まさに日本が頑なに拒んだものです。ただここもふたつの話にわける必要があります。

 ひとつは、拒むべきものをきちんと拒んだ、という話です。
 自分もシェアリングエコノミー全体を否定するものではなく、むしろシェアリングによる社会リソースの有効活用も、副業・複業による所得向上も大いに歓迎すべきと思います。しかし、これは特にシェアリングエコノミー推進派であればこそ気を付けるべき論点と思いますが、シェアリングエコノミーがふさわしくない業種やサービスがあることはきちんと認識し、そうしたものを切り分けることはギグエコノミー全体を促進する上でも重要だと思います。
 現下の日本の最大の経済課題が賃金デフレであることは衆目の一致するところです。シェアリングエコノミーが世の中のお金になるものを増やす・所得を増やすという本来のゴールに向けてではなく、非正規化を促進し、賃金を切り下げる理由として使い倒されることは防がなくてはならないし、また、安全性確保の責任が分散され、最も立場の弱い非正規労働者に押し付けられ、利用者の安全も損なわれることも避ける必要があります。
 Uberはある意味世界規模の社会実験をやり、交通事業はシェアリングエコノミーに馴染まない(あるいはそのためには規制ツールや安全運行技術のさらなる開発が要る)ことを明らかにしたのだと思います。
 特に、日本の交通事業は、運転手をはじめとする低賃金化が進み、また、バス事業中心に規制緩和が悲惨な事故発生に繋がってしまった辛い結果も実際に複数生じています。苦しむ交通事業労働者をさらに搾取し、利用者からは見えにくいブラックボックスである安全性を犠牲にするということは、防ぐべくして防いだのだ、と思います。

 もうひとつは、タクシードライバーの非正規化を心配しなくて良い領域、つまりタクシーサービスの手が回らない領域(福祉や過疎地交通など)では、道路運送法の「有償」「無償」の定義のグレーな部分を巡り、様々な取組が行われ、時に行政と激しい応酬を重ねながら、今日も地域の現場では悪戦苦闘が続いている現状を無視しているということです。
 もちろん、リンク先の記事が指摘する日本的な「固さ」がハードルになっていないとは言いません。非常に大きな障害として立ちふさがっています。でも、現場も行政も関係者は日々少しずつそこをこじ開け、グレーな領域での活動を増やしています。正直、この分野においては、Uberの存在は、ただの邪魔でしかありません。関係者が社会的なニーズを理由に行政と議論していたところに、「グレー領域を使わせるとこんな悪いことが起きます」という悪例を示してしまったからです。
 Uberをネタに日本の対応を議論する上で、「道路運送法の許可・登録を要しない運送」というグレーゾーンを巡り、わが国の福祉・観光・地域活性化分野でこれまでもこれからも何が起きているかをきちんと踏まえた議論をして欲しいと思います。

 Uber、そしてライドシェアという黒船は日本において、サービス改善の大きな契機を生み、また、規制に関しても様々な改正のきっかけを提供しました。
 その点で、Uberはもちろん日本にとっても大きな意義のあるサービサーでした。しかし、Uberへの対応というときに、乱暴にひとくくりにして、「日本は失敗したよね」というのはさすがに暴論に過ぎます。

余談:日本の交通規制が固い主犯


 なお、それでも(1)の論点中心に、やはり日本の業界規制対応はスピード感がなかった、徹底していない、と指摘する方も多いと思います。

 それは日本の全分野、という大きな主語にしなくても、日本の交通事業規制が諸外国に比べて固い理由はきちんとあります。
それは、他の先進国であれば、公共サービスとして行政が責任を持つような儲からない部分の交通サービスまで、日本では民間交通事業者に担わせてきた、という特徴です。
 日本の業界保護的な規制は、それによって、赤字生活交通を民間事業者に維持させるエクスキューズでもありました。つまりそうした規制緩和を進めるなら、きちんと地方部赤字生活交通への公費負担を確保しなければならないのです。

 そして、わが国財政当局は交通サービスへの補助金に向けてずっと厳しい目を向けてきました。ならば、業界として、また、業界所管官庁として、業界規制の緩和には常に二の足を踏むのは当然の理なのです。
 何が言いたいかというと、交通業界に対して規制緩和を求めるなら、現在、年間百億円にも満たない我が国の地方部生活路線へのバス・タクシーの赤字補助をもっと増やせば良いということです。

 文句は規制当局じゃなくて財政当局に行ってね、と(笑)

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