第1話:はじまりの依頼(1)【SW2.0/EE/赤髪のフレイ】

1日目(朝)

 薄い光がまぶたを刺激して、フレイの意識はゆっくりと浮上した。なんだか体が動かしづらい。妙にふわふわとしたものに包まれて、おまけになんだか優しい匂いがする。
 うっすらとまぶたを開くと、白い布が目に入った。これは一体、なんだったろうか。使い古された背負い袋を枕にしていたはずで、それはこんなにも白かっただろうか。
 ぼんやりとそれを眺め、フレイは飛び上がった。見慣れない部屋に、見慣れないベッド──剣。
 机に立てかけてあるのを見つけ、ベッドから飛び降りて剣をかき抱く。一瞬にして上がった心拍と呼吸を落ち着かせようと、ギュッと体を縮こませた。ひんやりとした床と剣が、冷静な思考を取り戻していく。

 ──そうだ、変な人間の家にいることになったのだった。

 呼吸を繰り返しながら、昨日のことを思い出す。
 ローレンス・ヴェルチというのは、強引で変な人間だ。フレイが人間と敵対する蛮族で、ドレイクの子どもであることを知ってなお、自分の利益のために人間の村に、あまつさえ自分の家に留め置くと言う。あの人間は蛮族の方が向いているのではないかと思う。
 そこまで思って、フレイはくつりと笑った。

 ──それは自分も同じではないか。

 人間も蛮族も、根底は変わらないのかもしれない。己の欲というものの前には。
 それでも、ここの人間は善良なのかもしれないと思った。猫の子よろしく風呂に投げ入れられたが、綺麗な寝床や清潔な服まで与えてくれる。どうして子ども用の服があるのかは分からないが、事情があるのだろう。
 大きく息を吐き、顔をあげた。窓を見上げるとカーテンの隙間から薄い陽が差している。太陽の角度からして、朝の6時くらいだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えた時、靴音がした。近付いてくる。一人だ。それならば、あの人間──ローレンスだろうか。ドアがノックされ、高くもなく低すぎもしない声が響いた。

「フレイ、起きているかね?」

 起きている、と答えると、ローレンスは食事の用意ができているから出てこい、とだけ言って、遠ざかっていった。耳をそば立てていると、食器がカチャカチャと音を立て始めた。本当に一人で準備をしたようだ。

 ──“あいつ”とは大違いだな。

 働かざる者食うべからず、と、布団をむしり取り叩き起こし、火を起こすところから始めるあの朝とは。
 フレイは自分の体温で暖まった床から立ち上がり、冷たい靴を引っ掛けてドアを出た。ふわりと空気が変わった。食事を温めた時の独特な香りが鼻腔をくすぐる。小さくお腹が鳴って、空腹を感じた。
 ローレンスはフレイに気付くと、一瞬固まった。首を傾げると、大きなため息をつかれる。なんなんだ。

「──とりあえず、座りなさい。明日からは、身支度を整えてから来るように」

 フレイはポカンとしてローレンスを見返す。着替えてから出てこい、ということだろうか?
 とりあえず頷いて、フレイは椅子によじ登るように座り、剣をテーブルに立てかける。テーブルの上には、パンとスープとサラダが並んでいた。スープは昨日と違って白濁としており、野菜の他に肉が入っている。なんだか香りが甘い。スプーンで掬うとトロリとした感触がして、口に含むとさらに甘さが広がった。ローレンスがパンをスープに付けて食べるのを見て、フレイもそれを真似てみる。硬いパンがふわりと柔らかくなり、小麦の甘さが口いっぱいに膨らんだ。日が過ぎたパンでもこんなに美味しく食べられる方法があるとは、フレイにとっては新鮮な驚きだった。

「今日から出掛けるか?」

 食事が終わり、身支度を整えて部屋から出ると、ローレンスが声をかけてきた。
 フレイはただ頷く。何もせずにこの家にいる理由もないし、命はローレンスに預けたも同然。しかもこの男、1日宿泊するごとに20ガメルを支払うよう要求してきたのだ。冒険者としてフレイを雇ったのだから当然の要求なのだが、フレイは所持金がほぼ無い。魔物を倒すなり、“エターナル”を見つけるなりしなければ、借金だけが積み重なっていく。それだけでなくとも、この家にただいるというのは、居心地が悪い。

「それなら、これを着けて行きたまえ」

 ローレンスは真紅のリボンを取り出した。

「これは〈命のリボン〉というマジックアイテムだ。これを身に着けていれば、君が死んだとき、すぐに見つけられる」
「ムナクソ悪いことを言ってくれるな」
「当然だ。君は蛮族で、しかもドレイクだ。“穢れ”があるだろう」

 “穢れ”というのは、魂に重なる。普通の魂は輪廻を巡るが、蘇りを行うと魂に“穢れ”が生じるのだ。そして完全に魂が“穢れ”てしまうと、その身はアンデッド(不浄な不死者)となる。
 蛮族の魂は、生まれた時から“穢れ”ている。これは荒ぶる神々がわざと“穢れ”を与えることで、生命が持つ全ての力を解放させ、より強い生物を作ろうとしたからだと伝説は言う。だからこそ、蛮族は蘇りを行わない。そんなことをして魂に“穢れ”が生じれば、即座にアンデッドになってしまうからだ。

「蘇りなんてしたくない」
「私とて、そのつもりはない。だが放置すれば、君の遺体はレブナントになってしまうかもしれないだろう。それはお互いに困る話ではないかね?」

 フレイは唇を噛む。その通りだ。
 レブナントというのは、弔われなかった死体に穢れた魂が取り憑いた動く死体だ。生前の記憶を持つことはほとんど無く、ただ生者への強い怨念を抱き、見境なく死を撒き散らす。

「分かったら、こちらへ来たまえ」

 ローレンスは椅子を指差す。すごすごと座ると、ローレンスはぎこちない手付きでフレイの髪を束ね始めた。

「なっ──!?」
「暴れるな。私とて得意ではないが、この長い髪は邪魔だろう」

 燃えるような真紅の髪に赤いリボンでは映えやしないが、と言いながら、ローレンスはフレイの髪をまとめ上げる。フレイはムズムズするような気持ちで座っていた。

「村人たちには、私の家に親戚の子どもが居候に来ていると言ってある。安心して村を歩くと良い」

 そう言って、ローレンスはフレイを見送った。フレイは何か落ち着かない気持ちで、ロングマントのフードをしっかり被って、村の外へと向かう。

 ──変なヤツ。

 いや、フレイが偶然にも関わることになった人族というのは、みんな変人だ。蛮族であるにも関わらず、力のない出来損ないの子どもだからか、口では悪様に言いつつもお節介を焼いてくる。
 積極的に命を奪いに来るわけではないから、有難いと思うべきなのだろう。幸運だとさえ言っても良い。命と引き換えに利用されるのだとしても。
 村はローレンスの家の前の中央広場を中心に広がっていた。牧歌的な雰囲気で、畑があったり、牛がのんびりと草を食んでいたりする。
 空を見上げると、太陽が高くなり青く染まってきたところだった。今日は良い秋晴れとなりそうだ。探索には持ってこいだろう。


名前:フレイ
種族:ドレイク / 種族特徴:暗視、限定竜化
性別:女 / 年齢:14歳くらい / 生まれ:戦士
レベル:2 / 穢れ:3
HP:26/26・生命抵抗力:4 / MP:12/12・精神抵抗力:4
技能:ファイター(1)スカウト(2)レンジャー(1)セージ(1)
戦闘特技:かいくぐり
<装備品>
武器:ブロードソード
鎧:ソフトレザー
盾:バックラー
頭:〈命のリボン・赤〉
首:首飾り(天然石)
背中:ロングマント(フード付き)
<所持金>
現金:64 G / 預金・借金:0 G

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