第1話:はじまりの依頼(2)【SW2.0/EE/赤髪のフレイ】

3日目(朝6時)

 村を出立してから一晩が経ち、フレイはようやく[山岳]に辿り着いた。彼の持っていた古文書によると、謎の帝国“エターナル”に続く手がかりが、この山岳にあるという。
 ゴツゴツとした灰色の岩肌を剥き出しにした山。裾野には針葉樹の森が広がっている。

「山岳と一口に言っても、広すぎる……」

 思わず口に出し、フレイはため息をついた。生き延びるためとはいえ、何かとんでもないことを引き受けてしまったような気がする。手掛かりがあるとは聞いたが、その手掛かりがどんなものかも分からない。扉なのか、アイテムなのか、それ以外なのか──考えても仕方ない。古文書に『山岳にある』と書いてあるのだから、そのよく分からない何かをとにかく探さなくてはならない。

 ──途方もない話だ。

 ローレンスは村を発展させるため、と言っていたが、本当にそれだけなのだろうか。こんな子どもを、しかも蛮族と嫌うドレイクを脅し、食事と寝床を提供してまで、見つけたいものなのだろうか。
  そこまで考えて、フレイは頭を振った。どうせ彼女がやることは変わらない。命を握られ、それをやると言った。このまま戻らないという選択肢も無いわけではないし、ここに辿り着くまでに何度も考えた。しかし、自分の赤髪をまとめたあの不器用な手を思うと、このまま逃げるという気持ちは萎えてしまう。それに、自分も目的があって、あの村を訪ね、人間の家の扉を叩いたのだ。
 フレイは1度目を閉じ、そして開く。昨日は1日何事もなく夜を越せたが、ここから先も同じとは限らない。フレイは改めて周囲を見回した。フレイが立っているのは、ちょうど針葉樹の森への入り口だった。緩やかな斜面になっており、枝葉の隙間から遠目からも良く見えた灰色の岩山が鋭く聳え立っているのが見える。

 とりあえず周囲に目を光らせつつ、針葉樹の森を探索する。静かな森だった。下生えの草を踏む音、遠くで鳥の鳴く声、風が吹いて木々の葉が揺れる以外、これといった音もしない。魔物の気配もなく、まるで平和な森だった。もうしばらく探索をしてみても良いが、この山岳一帯をぐるりと回ってみるのも良いかもしれない。岩山を中心に回れば、迷子になることもないだろう。
 フレイは岩山を右手に見ながら、針葉樹の森を抜けていくことにした。

 針葉樹の森を上り抜けると、草地が広がっていた。晴れた空にゴツゴツとした灰色の岩山がくっきりと浮かび上がっている。何だかほのぼのとした空気に、何をしに来たのか忘れそうになる。
 その時。
 フレイの耳に下草を踏む音が聞こえ、振り返りざまブロードソードを抜き放った。それは驚いたように「うお」と声を上げる。まだ距離は遠く、それもまさかフレイが振り返るとは思わなかったような反応だ。

「ちょ、ちょっと待て。落ち着け。俺はただの猟師だよ」

 両手を上げてそう言う男は、確かに一般の猟師のように見えた。携えている猟銃も獣を撃つためのものだし、何より装備品がお粗末だ。忍び寄ったつもりもなかったのかもしれない。フレイは警戒は抱きつつ、剣を引く。

「おまえ、ここで何をしている。一般人が来るような場所か?」

 フレイが言うと、男は肩を竦めた。

「山岳の主のことを言ってるのか? それなら狩りに行ってるから、しばらく戻らんだろう。だから俺も猟に来たわけだし……」

 山岳の主、なんていうものがいるのか。ローレンスのやつ、そんなことは一言も言っていなかった。だが、これはとても有用な情報だ。

「そうか。知らなかった。助かる」
「おいおい、危ねえな……あんた冒険者かもしれねぇが、不用意に巣に近付いたりするなよ。しばらくは平気だろうけど、相手は空飛んで来るんだからな」

 空を飛ぶ魔物がいる。今は狩りに出ているから安全。フレイは小さく復唱し、肯いた。空を飛ぶ魔物であれば、巣は高い場所に作るだろう。ならば、とりあえず岩山に近付くのはやめた方が良いかもしれない。最も、手がかりとやらがその巣にあるとしたら、行かざるを得ない。今、その魔物がいないなら好都合と言えなくもないが……

「おい、今なら行ける、とか馬鹿なこと考えるなよ。相手はラプテラスだからな」

 フレイの思考を読んだかのように、猟師は呆れたように言った。
 ラプテラス──記憶を辿るが、聞いたこともない魔物だ。知らないということは、非常に強力な魔物の場合もある。村へ帰ったら、ローレンスに聞いてみるのが良いかもしれない。
 それにしても、情報が曖昧すぎやしないか。“エターナル”の手掛かりといい、山岳の情報といい、ローレンスに対する怒りがフツフツと湧いてくる。

「最も、君には選択肢など無いのだがね──ドレイクの子ども」

 ローレンスの声でその言葉が蘇り、フレイは小さく息を吐く。そうだ、どちらにしろ、選択肢はなかった。生き延びるためには。
 猟師に改めて礼を言い、別れた。しかし一般人とは言え、人間というものはお節介な生き物だ。フレイのことを人族だと思ったのだろうか。──きっとそうなのだろう。ドレイクと知ったら、話すこともなく逃げ出すだろうから。
 改めてフレイは草原を見やる。何もなさそうに見えるが、手掛かりが何かわからない以上、何かないか確認する必要はある。
 フレイは森から草原へと足を踏み入れた。

「……ん?」

 草原を歩きながら目を凝らしていると、何かの歯を見つけた。〈レミングの歯〉だ。レミングは、体長は50cmほどのネズミのような外見をした幻獣で、単独で行動することはほとんどなく、大体の場合が群れで行動する。幻獣と言っても知能は動物並みで、積極的に襲いかかってくるものではない。それこそ偶然にも群れに遭遇しなければ、大した相手でもない。それでも幻獣に分類されるので、その歯は売り物になる。“エターナル”の手掛かりを見つける他にも報酬があるに越したことはない。
 レミングの歯を拾い上げようとしたところで、手の甲にチクリと痛みが走った。咄嗟に手を引くと、手の甲に小さな引っ掻き傷ができており、赤い血玉がプツリと盛り上がっていた。フレイは小さく舌打ちをし、マントの裾を引きちぎって手首を絞め、腰に下げた水袋で傷口を洗う。ピリピリとそこに傷口があることを伝えてくるが、大出血というわけでもない。
 当て布をして止血を施すと、フレイは息を吐き、改めて花を観察する。白い小さな花だ。茎には何もないように見えるが、そっと花弁を裏返すと、鋭利な棘がある。おそらく、これに触れてしまったのだろう。
 その棘に気をつけながら改めてレミングの歯を拾い上げ、フレイは立ち上がった。


 途中、細い崖道を通り抜け、フレイは再び針葉樹の森へと足を踏み入れていた。見上げれば枝葉の隙間からあの岩山が見える。〈レミングの歯〉を再び拾い上げながら、さらに奥へと進んだ。
 針葉樹の森が途切れると、そこかしこからゴツゴツとした岩が隆起した山の斜面に出た。間もなく昼になろうとしているが、まるで世界を閉ざす巨壁のように、どこまでも高く聳え立つ灰色の山の威容が、南の空を遮り暗い影を落としていた。

「うーん、どこに落としたんだろう」

 殺風景な岩肌に子どものような声が聞こえて視線を移すと、人間の子どもが岩に座り込んで首を捻っている。困ったなぁ、とかブツブツ言いながら、しきりに首を捻っている。
 無視をするにはあまりに無防備で、フレイは立ち尽くしてしまった。こんなところに人間の子どもがいるはずがないと思うし、それならば魔物の可能性がある。しかし、もし人間の迷子だとしたら、手助けをした方が良いのだろうか。そんな暇は正直ないし、戦えない者を連れてどこかへ行けるほど剣の腕があるとは思っていない。

「あ!」

 子どもが声を上げ、フレイはビクリと体を震わせた。あちらの子どもの方が、人懐こい笑顔で近寄ってきたからだ。背丈はフレイより少し小さいくらいだろうか。足場の悪さを物ともせず、深くフードを被ったフレイを不審者と疑うでもなく、子どもは無邪気に声をかけてきた。

「あのねあのね、リモ、この山にある遺跡の守番をしているドゥナエーのところに遊びに来たんだけどね、大切な角笛をどこかで落としちゃったみたいなの。探してきてくれないかなぁ?」

 何か色々と聞き捨てならないことを、子どもは事もなげに言った。



名前:フレイ
種族:ドレイク / 種族特徴:暗視、限定竜化
性別:女 / 年齢:14歳くらい / 生まれ:戦士
レベル:2 / 穢れ:3
HP:23/26・生命抵抗力:4 / MP:12/12・精神抵抗力:4
技能:ファイター(1)スカウト(2)レンジャー(1)セージ(1)
戦闘特技:かいくぐり
<装備品>
武器:ブロードソード
鎧:ソフトレザー
盾:バックラー
頭:〈命のリボン・赤〉
首:首飾り(天然石)
背中:ロングマント(フード付き)
<所持金>
現金:64 G / 預金・借金:0 G
<取得>
〈レミングの歯〉❌2

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