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【臆】哲学マッピング【見】

ローティの補遺の記事では割愛したものがあります。それは、私の意見ではあるものの、今、哲学に触れるなら知っておいて損はない、一つの見解です。
今回は、「それ」と、付随して、すごい臆見を含んだ、現代の哲学研究のマッピングを試みたいと思います。
ただ、ガンヲタキモいという方……マッピングの部分は読まずに閉じてください。

ローティは現代哲学の分水嶺

 私の見解。もったいぶるほどのものではありません。西欧哲学をさらっと知ってみたいな、触れておこう、という人……よりも、若干深く哲学に関わる全ての人。例えば、哲学から考え方の着想を得たいと思う人や、仕事で活かそうという人、あるいはアカデミック、在野問わず、哲学を研究しようとする若い人。「わるいこといいません。ローティだけは読んで、理解しておきましょ」ただ、それだけです。
 別にローティの意見に賛同する必要はありません。もちろん、逆の立場に立っても構いません。私だって、哲学的側面で見解の違いは多々あります。ただし、知っておく必要はある。……分かりやすいエクリチュールに抵抗がありますが、今回はいわばお遊び回。理由を箇条書きにしますか。

  • ローティ知らずして哲学書を読むのはコスパが悪い

  • 到達点(水準)を知ることで読んでいる本のレベルが測れる

  • その思想(考え方)がどれぐらい現代とギャップがあるか分かる

  • その哲学のアクチュアリティがどういうポジションからのものか分かる

 ローティは、現代哲学の到達点だと思っています。かつてそういう哲学者がいましたね。ヘーゲルです。ヘーゲル以後にヘーゲルを知らずに哲学するのがバカげたことだったように、ローティを知らずに哲学するのは、デメリットの方が多いです。
 そしたら逆に、これから哲学を読んでみようという人が、ローティから入るのがコスパがいいか、というと、とても残念なことにそれは無理です。ローティは、難しいロジックとか、持って回った言い回しは、基本的にかなり少ない方です。ところが、ある程度(つまり完全にではなくていいのですが)の理解のためには、哲学だけでなく文学はじめ人文学の素養と、自然科学(現代数学、物理学)の素養が必要です。細かく挙げたらきりがありません。言語論とか、芸術すらトピックスになります。したがって、私の哲学者紹介記事を全部読んでも、全然足りないということです。ぶっちゃけ、私だって足りない状態でローティを読んでるわけです。でも、本を読むってそういうことです。お伝えしたいのは、ローティの本は入り口にふさわしくないということです。

哲学が現代的であるための隠れた要素

 既に哲学に親しんでいる人は、ご存知のことでしょうが、「科学哲学」が重要な要素です。具体的には、クーンやファイヤアーベント、ポパー。フランスなら、カンギレム、バシュラールなどですかね。科学哲学を経由するとほぼ自動的に解釈学にも接続されます。とはいえ、さっき名前を挙げた人の本を読む必要はないです。適当な解説本で十分でしょう。
 科学哲学が重要である理由ですが、自然科学においても人間科学においても、理論における相対性は前提だからです。フーコーも、もともとは科学哲学畑でした。フーコーがポスト構造主義より頭一つ抜けていたのは、明らかに科学哲学を経由していたからです。つまり、それをしてないと、時代遅れになっちゃう、と思っておいてください。
 ローティは、バリバリに科学哲学の成果を前提にしますし、そこから人間科学の諸学(社会学、文化人類学など)の成果にもアクセスします。また、いわゆるハードな哲学(分析哲学など)も同じです。特権的な学問分野などない。それが肝ですから。
 ただし、科学哲学の知見がいつまで有効かは不明です。少なくとも現在は有効だと考えています。

哲学研究をマッピングしてみよう

 ローティが分水嶺であるならば、「ローティ以前」と「ローティ以後」で分けれるはずです。お遊び程度にマッピングしてみましょうか。お遊びというのは、学術的には無理(エビデンスがない)というか、そういう硬いのにはしたくないってのがありますし、もう一つ。どうしたって「以前」の方を過去のものとして表現することになります。悪くいいたいわけではないのですが、以前以後のマッピングとはそういうものです。そのニュアンスを緩和するために、ガンダム(宇宙世紀)のジャーゴンを拝借したいと思います。知らない人は、腹立たしいかもしれませんが、もし知ってたらかなりいい線いってると思いますよ。その前に……

お前、ガンヲタだろ

 残念ながら違うんです。私のテレビを見ないという習慣は、恐ろしいことにかなり幼少のころからなのです。だから、ガンダムだろうが、ウルトラマンだろうが、仮面ライダーだろうが、全部テレビで見てません。逆に、映画は親に連れていってもらったので、ゴジラとか(映画の)ドラゴンボールとかは経験しているんですけどね。
 じゃあ、知らないくせに比喩に使うのかというと、そうでもないです。非常識な量のガンプラを持っている親しい友人――アカデミシャン(大学教員)で、今度の大阪万博でもバンナムと協賛して、なんかやるそうです――彼との(過去の)濃密な交友において、ドゥルーズ=ガタリの読解と同時にガンダムの知識も得ていますから。

ローティ補遺の記事からの若干の位置ずらし

 ローティの補遺では、ローティをアムロに例えました。基本的にはその位置を流用しつつ、逆シャア以後の「ユニコーン」にローティが攻撃したいわゆる「現代思想」をあてています。これは同時代のもの=ローティ以前であるということで、許してください。

Presented with xmind

以下、与太話レベルの解説です。
 まず、イメージですが、ローティ以後のMS(モビルスーツ)は大気圏内を飛行可能と思ってください。ようするに、ローティ以後のMSと、以前のMSが戦闘をすると、以前のMSはただの的です。

ローティ以前

1年戦争周辺

 今も昔も、1年戦争のアレンジだったり、周辺の出来事に関する映像作品、マンガ、ゲームって極端に多いですよね。したがって、いわゆる西欧哲学のボリュームゾーンがここに該当します。挙げている3名はあくまで例ですよ。
 ほんとに1年戦争ってニーズがあるんでしょうね、お金になるからこそ新商品も生まれる。まぁ、でも、実戦ではポンコツでしょう。使えません。このカテゴリーの哲学を「真理が書いてある」と思って読むのは、完全に時間と能力のムダです。いや、個人的には好きですよ、ドアンザクとか。

ゼータ計画

 トリコロールガンダムとしては、Z、ZZ、イオタ(スペリオル)といったところでしょう。ただ、後付で非常にごちゃごちゃしたTR計画もここにはいってますね。このカテゴリーは、ぶっちゃけ、「1年戦争」というボリュームゾーンと、「ユニコーン」の間、という消極的な分類です。もちろん、挙げている3名は目安程度です。
 ここの人(哲学者)たちを、部分改造して実戦投入している哲学研究者って一定数いますよね。ただまぁ、MSとしてはでかいし燃費悪いですよね。整備にも膨大なコストがかかるし、有効な戦力を発揮するとしても、それ、オカルトパワー(バイオセンサーによるもの)でしょ。

ユニコーン

 さっきのカテゴリーよりもひどいオカルトパワーの頂点であり、エネルギーの無駄遣いの頂点。ジオン側(袖付き)の人は、1年戦争のMSを引っ張り出してきて特攻したりします。ラプラスの箱については、開けたときの肩透かし感と、開けても意味ないと証明済みであるというのが、現代思想のイメージにピッタリはまってます。
 ガンプラとしては、(TRみたいにごちゃごちゃしすぎていなくて)敵味方ともカッコいいし、昔なつかしさが含まれているところもオジサン世代にはうれしいのは分かります。しかし、実戦ではサナリィのMSに手も足も出ない現実に目を向けてください。

ローティ以後

ローティ以後は、以前のように時系列ではなく併存をイメージしてほしいと思います。もちろん、宇宙世紀としては順序がありますけど、それは置いておくってことです。

ナラティブ

 なぁんでガンダムの名前がナラティブだったんでしょうか。ミシェルが名付けたその由来自体が、ナラティブという言葉と関係なくて私には理解できません。不死鳥=ユニコーン3号機ということで、このカテゴリーは、ユニコーンの現代的活用です。必ずしも文芸や文化研究に限らず、現代思想の概念装置を使った諸研究ですね。様々あると思います。4号機とか5号機とか。
 これを以後に分類しているのは、ローティの指摘を分かった上で、現代思想を用いるのはありだと思うからです。とはいえ、「以後」枠における例外ですよ。大気圏内を飛べなかったはず。たぶん。

マフティ動乱

 MSとしてはクシィやペーネロペー。ついに大気圏内を飛行できるようになります。ただ、依然としてでかい。
 つい最近、ドライブ中に息子が「ファンネルミサイルって誘導ミサイルでしょ」とかなり本質的な質問をしてきて、私はミノフスキー粒子について説明する羽目になりました。勘弁してください。
 とはいえ、ミノフスキークラフトによる飛行が可能になった点は、それまでのMSと一線を画します。しかし、引きずっているものも多く、「以後」であることを明確に説明することは難しいです。ただ、少なくともユニコーンのカテゴリーではない位置で、現代的な意義をもちうるものとして、イタリアンセオリーがあると思います。

クロスボーンバンガード

 F90からX3辺りのMSです。それまでのMSと明確に差があり、少し手を入れれば十分現代で通用するもの、というカテゴリーです。サイズが小さくなっているというのは、ローティの哲学的ミニマイズとよくマッチしている特徴だと思いますし、それまでのMSのあり方の否定の比喩にもなっています。
 代表例がアナーキズムなのは宇宙海賊のイメージに引っ張られすぎているかもしれませんね。他には、ローティの正当な継承者や同時代人でご存命の方たちを含めることができるでしょう。

Vガン

 DUSTを置いておくならば、最新鋭MSがこのカテゴリーです。ただし、最前線ゆえにその成果が判明していないものというカテゴリーでもあります。そういう意味では、ここは比喩になっていませんね。強いて言うなら、DUSTの技術後退を含めることができるかもしれませんが、そう断定するのは時期尚早でしょう。
 ローティを踏まえて、敢えて逆戻りした分析哲学や、総合学としての哲学、倫理学的側面に重点を置いた科学哲学、メタ哲学などが該当するのでしょうか。私としては、notoの紹介記事が一段落したら、追いかけてみたいと思っています。

さいごに

 「お前、マインドマップの使い方間違ってるぞ」と思った人……あー、たしかに。そんなことってあるんですね、自分でもびっくりしました。

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