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哲学とビジネスについての概観

この記事では、哲学的な思考がビジネスの場でどのような役に立つのかについて、個別事例・テーマではなく、概観を紹介してみたいと思います。

過去の講演の紹介

まずは、2019年に北海道大学で開催された講演会「哲学と『現実』世界 哲学者はコンサルタント・アドバイザーとしてどのような働きをすることができるのか」でのトマス・ヴィルヘルムさん(Dr. Thomas Wilhelm)の講演内容のまとめを引用します。トマス・ヴィルヘルムさんはドイツの哲学コンサルティング会社プロジェクト・フィロソフィの創業者、共同経営者ですが、詳しくは引用先を参照してください。
【学会レポート】哲学と「現実」世界 哲学者はコンサルタント・アドバイザーとしてどのような働きをすることができるのか – BIZPHILO

ヴィルヘルム氏はまず、簡単に自身の仕事内容を紹介した。氏が手掛けるコンサルタントやセミナーで中心的な位置を占めるのは、「コミュニケーション」、「リーダーシップ」、「生産的議論」、「コンフリクトマネジメント」などだ。ヴィルヘルム氏は、これらを理解したり実際に指導したりする際、哲学を通して培った能力が活かされていると語る。

では、哲学を通して、私たちはどのような能力を身につけられるのだろうか。「哲学者」と聞くと、超然とイスに座って思考実験を繰り広げ続ける人たち、というイメージがあるかもしれないが、ヴィルヘルム氏によると哲学者は次のような「スキル」に秀でているという。

・概念を明晰に分析する能力
・合理的な理由づけ
・クリティカルシンキング
・大局的な視点
・ネガティブ・ケイパビリティ(曖昧、不確実なことに忍耐する能力)
・勤勉さ
・独自の思考方法

また、哲学者がビジネスの現場で役に立つのは、これらの能力のいくつかを「断片的に」持っているからではなく、「体系的に」備えているからだという。上記のスキルのうちどれかが得意だというだけではその効用は半減してしまうそうだ。

引用先記事執筆者:白水大吾さん

私なりの整理

この内容を、言葉を変えながら私の経験を踏まえて整理してみます。

哲学的思考のお役立ち方

①俯瞰的・長期的視点

企業の規模を問わず、スタートアップのステージを終えた企業の「経営」においては、事業について広い視点から考える必要がでてきます。また、現在や直近の仕事のやりくりだけではなく、自分たちの未来について……例えば「自分たちはどうなっていたいのか」「やりたいことって、そもそもなんなのか」と考えることも大切です。

②クリティカル・シンキング

クリティカルって言葉は馴染みがありますか? 「クリティカルヒット!」のクリティカルと同じです。ただ、哲学ではとてもよく使う言葉で、日本語にするなら「批判的」という訳になります。日常用語では批判的という言葉が「非難する」と同じ意味で使われていますが、これはよくある誤用ですね。本来の意味でクリティカル・シンキングを言い換えると、「本質をついた思考法」といったところでしょうか。私は個人的に「本質」という言葉はごまかしだと思っているのですが、まぁいいでしょう。もっと平易に言うなら「(問題点は)ズバリ、これ」みたいな考え方、になります。

この①と②は、まさに哲学的な思考が最も得意とする性質で、③④⑤全体に関わってくるので、このように並べてみました。

③概念化・分析

これは、マーケティングにおいて顧客のニーズを深掘りするときになども役立ちますね。概念化というと難しく感じられるかもしれませんが、「コンセプト」から考えるということ同じです。あと、それをどのように解釈するかが分析ですね。(哲学分野でいうと現象学や解釈学が好きそうなテーマです)
ガチガチの論理的思考というよりはむしろ、直観やフィーリングが大事になってきます。

④合理的根拠付け

どちらかといえば論理的なのはこちらですね。「合理的」というのも、日本語と英語(ドイツ語)でニュアンスがずいぶん違う言葉だったりします。これも説明し始めると記事が長くなるので、簡単に言いますが、理性的とか論理的と同じような意味だと思ってください。そして、何か経営における意思決定(これそのものはオーナーの信念とかでもいいですが)を管理職者や従業員方に伝える際には、理屈で納得できるような根拠のあるものでなければいけません。この「何に基づいた判断なのか」「その判断基準」について考えること(根拠付け)は、たしかに哲学者が得意とするところでしょう。

⑤不確実な出来事への耐性

引用では「ネガティブ・ケイパビリティ」となっていたものを思い切って言い換えています。
③と④は、感性と理性の違いはあれ、(②を主な思考法として活用しながら)予測可能な領域を扱っていました。しかし、現実の経営では、予測できない事態が起きます。それはしょうがないのですが、そのときに、慌てたり、焦ったりして判断を誤ることが、大きな企業でも小さな企業でも、あります。哲学的思考ができる人は、そのような事態への耐性があるということです。そのときにベースとなるのが①なのです。
たしかに、予想としては織り込んでいなかった。でも長い人生の中ではそういうことあるよね、と捉え、肝を据えて、落ち着いた判断ができるということです。

⑥勤勉さ

これは、真面目に働きますよ、ということです。
というと、さすがに単純化しすぎですね。哲学者は、厳密な思考ができたり、地道に文献を調べたり……確かに得意でしょう。それに加えて、私が強調したいのは、いわば「当事者意識」のようなものです。
みなさんが名前を聞いたことのあるような偉大な哲学者は(全員が全員ではありませんが)「行動する人」でした。古典とされている本も、書かれた当時は、強烈な政治的意図があり、出版や反響を機会にして実際に行動を起こす人が、哲学者です。それについては、個人個人を取り上げる記事で紹介したいと思うので、楽しみにしておいてください。
さて、そういう意味で今まさに起こっている経営上の課題に対して「真面目に」(ドイツ語ではエルンストに、とよく言います)向き合うこと、それが勤勉さという言葉に込められた、哲学者の特性です。

⑦独自の思考法

これについては、図の位置づけは、厳密ではないです。枠の外にあってもかまわないと思います。哲学者(に限らないと思いますが、人に)は考え方においてもユニークさを持っているものです。逆に言えば、その人でなくても同じように考えるよね……これはつまり、コモンセンス(常識)のことですが、それではない考え方ということです。よく「常識を疑え」と言ったりしますが、哲学者は、確かに当時の常識から外れていることの方が圧倒的に多いです。あまり、目立たないかもしれませんが、常識にとらわれないことは、哲学者は得意といえるでしょう。

経営参謀としての哲学者

哲学的思考を身に着けている人は、これら7つの特徴を、比重の違いはあれ全体的に持ち合わせているといえます。それが引用文中の「体系的に」と強調されている部分の意味です。7つの特徴をバラバラではなく、関連づけてもっているということですね。
経営者自身が、そのような思考法、思想を持っていれば、素晴らしいことです。とはいえ、経営者は高い実務能力も求められることが多いですね。そうであるなら、助言者として、あるいは仰々しい言葉ですが参謀として、哲学的思考ができる人が経営をサポートすることには、意味があるのではないでしょうか。
経営レベルだけではありません、雇用されて働く人にとっても、必要とされる能力ということができると、私は思っています。それについては、別の記事で、角度を変えて取り上げてみますね。

ここまで読んでいただいた皆さんに、ここだけの話。私は「これからの社会人には哲学が必要だ」なんて、ちっとも思っていません。現代哲学は、明らかに成果を出せずにいる、負け犬です。しかも、哲学を取り上げている多くの人が、デカルトとかヘーゲルとか……いったいいつの時代の人なんだ、と思っています。かといって、ポスト構造主義も不毛でした。それももう、何年も前の話です。
ようするに、私は哲学を崇めている側ではないということです。それでも、哲学を学んでみたいな、と思っている人(そして挫折する人)はある程度います。そんな人たちを心から応援していきます。

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