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ハヤシライスが食べたい

ハヤシライスが好きだ。

具は何だって良いが、じゃがいもは控えめが良い。人参は大きくても良い。牛肉は大きければ嬉しいという単純なものではなく、柔らかく解れるようなものなら大きいと嬉しいが、煮込み控えめのさらさらしたお皿であるなら薄い牛肉で構わない。玉ねぎはお皿の上であまり出会う機会がないような気がするが、それは固形での話。溶け込む彼の気配を感じられるだけで良い。福神漬けはしっかり水気を切ってあると、凄く嬉しい。赤でも黄でも構わない、温かく濃厚なハヤシライスに添えられる冷たくて食事中の脳に刺激を与えてくれる食感、引き立て役と言われようが華やかな舞台は助演者も当然のことながら輝きの一部なのである。

食べるのであれば、環境は穏やかな方が好ましい。祝日は列を形成するような人気のある名の知れた喫茶店が悪い訳ではないのだが。物新しい雑誌より新聞をフルセットで用意するような、己の親の親辺りの年代の常連客がお互いに安否を確認する為の溜まり場のような、コーヒーを一つ頼むと忘れ去られたミルクとシロップの為に一度店員が引き返すような、そういう、穏やかで誰も心を亡くしていない喫茶店で食べるハヤシライスの美味しさと言ったらこの上ない。

喫茶店で食べるナポリタン、オムライス、カレー、サンドイッチ。ハヤシライスもそのランキングに入れてほしいのだ。然しながら私も飲食業を経験した身、原価率のことを思うとなかなかどうも大声で囃し立てることはできない。

日本を大きく分類した時、出身地方は東であるから豚肉の文化が身体に染み付いている。好んで牛丼を食べる訳ではないこの私が、ハヤシライスへ意識を向ける時、牛肉への愛が増すのだ。
玉ねぎの甘味とワインのコク、牛肉の旨味、微かかつ全体のバランスを整える加熱したトマトの酸味。バターの風味を纏い光を反射するソース。全て含めて、一枚の食事が愛おしくてたまらない。

単純で変わり映えのしない一皿。
写真の中で彩りを求められる昨今、私は、シンプルなハヤシライスを食べたいのだ。

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