波子のこと#3 ずっと一人で寝ていた
波子は4歳になる直前に引っ越しをした。新しい家では波子に個室が与えられた。それまで住んでいた家は1DKというか1LDKというか。1は両親の寝室として使用されていて、波子はDK/LDKに置かれたソファベッドを夜になるとベッドにして寝た。そのソファベッドは波子の母、海子が子どもらしい(と考えたらしい)手作りのカバーがかかっていた。波子の記憶では人形や花柄ではなく、赤いクレヨンであるファベットが一面書き綴られているものだった。あの、ちょっと血文字の犯行声明っぽいというか。
新しい家に引っ越した時に2段ベッドを買ってもらった。波子は一人っ子だ。新しいベッドに机、ただし、この机は完全に新品ではなかったような気がする。波子の部屋は6畳の和室で2面に大きな窓があって、2段ベッドは窓に接していた。基本的には2階で寝ていて、1階にはぬいぐるみや使わない布団などが置いてあったがいつでも誰でも寝られる整頓された状態だった。遊びに来た従姉妹は1階で寝てもらった。
「一人っ子なのに2段ベッド」これが波子の心を弾ませた。え?どうして?どうやって使ってるの?と必ず聞かれるからだ。2段ベッドの2階は当然天井が近い。和室の天井は木だった。木目や染みが不思議な形に見えることもあった。
寝る前に海子や父親から絵本の読み聞かせをしてもらった記憶はない。「おやすみ」と部屋の電気を消される、海外の絵本なんかでよくあるようなアレです。そこからマイワールドが広がることもあれば、気づいたら朝くらいスッと眠ることも。
印象的なマイワールドは「夜になると魔法の学校に通っている」というもの。どこから「魔法の学校」の着想を得たのかは今となっては謎だが、結構な頻度で「通って」いた。
使用例:昨日の夜は魔法の学校が忙しくて疲れてしまったから、朝眠い。
こんな風に海子に話すこともよくあった。海子はそこそこ話を合わせてくれていた。不思議なもので本当に通っているような気がしてくる。魔法の学校には「友達」もいる。同じくらいの歳格好の子もいれば少し大きな子もいて、机を並べて勉強していた。寝る前になると「今日も魔法の学校だから、おやすみ」と自然と口に出すようになる。あぁいわゆる睡眠学習だったのかもしれません。残念ながら波子は魔法を使えるようにはなってないのですが。
あれ?もしかしてハリーポッター的な世界観でしょうか。これは。30年以上前のことです。
とにかく赤ん坊の時から波子は眠る時は一人でした。川の字で寝るというのはサザエさんの世界観の中の特別な話だと思っていた。川の字ではなくとも今だって母と子が同じ布団で寝ている(しかも中学生とかも聞きますよ)ことがむしろスタンダードなのではないだろうか。波子は子どもが生まれてからベビーベッドをレンタルし、決して同じ布団では寝なかった。いや、だって疲れるじゃない。友達にそう話す度に「そうだけど一緒に寝るのに慣れちゃって」と100%の回答率。波子は慣れないし、慣れるつもりもない。だってずっと一人で寝てきたんだから。