カタコリのくに

数年前、甥っ子に書いた児童書(のつもり笑)をサルベージ。

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 まん丸な顔の、まん丸なボディをした少年が、船に乗っていました。
 ごわごわのブーツとズボン、「ヤ」の文字が入ったマントをなびかせて、甲板に立っています。
 名前をヤパリといいました。
「やっぱり、次はカタコリの国にしようかな。」
 ヤパリは、旅人です。
 次に行く国を決めているのですが、『カタコリの国』とは、国の人はもちろん、旅人でさえ、その国にいる人はみんなカタコリになってしまう、というウワサのある国です。
 今まで『アラシの国』や『ハジマリの国』に行ったことはありますが、『カタコリの国』には行ったことがありません。
「よし、やっぱり行ってみよう。」
 やっぱり、はヤパリの口ぐせでした。意味もなく、つい言ってしまうのです。クセですから、仕方ありませんね。
 船にはいろんな人がいました。旅芸人、商人、カタコリの国から逃げてきたという男……。
「あんな国は、もうたくさんだ。」
 まるまると太った男が、ゲッソリした顔で言います。
「どこに行ってもカタコリばっかり。もうコリゴリ、ウンザリだ。」
 あまりにゲンナリした顔で言うので、ヤパリは不思議に思って、
「そんなにひどい国なの?」
 と、聞きました。すると男は、ひげの生えた口をもごもごさせて、「とにかく最悪さ。」と言います。
 それを聞いたヤパリは、ガッカリどころかワクワクしてきました。
「最悪って、何が最悪なんだろう。いったい、どんな国なのかな?」
 もしかして、国に入るときに、かたをたたかれるのでしょうか。それとも、重い荷物を持たされるのでしょうか?
「いやいや、やっぱり、もっとおもしろい秘密があるに違いないぞ。」
 ヤパリがつぶやいた、そのときです。
「い、今、『やっぱり』と言われませんでしたかな?」
 さきほどの太った男が、おそるおそる、もどってきました。
「えぇと、『やっぱり』って言ったけど……だめだった?」
「いいえ、とんでもございません! もしかして、あなたは賢者のヤパリ様では?」
 賢者とは、うんとかしこい人のことです。
「ヤパリはボクだけど、賢者じゃないよ。」
「おぉ、ヤパリ様でしたか! これはこれは、失礼いたしました。だいたい言うと、わしは賢者のヤパリ様をさがしていたのです。」
 ヤパリはビックリしました。
「やっぱりボク、かしこくないけど。」
「いいえ、あなた様が旅のとちゅうでさまざまな事件を解決されたこと、知っておりますですよ。」
 ハハハ、と笑いながら、男がメモを取り出します。
「たとえば、アラシの国では殺人事件の解決をされたとか。」
 たしかに、アラシの国では殺人事件が起きました。でもそれを解決したのは探偵で、ヤパリではありません。たまたま探偵と一緒にいただけです。
「それに、ハジマリの国では国王の宝を見つけたそうですね。」
 それも、たまたま散歩をしていたときに、見つけてしまっただけなのです。賢者だなんて、とんでもありません。
「そのどれも、『やっぱり』とおっしゃったとか。」
 やっぱりはただの口ぐせです。
 まさか、口ぐせがこんなことになるなんて!
 ヤパリは困ってしまいました。
「やっぱり、それはたまたまだよ。」
「いいえ、そんなイジワルを言わないで、どうか『カタコリの国』も助けてください。」
 イジワルではなく本当のことなのですが、男は聞いてくれません。
「本当に、たまたまなのになぁ。」
「またまた、そうおっしゃらず!」
 男のしつこさに、ヤパリは諦めました。
「……あの、どうしてボクを探していたの?」
 ヤパリが聞くと、男はパァッと顔をかがやかせました。
「よくぞ聞いてくださいました! だいたい言うと、『カタコリの国』のカタコリを、治していただきたいのです!」
「えっ?」
 ヤパリはビックリしました。それでは、『カタコリの国』ではなくなってしまいます。
「だいたい言うと、カタコリはとても、本当にとてもつらいのですよ。」
 男は、カタコリがひどくなると、あまりのいたみにウデがあがらなくなる、と言いました。
 それはとても痛そうです。
「……わかりました。でも、やっぱり期待しないでくださいね。」
「やったぁ! ヤパリ様、ありがとうございます!」
 男はやっぱり話を聞いてくれません。
「あ。申しおくれましたが、わたくしは『カタコリの国』の大臣、ダイユートともうします。」
 なんと、太った男は大臣だというではありませんか。
「ええっ、やっぱり、大臣なの?」
 これにはヤパリもビックリしました。
 ところが、大臣のダイユートはもっと驚いた顔をしたのです。
「ややっ、わたくしが大臣だと見抜かれていたのですね! さすがは賢者のヤパリ様!」
 ちがいます、口ぐせが出ただけです。
 ですが、いいわけをするヒマもないまま、とうとう船が止まりました。
 ワクワクしていた、『カタコリの国』に着いたのです。
「うーん……。勘違いされたままだけど、ここまできたら、やっぱりやるしかないぞ。」
 こっそり決意したヤパリは、考えました。
 カタコリの国に入るときに、かたをたたかれるのでしょうか。それとも、重い荷物を持たされるのでしょうか?
 ドキドキしてしまいます。
「ヤパリさま、ようこそいらっしゃいました。」
 ところが、そのままスルッと国に入れてしまいました。かたには何もされてません。
「あれれ? え、これだけ? あの、行っていいの?」
「はい、どうぞ。」
 ニコニコとほほえまれて、ヤパリは困りました。これでは、カタコリの原因がサッパリわかりません。
 どうして、みんなカタコリになるのでしょう?
 何もわかりませんが、治すと約束してしまったのです。
(あぁ、どうしよう。)
 ヤパリはちょっぴり、不安になりました。
 そのうえ、大臣のダイユートが案内してくれたのは、とても豪華なホテルです。
「ヤパリ様、今日はここにお泊りください。」
「いやいや、やっぱりいいよ。ボク、こんな立派なホテルに泊まれるお金、持ってないから!」
 ヤパリが慌てて断ると、ダイユートが言いました。
「だいたい言うと、ヤパリさまはタダです。事件解決まで、どうぞゆっくりお過ごしください。」
 ヤパリはすっかり頭を抱えてしまいました。事件解決まで、と言われたものの、解決できる気がしません。
(カタコリが治せなかったら、どうしよう! こんな立派なホテルのお金なんて、やっぱり払えないよぉ!)
 ホテルのろうかを歩くと、どの人も、ヤパリにとても親切です。
 ヤパリはますます不安になりました。
 どこからか、「ヤパリ様はこの国の救世主だぞ、そんなアイサツではダメだ!」と怒っている声まで聞こえてきました。
(うわあああ、やっぱりどうしようぅぅぅ!)
 ヤパリはますます頭を抱えました。
「ヤパリ様へのアイサツは、こう!」
 熱血指導が聞こえてきます。
(もう、やめてよ! やっぱりボク、そんなエライ人間じゃないのに……!)
 ゲッソリした気持ちでホテルの外に出ると、今度はヤパリが注意されました。
「ヤパリさま、道路は右側を歩いてください。」
「や、やっぱり! ごめんなさい。」
 ヤパリがあやまると、その人はフンと鼻を鳴らしました。
「おわかりなら、最初からカンペキに、きちんとしてください。あ、それと、アイサツも基本ですからね。おじぎは四十五度でお願いしますよ!」
 なんと、おじぎの角度まで注意されてしまいました。これにはヤパリもゲッソリです。
 それでも、ヤパリは外に出かけました。
 カタコリの原因を探すためです。
 外には色んな人がいました。
「ヤパリ様。これは、あたしがつくったパンです、ぜひどうぞ!」
「わあ、やっぱりおいしそうだね。ありがとう。」
「あら? ヤパリさま、おじぎの角度がなっていませんね。おじぎは四十五度ですけど、軽いアイサツは五度ですよ。」
 ヤパリは、また注意されてしまいました。それだけではありません。
「ヤパリさま、ここは座ってはいけません。座る場所はきちんと決まっています。」
「ヤパリさま、きちんと右側を歩いてくださいませ。」
 などとまぁ、とにかく決まりが多いのです。そのうえ、誰もが「きちんと」と言いました。
 ヤパリはますますゲッソリです。
「えぇと、やっぱり、左側は歩いちゃダメで、歩いていい場所と座っていい場所は別。あいさつはハキハキ言わなくちゃいけなくて、おじぎは四十五度……。」
 ゲッソリではありますが、ふしぎな『きまりごと』は、カタコリの国だけではありません。
 アラシの国では毎朝お祈りしなければなりませんでしたし、ハジマリの国では、ごはんは手で食べなければなりませんでした。
「だいじょうぶ。大変なのは最初だけ、すぐになれるさ。だって、やっぱりボクは、旅人なんだもの。」
 ヤパリの思ったとおり、何日か過ごしていたら、だんだんと慣れてきました。
 おじぎは四十五度、軽いおじぎは五度……。
 すると、どうしたことでしょう。
「あ、あれれ?」
 なんと、ヤパリもカタコリになってしまったのです。
「いた、いたた! ええっ、かたがすごく痛いよ!」
 ヤパリはますます、ふしぎに思いました。
 毎日、町に出かけているのですが、どうしてカタコリになるのか、サッパリわかりません。

 さて、ここに、ひとりの男が到着しました。
 女の人のように美しい顔の、金髪の青年です。
 彼はヤパリのウワサを聞くと、すぐにホテルに向かいました。
「ヤパリくん!」
「えっ、スミスさん?」
 ヤパリはビックリしました。それもそのはず、男の正体は、アラシの国でいっしょにいた、探偵だったのです。
「いやはや、カタコリを治してくれってね、ワタシのところにも、依頼がきたのさ。」
 ヤパリは気分が軽くなりました。自分が事件を解決しなくても、スミス氏がいるのです。
 天才と呼ばれる彼は、なんでもあっという間に解決します。
 早速、町の中を案内しました。
「あ、スミスさん。道路は右側を歩いてくださいね。人に会ったときは、あいさつはハキハキと、おじぎは四十五度でお願いしますよ。それから……。」
「はっはっは。少し落ち着きたまえ、ヤパリくん。」
 スミス氏は笑って、ヤパリの言葉をさえぎりました。そして「ふむ。」と、なにやら考え込んでいます。
「なるほど、なるほど……。」
「スミスさん、どうしたんですか?」
 ヤパリが聞くと、スミス氏はニンマリと笑って言いました。
「いや、なに。カタコリの原因がわかったんだよ。」
「えっ! もう?」
 さすがスミス氏です。まったくわからなかったヤパリは、ビックリしました。
(皆さんは、カタコリの原因がわかりましたか?)
「あぁ。カタコリの原因はカンタンさ。なにせ……ひそひそひそ。」
 スミス氏のナイショ話に、ヤパリもニンマリ、納得です。
「あぁ、やっぱり。なるほど、ふむふむ……。」

 さて、次の日。ヤパリはホテルの人に頼んで、大臣のダイユートを呼んでもらいました。
 スミス氏の話を伝えるためです。
「ヤパリ様、だいたい言うと、お呼びと聞きましたが……?」
 ダイユートです。
 相変わらずブヨブヨのおなかをしています。
「はい。やっぱり、カタコリの原因がわかりました。」
「なっ、なんですと?」
 ビックリしたダイユートのおなかが、ブヨンと揺れます。
「そ、それで、だいたい言うと、いったい何が原因だったのですか?」
 ダイユートの質問に、スミス氏が答えました。
「決まりを『きちんと』守らねばならないこと、ですよ。」
 ダイユートが、ポカンとした顔でスミス氏を見つめます。
 スミス氏は言いました。
「たしかに、この国は美しい。大通りにはゴミひとつ落ちていないし、公園も、とても綺麗です。」
 ヤパリの、この国の好きなところです。ですが。
「人間は、誰だってミスをしたり、間違えるものです。それが、『カンペキに』だの、『きちんと』だの、『美しくあれ』と、そればかり求められたら、どうでしょう。わたしだって、カタコリになってしまいますよ。」
 はっはっは。スミス氏が笑ったとたん、
「う、うそだ!」
 ダイユートが怒鳴りました。大きなおなかをブルブルさせて怒っています。
「この国は『きちんと』しなければならないんだ! 誰がゴミだらけの国に住みたいと思うものか。カタコリの原因は他にある! 他の原因を探せ! 探すんだ!」
 怒るダイユートに、ヤパリが静かに言いました。
「ううん。他の原因なんて、やっぱりどこにもないんだよ。」
「や、ヤパリ様! ウソです。あなたはウソばっかりだ!」
「ううん、ウソじゃないんだ。ボクもね、やっぱり試してみたんだよ。『きちんと』せずに、注意されても思ったとおりに動いてみたんだ。」
 ヤパリは旅人です。旅人は、自由なものです。誰も彼を止めることはできません。
 聞きたくないと怒鳴るダイユートでさえ、ヤパリを止めることはできません。
「うるさい! うるさい! だまれ! だまらんか!」
「ううん、だまらないよ。だって、やっぱりカタコリが治ったんだもの。」
 かたをグルグルまわすヤパリに、ダイユートは何もいえなくなってしまいました。そんなダイユートに、ヤパリが笑いかけました。
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。やっぱり、この国の人はこの国が大好きだもの。『きちんと』なんて言わなくても、皆きれいに使ってくれるさ。」

 

 結局、大臣のダイユートは『きちんと』を言わない教育を始める、とヤパリに約束しました。これで事件解決です。
「はぁ。やれやれ、やっぱり疲れたな。」
「はっはっは。お疲れ様、ヤパリくん。」
 ヤパリとスミス氏、ふたりで港に向かっていると、スミス氏が聞きました。
「それで、ヤパリくん。キミはこれからどうするの?」
 聞かれたヤパリは笑顔で言いました。
「新しい旅に出発するよ。やっぱり、ボクは旅人だからね!」

 さて、次はどんな旅になるのでしょうね?

おしまい

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