死ぬことをイメージする。

先生が、先生だけが、最後の救いだった。

病院に行って、診察室に入って、ぼろぼろ泣きながら話した。
先生は薬の話しかしなかった。

昨日は職場で、泣きながらタイピングをした。左手でハンカチを持って、流れてくる涙を受け止めて、赤くなった鼻を隠して。
電車で、何もしていなくても自然と涙が溢れた。ハンカチで拭った。向かいの人の視線が、隣の人の視線が、痛かった。
目の前に座っていた人が、立つ際私にぶつかってきた。わざとだった。むしゃくしゃして左手で持っていた長傘を故意にぶつけた。悪いとは思わなかった。

仕事から家までの帰り道、線路に飛び込むことを想像した。道路に飛び出すことを想像した。高いところから飛び降りることを想像した。悲しくはなかった。どれでも、私は死ねなかった。

怪我をすれば、仕事へ行かなくて済むな。

2階か3階建てのマンションを探した。どれもオートロックだった。そのまま、家へ帰ってきた。
駐輪場にある、自分のバイクに触ってみた。撥ねられることを想像した。どうしても死ねなかった。

部屋に入って、1時間ぼーっとして、包丁を取り出した。腹部に、生身に、刃を押し込んだ。痕がついただけだった。左腕を捲くって、青い血管に重なるように刃を置いた。少しだけ力を入れて、ずらしてみたけど、切れなかった。鶏もも肉の気持ちに、私はなれないな。刃を首にあてがった。高瀬舟を思い出した。思い切り引けなかった。

体を綺麗にしておきたいなと思って、お風呂に入った。出て、体を拭いて、服を着て、髪を乾かして、外に出た。2階に上がった。
下を見下ろすと、意外と高かった。頭に水滴が落ちる感覚と、微かに雨の匂いがした。雨がぽつぽつと降ってきた。地面が濡れた。2階の階段の踊り場の、手摺を持つ手が震えた。また死ねなかった。

「私、怖いんです」

「今は色々考えて、周りに迷惑掛けたくないとか、痛い思いしたくないとか、苦しい思いしたくないって自制できているのが、自制できなくなる時が怖いんです」

勇気を出して、そう言った。
先生は「どうしたもんかなぁ」と頭を抱えて唸った。
薬を出された。「様子を見ましょう」と言われた。

私は「薬で衝動性も希死念慮も抑えられるのか」と、大層感心した。

病院の帰り道、何度も死ぬことを想像した。けど、どんな方法でも私は死ねなかった。電話に出れば明るく話せる。文章にすれば明るく会話できる。でも、どれだってこんなん私じゃないのに。

もうすぐ本が届く。
死ぬのは怖いのか。恐ろしいのか。痛いのか。苦しいのか。楽な方法はあるのか。
骨の1本や2本折れればいい。
痛くても、死ぬほど痛くなければ、人からの施しを受けながら生きなければならない状況にならなければ、どうなったっていい。

あと一歩。

あと一歩。

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