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追憶の二月

さて、今年もやってきました2月22日。
2月22日と言えば、恋愛シミュレーションゲーム「ときめきメモリアル」の館林見晴ちゃんファンにはお馴染みの、「最初で最後のデート」というイベントの発生日。
今年は、数日前にときメモオフ会に参加してきたテンションを引きずったので、十数年ぶりにサイドストーリーを書いてみようと思いたった。

では、はじまりはじまり。


はじまり


あなたは運命の出会いを信じますか?
それが、運命のイタズラによってなりたった、奇妙な巡り合わせだったとしても。

毎朝の風景



「...る」

「...はる!」

娘を呼ぶ母の声。
わかっている。もう少ししたら家を出る時間だ。

「早くしなさい。アユミちゃん、迎えにきてくれているわよ。」

母の声が、より大きくなる。
そろそろゆっくりと登校するには限界の時間なのであろう。
幸いなことに、ちょうど準備を終えた娘が玄関にやってくる。

「ご、ごめんなさい、ママ!」

「私に謝ってどうするの。ごめんねアユミちゃん。あの娘、いっつもこんなで」

「いいえ、大丈夫です。...慣れてますから」

到着してから10分は待たされたであろうアユミと呼ばれた少女は、待っている間に読んでいた単語帳をカバンに入れながさらりと答えた。

「ほんとアユミちゃんはいい子ね。ウチの娘と交換したいくらい。
...と、それよりも。その髪型は時間がかかるんだから、もっと早く準備しときなさいって言ったでしょう!そのうち、遅刻するわよ」

アユミちゃんに話をしていた隣で、ローファーを履き終えた娘に向かって一喝を入れる母。

「あーん、ママの意地悪ー。もしも私が天使だったら、学校までひとっ飛びなのになぁ。...っと、お待たせアユミ。じゃあ、いってきますー。」

玄関に置いてあるコアラのマスコット"テディ"にも手を振って、学校に向かう娘であった。

娘の行動


一人娘を送り出した母は、ふー、とため息をつく。

「毎日こんなんじゃぁねぇ。コアラまいった」

自分の独り言にクスクスと笑う母。
娘に聞かれたら「何そのダジャレ。パパみたい」などと言われてしまうだろう。

さて、あと15分ほどで、自分も仕事に出かけなければならない。
だが、紅茶を一杯くらいは飲む時間もある。
出かける準備はすでにできている。

ティーポットに茶葉をセットし、少しだけ茶葉の香りを楽しんだ後でお湯を注ぐ。
そして、1分ほど蒸らした後で、ティーポットを高い位置においてカップへ注いでいく。
高校の文化祭でカフェをやった時にクラスメイトから習った方法。もう十数年も前のことだが、気がづいたらいつも実践している。

それにしても。

紅茶を飲みながら。娘の個性的な髪型を姿を思い出す。

娘があの髪型にしたときは驚いたものだ。
一体どこで知ったのか聞いてみたら、なんと「私のアルバム」だったのだから驚きだ。

ふと気になって、「好きな男の子でもできたの?」と聞いてみた。
「い、いないよー。そんな人。やだなぁーもぉー」との返事。

うーん。
娘よ、できればもう少し上手に嘘をつけるようになることをお勧めするぞ。そんな真っ赤な顔していたら、超鈍感なパパでも気づいてしまうと思うよ。
……でも、パパなら気づかない可能性もあるかな。
ニブチンな自分の夫を思い出し、クスクスと笑う。

「そういえば、髪型だけでなく、行動も似てきたっけ」

先日の夜、トイレからの戻りで、娘の部屋の明かりがまだついたままだったことに気がついた。

まだ勉強でもしているのかと声をかけたが返事はない。
数回のノックののち、ドアを開けると机に伏せって寝息を立てている娘の姿。その下には開かれたノート。
さて、いったい何の勉強をしていたのかな、と覗き込んでみる。

ノートには大きく

生徒手帳をわざと落としてそれを彼に拾ってもらって名前を覚えてもらう作戦!

と書いてあった。

どうやら、勉強は勉強でも、”恋愛”の勉強だったようだ。

さらに、ノートの隅っこには『もしあなたが拾ってくれなくて生徒手帳を悪用されたら』なんて走り書きもある。

『勝手にアイドルキャラバンに写真を送られて書類審査を通過!
 あっという間にヨミウリイーストランドでアイドルデビュー!!
 デビュー曲"フィフネルの宇宙服"がミリオンセラー!!!』

吹き出すのを必死にこらる母。
だ、だめだ。娘が起きてしまう。早くこの場を立ち去らねば。

親としての理性で、机で寝息を立てている娘の背中にブランケットをかけたのち、母はそっと娘の部屋を出る。
そして、リビングに戻ってソファーのクッションに顔を埋めると、必死に堪えていた笑いを開放した。

ひととおり、体に溜まっていた"笑い"を出し終えたあと、ここ数日の娘の行動を振り返る母。

「何から何まで、私に似てきわね。
でも、できればその後の展開だけは似ないでほしいかなぁ。」

目を瞑り、自身の若い頃の切ない出来事を思い出していく。

最初で最後のデート


某年2月22日。

なけなしの勇気を振り絞り、彼に電話をかける。

普段は彼がいない時を見計らって掛けていたので、聞こえてくるのは録音テープの音声。
でも、今日は違う。
数コールののちに聞こえる彼の声。

「あのね。お願いがあるんだ。中央公園に来てくれないかな」

「えっ?」

「お願い!きてね!!」

彼の返事も待たずに、自分の用件だけを伝える。

返事を聞いてしまったら多分何もできなくなってしまうから。

これまでは、待つのが好きだった。
彼はどんな格好で来るのだろう、待っているところに人違いのふりをして声をかけようかな。
そんな思いと希望に溢れていた。

でも、今日だけは違う。
待つのが怖い。高校三年間を通して初めての気持ち。

きて。
こないで。
やっぱり、きて。

そんな考えが何十回も頭を巡り終えたのち、彼が公園の入り口に現れる。

"いつもの"出会い。
彼にぶつかり、初めて彼の顔を見ながら名前を告げる。

そして、公園へと入る見晴と彼。

「私、このみちをあなたと歩くのが夢だったの」

桜並木を、大好きな彼と並んで歩く。
先程の言葉通り、"夢"にまでみたシチュエーション。
しかし、それとは裏腹に、見晴の目にはうっすらと涙が浮かんできた。

少しずつ、彼との歩幅がズレる。
そして、彼が見晴よりも前を歩く形になった時に、いつもの何十分の1の勢いで彼に"ぶつかる"

トンっ

「えっ」

彼の驚きの声。

「すこしだけ、このままで」

あぁ、やっぱり彼の背中は大きくて、そしてなんて暖かいのだろう。
ずっと、こうしていたい。
でも、それは叶わない"夢"。

永遠とも思えた時間も、実際には数分の出来事だったのだろうか。
見晴は彼から離れて、泣き出さないように気をつけながら、ずっといいたかった言葉を言う。

「素敵な思い出ありがとう。私、あなたが......、あなたが......」

言う...つもりだった。
言えなかった。
言ってしまったら..彼を困らせるだけ。

だって、彼は優しいから。

だから、立ち去ろうとした。

「さよならっ!」

.
..
...
....
.....
......

立ち去れなかった。

彼が、自分の手をつかんでいたから。

「ま、待って!」

「あっ...。」

彼と目があった。
彼自身も、困惑していたようだ。
だが、それでも、まだ見晴の手をはなさない彼。

「......て」

かろうじて、一言をつむぐ見晴。

「ご、ごめん......」

見晴の手を離した彼。
しかし、視線は見晴に向けたたまま。

(ひょっとして....)

勇気のバロメーターが注がれる見晴。

「……手を、つないで」

再び手を握る彼。

(もしかして.…..)

「ねえ、私に勇気をくれる?」

見晴の目には涙が光っている。
しかし、瞳のその奥には涙以外の何かも宿っている。
それは、喜びとか希望と呼ばれる言葉であった。

My Sweet Days


「......ま、それが私たちの馴れ初めってわけ。
甘いあまーい、My Sweet Daysのはじまり」


誰に向かってでもなく、一人ごとを言う母。
あえて言うなら、恋を捨てきれずに彷徨っている"女の子"に向かっていったのかもしれない。

卒業式のあの日。伝説の樹で待っていた"彼女"の元にはいかず、自分を探して"告白"してきた彼。

そのせいなのか、「伝説の樹」の噂は、徐々に廃れていったと聞く。

しかし、幸いなことに、自分たちの夫婦の中は非常に良好だ。
そんな中、一人娘の小春が自分達の母校「きらめき高校」に進学したいと言い出した時は夫婦で驚いたものだ。
伝説の樹」の話をした時の、小春の期待に満ちた顔は、是非ともアルバムに残しておきたいワンシーンであった。

ピピピピピピ

スマートフォンに仕掛けていたアラームが鳴る。
自分も出社時間だ。そろそろ家を出かけなければ。

「じゃあ、行ってきます。テディ。」

娘である小春と同じようにコアラの髪型をした母である旧姓館林見晴は、夫である"彼"とのデートで取ってもらったコアラのぬいぐるみ"テディ"に向かって挨拶をして出かけるのであった。

さよならにさよなら


「...というお話はどうかな?」

文芸部の部室。

文芸部員である見晴は、自分を題材にした短編小説、のネタを披露した。

部員ではないが、遊びに来ていた親友の香坂真紀は、にっこりっと笑った。

見晴の頭を両手で掴んだまま。

少しずつ力を入れて、いつしか手の形は握りこぶしに。
そして、こめかみをグリグリグリと。

「...い、痛いよ、真紀ちゃん」

名前を呼ばれた真紀はにっこりした笑顔から急転し、能面のような表情になる。
そして、スーッと息を吸うと……

「ば・か・か! あ・ん・た・わぁぁぁぁぁぁぁぁ」

大声とともに、ぐりぐりの速度が上がる。これは痛そうだ。

「いたい!イタイ!痛い! 助けてよ、あゆみちゃーん」

真紀の魔手から逃れ、あゆみに抱きつく見晴。
見晴のもう一人の親友である、あゆみこと西原あゆみ。
彼女はエグエグと涙目になっている見晴を抱き寄せて頭をなでなでする。

「よしよーし。痛かったねぇ。......でもね、見晴」

途中から、声のトーンが変わったあゆみ。
危険を察知した見晴は逃げようとしたが、あゆみの手の方が早かった。

見晴の最大の特徴であるコアラヘア。
これといった特徴のない自分がどうすれば彼に覚えてもらえるか、考えた末に生み出したのが髪型である。
最初は周りから驚かれていたものの、今ではすっかり見晴のトレードマークである。

しかし、あゆみはそんな力作のコアラヘアを掴み、左右に引っ張っていく。

「私も、真紀ちゃんと同意見よ! あ・ん・た・は、バカかかぁぁぁ」

「あーん!真紀ちゃんもあゆみちゃんも、いじわるだぁーーー」

文芸部の部室に、見晴の叫び声が響くのであった。

館林見晴、高校1年生の2月。

2年後に最初で最後のデートを決行し、運命のイタズラか"最初のデート"となってしまうことになろうとは、この時は誰も知り得なかったことである。


あとがき


はずかしい。めっちゃ恥ずかしい。
でも、見晴オフ会の熱量があるうちに、何かしたかった。
小説、ステレオドラマ、などなど。見返した結果、自分の中で生まれ出てきたのが、今回のお話。

…お母さん見晴、いいなぁ。

2月22日。
見晴ちゃんの幸せが分岐する日なら、幸せな世界を無理矢理構築してやりますとも。それが、『見晴の幸せを願う会』の会員の務めってものです。


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