記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

『愛じゃないならこれは何』から『星が人を愛すことなかれ』まで

“星が悲しい理由をみんなも少しわかってほしいのさ”


斜線堂有紀の第三恋愛短編集『星が人を愛すことなかれ』がオススメすぎる。

全部アイドルものの恋愛小説であり、今回の短編集単体で読めなくもないけど、東京グレーテルを追ってきた方が十全に楽しめる内容なのでこれまでの東京グレーテル関連の短編を含めてあらすじを書き起こしてみようと思う。


『ミニカーだって一生推してろ』
第一作 『愛じゃないならこれは何』収録

ばねるりこと赤羽瑠璃は売れない地下アイドル「東京グレーテル」に所属している。地下アイドルの不人気メンバーとしてくすぶっていた彼女はある日、SNSで「ばねるりは赤より黒の方が似合う」という投稿を見かける。それから黒を身に纏うようになった彼女は、のめり込むようにあの日見つけた自分のファン「めるすけ」の投稿を追うようになる。めるすけの言うばねるりっぽいアイドルを自分の憧れのアイドル像として語り、めるすけの好きな小説家を自分も好きだと言うようになるばねるりは、東京グレーテルでどんどん頭角を現しはじめ、それと同時にどんどんめるすけを追いかけることにも夢中になっていく。ネットストーキングを続け、彼の本名、私生活までを把握したところで、彼に恋人がいることを知り……


『「彼女と握手する」なら無料』
第二作『君の地球が平らになりますように』収録

東京グレーテルの桃色担当・黒藤えいらと握手するなら三千円、話せる時間は大体十秒……。えいらは愛されたい、一番になりたいという願望が人一倍あり、東京グレーテルの二期生で一番の人気を獲得する。裏を返せば、「一生推す」と言ってくれたファンが別のメンバーを推すようになるという経験も人一倍しているということで……。「一生推す」の誓いを簡単に裏切るファンを尻目に、あるときえいらは友達に誘われた合コンに参加する。そこで出会った普通の男・孝徳と付き合うことになったえいらは、黙って推し変して消えることのない「恋人」の存在に安定感を覚えることができるはずと安堵するが、すぐに自分の思い違いに気付く。えいらと無料で手を繋げるこの男は、自分との十秒を三千円で買うファンほどには自分を愛していないかもしれない……


▼以下、第三作『星が人を愛すことなかれ』に収録

『ミニカーを捨てよ、春を呪え』

牧野冬美は恋人の渓介に怒っていた。
「アイドルだって女じゃん」
渓介は東京グレーテル・赤羽瑠璃の熱狂的なファンなのだ。渓介はものすごい美男子というわけでも、面白みのある人間でもない、しかも冬美よりも自分の推しを優先する、恋人としてはあまり褒められない部類に入る男だった。アイドルオタクの恋人である冬美の不安や怒りは、誰からも正当なものとして受け入れてもらえない。けれど、渓介は今の自分が捕まえられる最大限に釣り合いの取れる相手で、付き合いが長くなるほど冬美はこれから新しい相手を見つけて仲を深めて結婚に漕ぎ着ける道のりの険しさを思い、別れる選択をとれずにいる。せめて、推しよりも恋人を優先してくれる、確かな証が欲しい。冬美は渓介にあるものをねだる。


『星が人を愛すことなかれ』

二百万人の登録者を誇る大人気VTuber「羊星めいめい」の中の人は、東京グレーテルの元メンバー・長谷川雪里だ。アイドルとして芽を出すところまで行けなかった雪里は、元東京グレーテルというブランドと声が魅力的だからという理由からプロダクションにスカウトされ、VTuberアイドルとしてデビューした。羊星めいめいはぐんぐん視聴数を伸ばしていき、その人気ぶりはチャンネル登録者数に如実に表れ始める。雪里はトークに、歌に、配信に、編集に、……と力を入れるが、そうするうちに物理的時間が全て削れていくことを自覚する。私生活どころか、最低限必要な衣食住の時間すらも奪われていく。彼女はそれでもなお自分の手持ちの時間を羊星めいめいに捧げ、恋人である龍人との時間も満足に確保できない後ろめたさから、彼との別れを決意する。そんな最中、今ではカリスマアイドルとしてステージに立つ赤羽瑠璃との対談が企画され……


『枯れ木の花は燃えるか』

東京グレーテルの第三期生である香椎希美は、冷ややかな目でとある炎上を見ていた。地下メンズアイドルグループ「帝都ヘンゼル」のミンくん――民生ルイが繋がっていたというオタクの投稿。ルイは、付き合って二年になる希美の彼氏だった。結婚まで考えていた男の浮気、しかもファン食いという最悪のコンボを目の当たりにした希美は、炎上真っ最中の繋がりオタク・ちゃおまよに接触する。ルイを更に燃やしてやろうという意志を持って、ちゃおまよに言う。本カノの自分は、誰よりも多くの情報を握っていると。
“「私がルイをもっと燃やす為の材料を提供してあげます。だから、私の代わりにルイを燃やしてほしい」”


『星の一生』

赤羽瑠璃は、かつてはくすんだ赤の衣装を着て大勢に埋もれていた冴えない地下アイドルだった。黒の衣装を纏い、孤高のアイドルとしてブレイクした彼女は、順調にステージを大きくしていった。もう既に東京グレーテルは全国区のトップアイドルで、赤羽瑠璃は名実ともに有名な絶対的スターなのだ。その赤羽瑠璃が、たった一人のファンによって形づくられていることを知る者はいない。「たった一人」であるめるすけ本人さえ知らない。赤羽瑠璃は今日もめるすけに恋していて、欠かさずSNSをチェックしている。めるすけのくれる言葉が道標で、お守りで、カンフル剤だった。トップアイドルのばねるりにはそれ以外の娯楽は存在しなかった。
だが、それほど熱心にアカウントをチェックし続けていたからこそ、知ってしまった。愛しのめるすけが、結婚してしまうということを。



【総評】(ネタバレあります)

東京グレーテル成功の歴史は、赤羽瑠璃と共にある。なので上記作品には大なり小なり、赤羽瑠璃が出てくる。
その時々の東京グレーテルのポジションは様々だ。はじまりは勿論、ばねるりがめるすけを見付けた瞬間で、そのときの東京グレーテルはお世辞にも有名なグループではなかった。ばねるりが跳ねはじめた頃だが、大体『「彼女と握手する」なら無料』の時期は、特に低迷が目立つ。東京グレーテルの大規模解体が決まり、一期生全員が卒業することになり、二期生もグループを離れる決断をする者が出ていることを示唆されている。一期生全員の円満卒業は形だけで、一期生の長谷川雪里は本当は辞めるつもりがなく、実質クビ宣言で辞めさせられている。(赤羽瑠璃と黒藤えいらは二期生)
三期生の香椎希美のいる時期は「微妙な知名度を誇る地下アイドルグループ」で、希美はそのときアイドルとしてはちょっと上の年齢であると語っている。なのでメン地下との繋がりがネット掲示板界隈では普通にバレているが、かといってそれがデカいスキャンダルとして東京グレーテルの地位を揺るがしたりしない。
『星の一生』で全国区に上り詰めた東京グレーテルはメンバーが五人になっている。リーダーは赤羽瑠璃で、ばねるりが躍進をはじめてから六年の間に様々な理由から他メンバーは入って辞めてをしているようである。

ここからは恋愛小説としてだが、一番現代っぽいのは愛して欲しいという気持ちと自己愛とをそれなりに強く持っている上で「好き」とあまり口に出さずにお付き合いを開始しているパターンの多さ。特に東京グレーテル周りは自分たちがアイドルなので相手から愛を差し出される瞬間を愚直に待っているという印象がある。
映画『花束みたいな恋をした』でも似たようなことを思った。そのとき傍にいて、一番手頃な相手と付き合っている、という現実そっちのけでその始まりに見合ってない大きな愛情を手に入れたいと願っているような。

めるすけは「ばねるりの、ファンと一線を引いているような姿勢がいい」と言い、それがばねるりを苦しめる。めるすけと対面するばねるりは「ここで好きだと言うと喜んで頷いてくれるのでは」という思いと、「恋愛感情を持つアイドルはめるすけにとって理想の赤羽瑠璃ではなくなっちゃうのでは?」という思いとに揺れる。実際、熱心にばねるりを推す渓介は冬美に「アイドルだぞ。そんなんじゃない」と伝える。
冬美本人は、自分を一番に考えられないし、建前でも「赤羽瑠璃よりも大切だよ」と言葉に出してくれるわけではない恋人失格の渓介を、無難な男だからと別れられないでいる……つもりでいる。周りから見たら「よっぽど彼氏のこと好きなんだな」と評されてしまうそれを、冬美は「そんな軽い言葉で私を語るな。これは愛じゃない。」と跳ね除ける。よく考えてみても、これだけ価値観が合わないし自分を一番に選ばないという条件が揃っていて、本当に無難な彼氏だったのだろうか?それでもなお縁を繋いで最愛を欲して結婚まで考えて……それは愛とは違うのか?

香椎希美はメン地下の恋人の裏切りを受けて、浮気相手とも呼べない繋がりオタクに会いにいく。あんな男にもう興味もないし愛想も尽かしたと述べながら、何度も何度も「本カノ」と自分の立場を自称する。お前らのようなパンピとは違うからと一線を引こうとする。自分が彼に一番愛されていたという証拠を探すように、炎上する「材料」を投下する。

長谷川雪里が彼氏と別れたのは、VTuberとして人生全部を燃やすように使うためだった。最早新しい人間関係を構成することなど不可能なほどに時間に追われる雪里は、既存の人間関係に縋らないと世間と没交渉になる。龍人を巡って口論になったあと、その愚痴を言うために龍人に連絡を取ろうとするシーンなどは象徴的だ。羊星めいめいとして今のペースを維持するためには、龍人と家族になり、子供を持つことはできないと雪里は知っている。じゃあそのペースを加減すればいい、いい大人なんだから……と説得されても、勤勉で真面目な長谷川雪里の性格上それはできない。また、長谷川雪里という人格のその全力投球こそが羊星めいめいというバーチャルアイドルを形作っているのだからタチが悪い。そんな雪里は、赤羽瑠璃の生き様を自分と羊星めいめいの在り方に重ね合わせている。

だが赤羽瑠璃は見た目ほど完璧ではない。恋に狂った女が創り出した、オタク一人のための理想の偶像が「赤羽瑠璃」の格好をしてトップアイドルをしているだけのこと。ガワのばねるりは完璧なアイドルだが、中身はファンのネトストを生業とする女だ。勝手に恋をして、名前を知り、住所を突き止め、部屋に侵入した女。失恋に涙し、メンタルがガタガタになって睡眠薬に頼ってようやく眠っている。だというのに、傍から見てもばねるりとめるすけの間には恋も愛も見当たらないのだからスキャンダルにもならない。悲劇にも喜劇にもならない。
恐ろしいのはここまでで結局誰も幸せになっていないことだ。
冬美は、渓介がめるすけとしてばねるりにテディベアを贈ったことを知っている。自分を最優先にしなかったことを知りながら、テディベアの代わりに誤魔化すように指輪を渡してきた渓介を受け入れ、彼と結婚しようとしている。美しい女、全てを手に入れた女である赤羽瑠璃を呪い、渓介が早く彼女を忘れてくれることを祈って、赤羽瑠璃の引退を願っている。
赤羽瑠璃は目に見える愛の証としてのテディベアを欲してしまった故に、愛するめるすけの婚期を早めてしまった事実を知らない。めるすけが結婚するということを知り、こんなにも名城渓介のことが欲しいのに、自分たちの間にはスキャンダルになるようなものも何もなかったことに絶望する。冬美のことを羨み、彼女が口にする不満を「ざまあみろ」「私のめるすけを奪ったくせに、泣くなよ」と思う。そして、自分が彼と結ばれなかった代わりに芸能界で生きてやろうと思う。一生、彼が自分を本当の意味で愛さなくなっても、推さなくなっても、見ない日はないくらいに。忘れられないくらいに、生き残ってやろうと。

ここの、この対比が凄すぎる。ばねるり視点を読んでるときは冬美のことをまるで贅沢病のように扱うばねるりに「冬美の立場でいることを何も知らないからよ」とも思うが、それでもやっぱりばねるりの恋が痛ましすぎる。完璧なアイドルを求めるオタクに恋をした時点で負け戦だったのに。彼の価値観に全てを委ねた時点で、赤羽瑠璃の恋愛は成就しないことが決まっていたのに。

最後、泣いてしまった。

ばねるり三部作はこれで終わりだろうが、まだ名前だけ出て付随するエピソードが語られていない登場人物もいるので、続くのかもしれない。冴草美鳥とか、単に流して終わるだけのメンバーではない気がする。

短編集に収録されている他の短編も本当にオススメです。お時間あるときに是非。

最近コミカライズの単行本も出ました。

https://shonenjumpplus.com/episode/17106371892463016393

正直、そろそろ『愛じゃないならこれは何』は文庫化しそうな気もする……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?