見出し画像

2023年上半期読了本 10選

2023年は上半期に77冊(きりがいい!)読んだので、中から良かった小説を10本選んでちょっとだけ言及しようと思います。

なるべく簡潔に語るので、少々お付き合い頂ければ幸いです。

この感想はともかく、オススメの小説はぜひ読んでください!!!





『1794』/ニクラス・ナット・オ・ダーグ ヘレンハルメ美穂訳
北欧ミステリ三部作。これに狂わされる半年だった。私はとりわけこの二部が好きです。死んだ探偵、探偵を亡くした助手、亡き探偵(兄)の亡霊と自身の妄想に苦しむ新しい相棒。この三竦みがとても癖。死別が好きな人には是非二部の全描写を味わい尽くして欲しい。小説としての構成もよく、随所で「上手いなあ……」と唸る。

私は特別何も思わなかったが、時代背景に合わせて不潔描写と残虐描写がゴリゴリに含まれているので、あまり人に薦められる感じではない。

……でも今年薦めた人が4人ほど読んでくれた。言ってみるものである。人によっては描写がキツいかもしれない……って言いつつ、ほとんど関係性小説としての推し方をしてしまったが。私は素直なんだ。内容よりも好き箇所を中心に語ってしまう。



『フィールダー』/古谷田奈月
著者インタビュー「かわいいという言葉の加害性」に共感した。「かわいいから」守ろう、と動物保護団体が言ってのけてしまうことへの違和感。人間にもいえるが、それも一種の優生思想でルッキズムなのではないか?という。これはあの『三体』の第一部でも出てきた思想ですね。美しくないと後世に残す価値がないという姿勢への否定。でも我々はそうして取捨選択しているわけで……。

この著者インタビューで語られた想い的なものをうまく落とし込んでいる巧みな小説。この内容を出版業界とソシャゲという枠組み両面で上手く活かして書き上げる筆力。小説が現実としてそのまま読者側に強く訴え掛けてくる恐ろしさ。

昨年出た小説でも抜きん出た傑作だと思います。



『舞踏会』/佐川恭一
佐川恭一の絶版単行本『終わりなき不在』がとうとう文庫化されるにあたって既刊本をちゃんと読もう!ということで読了したうちの一冊。決意の時点で『舞踏会』『アドルムコ会全史』『シン・サークルクラッシャー麻紀』を積んでいた。

全部読んだが、結果的に『舞踏会』が最も好みの中短編集だった。佐川作品の初期の味と中期の味をほどよく(バランスよく)みることのできる良い本で、最近の作風であるサークルクラッシャー麻紀を期待している人には科挙ガチを薦めるべきなんだろうな~と思うが、横道エピソード大好きな私は俄然『愛の様式』を推したく思う。こういうのをもっと読みたい。こんなふうに言いながらそれ系の話をたくさん浴びるなら『アドルムコ会全史』が一番です。



『百合小説コレクション wiz』/深緑野分、斜線堂有紀、宮木あや子、アサウラ、小野繙、櫛木理宇、坂崎かおる、南木義隆
今商業百合アンソロジーがアツい!!!というわけで、以前出たSF百合アンソロジー『アステリズムに花束を』に続き昨年『彼女。』が刊行、今年は本書と『零号』の刊行……と、百合アンソロジーラッシュ!嬉しいですね!このままぜひとも男たちの関係性小説集を出すまで各所には頑張って貰いたいところです。wizは第二弾も出す予定だそうでそちらも楽しみ。

アンソロジー群の中でもこのwizが一番お気に入りです!私は斜線堂有紀参加とあれば書籍を買う人間なのですが、なんだかんだ打率が高いとはいえ彼女の作品がアンソロジー内で最も好きだということが……あまりないので、このwizで最高に出会えてよかったです。『選挙に絶対行きたくない家のソファーで食べて寝て映画観たい』良すぎた……あれですよね、結ばれるため、持続させるため、同性の恋愛だけ頑張る必要があるのは不公平でしょ、というのは結構真理な気がする。あんまりない意見だったのですが「あ~」って感じです。右とか左とか抜きに、思想のない同性愛者もそりゃいるでしょ、って思うけど普段はスルーされている。とはいえ選挙には行け。

NOVA2023年夏号の斜線堂有紀も僅差でよかったです。



『空芯手帳』/八木詠美
刊行当時から話題になっていたデビュー小説。そろそろ読みたいな、というタイミングで文庫化された。嬉しい限り。続けて『休館日の彼女たち』も読む。そちらも良かったが、圧倒的にデビュー作が良すぎる。

文章が読みやすく、面白い。設定だけでも優勝だが、タイトルと物語の内容とを踏まえ、主人公の働く会社が紙管を作っている……そしてその工場を見に行く描写に視点を置くと、本作の構成の技巧的なこともわかる。勿論彼女のお腹には命はいないわけだが、その事実が紙管を作る過程で最後に抜くはずの鉄芯に原紙が巻かれる過程と呼応するように描かれる。のちに中が空っぽになる紙管。この取り合わせが絶妙でかなりのセンス。タイトルの『空芯手帳』というのも併せて見事というほかない。




『回樹』/斜線堂有紀
ようやく刊行された斜線堂有紀の第一SF短編集。私は斜線堂有紀のワンアイデアからの設定の組み方が好きなのだが、今回の小説集はそれが全面的に活きていてこの人の着眼点はミステリよりもSFの方が向いているのでは?と思わせられた。前述の通り私は斜線堂有紀と聞くと買っているので既読の小説もあるにはあったのだが、いいもんはいいんだもんね……。

彼女がよくテーマとして選んでいる愛を形で証明する手段が現れたら人間はどうするのか?をわかりやすく形にした小説『回樹』もいいが、ひとつの文化を始まりから滅亡まで描くという文化史?みたいな『骨刻』が好き。チョン・セランの『小さな空色の錠剤』っぽいよね。こういうSFが好きなんだ、私は。



『鴨川ランナー』/グレゴリー・ケズナジャット
前述の八木詠美も朝比奈秋もデビュー作があまりに良かったが、ケズナジャットも『鴨川ランナー』にアイデンティティ的な全て詰まってる。簡単に言えば英語を母語とする人が日本語で書いた小説である。要は翻訳小説とは違うってこと。

英語という圧倒的マジョリティ言語を母語とする人が日本語というマイノリティ言語に美しさを見出し移住までするんだけど、大概の日本人が言語を学び習得する私という「個」を無視してどこかの国の誰かという異分子・「象徴」として見ている、その屈折した像を巧みに言語化している。彼らがどんなに日本語の上達を願っても、日本ではそれを求められる機会があまりに少ない。日本語が流暢になっても完璧になる機会が与えられないよりは、そもそも日本語が上手い外国人よりも妙に片言な方が「味」として受け入れられる現状がある。

意外に語られてこなかった文脈の感覚だが、こういう日本語と違う言語を操る人が書く日本語の小説として初めて言語化されたから気付いたというのが何ともいえない。



『風よ僕らの前髪を』/弥生小夜子
この作家のことみんな知ってました!????なんでもっと早く教えてくれないんです???今年『蝶の墓標』という新刊が出ると聞いて初めてあらすじを知り、急いで両方取り寄せました。二作とも良作でしたが、熱量といい内容といいミステリの側面といい「関係性」といい、『風よ僕らの前髪を』圧勝です。面白かった……。

全部読んで最高の小説だった……と思い本を閉じ、タイトルを見返しながらラストを噛み締めていたんですが、このタイトルをもじった歌を詠んだのがどっちの少年だったのかを思い出して死にました。心配ないじゃん……幸あれ……といったところです。

あんまりネタバレしたくないのでここで止めておきますが、本当に読んで欲しい。



『キリンの首』/ユーディット・シャランスキー 細井 直子訳
めちゃくちゃ好きな内容でした、ということは正直ありませんが、付箋の量が尋常じゃないのでまあ楽しく読んだといって差し支えないかと思い。なんか挙げないとこの半年の総まとめとして嘘っぽいなと思うのでやっぱり入れておきます。こんなに付箋つけたの、リャマサーレスの『黄色い雨』以来だと思います。

ダーウィンの進化論を信奉するベテラン女性教師の講義、その思想に違わぬ行動、しかし一人の女子生徒に惹かれて気にかけてしまうあたりのどうしようもなさ……。動物としての進化論を挙げてその哲学に添って生きようとする教師の話ですが、そう一筋縄ではいかないのが人間ですよね。着地点は  弱い方が勝つんだ  という『おいしいごはんが食べられますように』の結論に似た感じを受けました。




『ここはとても速い川』/井戸川射子
これはあんまり文庫化の見込みない気がして単行本で買ったのですが芥川賞とは無関係の純文学には珍しくわりと早い段階で文庫化しましたね。文庫化してから単行本を読みました。芥川賞の『この世の喜びよ』よりも文体も内容も面白かったと思うのですが……まあ関係ないのでそこは置いておきましょう。

語りがめちゃくちゃ良い。どうしてこんなふうに書けるんだろう。少年が少年のままで「ままならなさ」を大人に訴えなくてはいけない瞬間、自分一人で抱えていけなくて解決できない事柄があるとき、読者はその正体に薄々辿り着いているけれど見守るしかなくて、かといってその問題点をおそらくはっきりとは指摘できるほど成熟していないのが人間そのものの不甲斐なさだった。訴えは訴えのまま正しく共有されるべきだし、そのときに尊重されるべきなのは、本当は何なんだろう。なんかなあ……この尊重される「べき」を無理矢理諦めることが大人になることなのかなあってあれから考えて考えて、そう思っちゃった。明らかに、ひとつ主人公の少年の魂のステージが大人に近付いたなって、善し悪しに関わらず感じてしまう終わり方なわけよ。静かだけど印象的なラストだった。

そしてモツモツの部屋のシーンがどれを切り取ってもよかった。



下半期も楽しく小説を読んでいきたいです!!!積読を減らそう!!!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?